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9.処理

 結局、他の傭兵隊を巻き込んでの酒宴となり、エセルフリーダ隊のほとんどは翌日は使い物にならない様子だった。

 そのほとんど、の中には当然のようにヨアンも含まれており、他の傭兵らと共に幽鬼のような顔をして大地の恵みを砦の隅に還していた。


「水、飲みますか?」

「いえ、すみません。今飲むと吐きそうで……」


 エレインが困ったような顔をしつつ、水を配っている。彼女も昨日、飲んでいない訳ではなかったのだが。

 砦の内部は死屍累々といった有様で、ここに攻め込めば苦もなく制圧できそうだったが、休戦ムードとなった両陣営はいまさら腰を上げる様子もない。


「この調子で撤収できるのかねぇ」

「そういう班長も同じようなもんじゃねぇですかい」

「まぁな」


 バーナードは昨日の酒が残っている様子でもなかったが、これまでの疲れが来たかげっそりとした様子である。

 見回せば、弛緩した空気が漂っており、朝から二度寝を決め込んでいる者までいる。

 これまでの緊張が解けて、どっとやる気を失ったようなもので、傭兵、諸侯問わず、寧ろ静かになったように思えた。


「俺らもちゃちゃっと帰りてぇな」

「もうやることもねぇからなぁ」


 などという声も聞こえてくる通り、早く戦に出せ、などと言っていた勇猛な様子はどこへ行ったものやら。


「あー、早く暖かい宿でしっぽりとやりてぇな」

「それより色町に繰り出してよ」

「お前、この前もそうやって使いすぎてたよな」

「今度はそんなことにはならねぇぜ」

「本当かねぇ。次は貸さねえぞ」

「そいつは困る」

「おいおい……」


 明日や、その先の事を考えられるのは喜ばしいことだろうか。

 暇に飽かしてサイコロ賭けをして、悲喜こもごもも起きているようだが、ヨアンはそれから目を逸らした。


「賭け事は喧嘩の元、ですかね」

「止めても意味がありませんからね……」


 いつの間にかまた近くに来ていたエレインが頬に手を当てて溜息をつく。

 度々、問題が起こるために陣中で制限しようとする向きがあるらしいが、誰も上から頭ごなしに言われたところで従おうとはしない。

 色々と制限される事の多い戦中の数少ない楽しみでもあるため、強くは言いにくいのも確かではあった。


「それで、何か御用ですか」

「書類の見直しをお願いしたいのですけれど、大丈夫ですか」

「ええ、まあ」


 と、軽く請け負って見せたが、実際に書類を見始めると、数字の上を目が滑っていけない。

 ぐらぐらする頭に細々とした数字を見たことで、酔いがひどくなるようだ。

 そうやって苦戦しながら床几で背中を丸めていると、双子が寄ってきた。何やら手には杯を持っている。


「飲み物をぉ」

「持ってきた」

「それはありがたい」


 湯気の立つそれは白湯だろうか、温かいものはありがたい。

 口をつけて見れば、木の香りと微かな甘み、そして苦みがあった。

 酔い覚ましにはよさそうだが、薬湯か何かか。


「何これ?」

「白樺の皮をぉ」

「煎じたもの」


 白樺の皮を飲み物に使うとは知らなかった。杯を傾けると、意外と悪くない。


「意外と、はぁ」

「余計」


 その旨を双子に言えば、そんな風に返された。

 去っていく彼女らを見送って、再び書類に向き合うと、潤沢にありそうな資金も意外と心許ない事が解る。

 全体で見れば一人がニ三年は過ごせそうな額があっても、三十人いれば一か月ほどで底を尽きるのだ。

 だから確認する額は莫大になり、実際問題、得られた金品は数か月分しかない。

 こうなるといかに無駄を減らして不意の出費に備えるか、というのも大事なことになってくる。冬はまさに、数か月あるのだ。

 傭兵らはたまに街で稼ぐものも居たが、そもそもが他の働き口もない者も多く、冬前に貰った金で過ごすことになるのだが、これでは個人の手に渡るのは幾ばくになるか。


「うちらにゃさっぱりだけども、若、どうなってるんで」

「いやぁ、これは中々」


 厳しい。金遣いの荒い傭兵らの事だから、数か月と言わずに使ってしまいそうな気がする。

 いや、ほぼ間違いないだろう。それを防ぐには月ごと、いや週ごとに渡すか。

 自分もこの額をぽん、と渡されれば、どうなるか。


「使い道も解らないけれどなぁ」

「何だ兄ちゃん。街は金の使い道には困らねぇよ」


 やれ珍しい酒だ、大陸から渡ってきた武具だ、いいひとに渡す宝石だ花だ。

 最後の一つに関してはヨアンが首を傾げるのを見て、傭兵はあきれるような顔をした。


「何だ兄ちゃん、坊主にでもなるのか」

「いや、想像ができなくて」


 そう言うと、別の傭兵が任せとけ、とばかりに自身の胸を叩いて見せた。


「そうだよな、村から出てきた若ぇのばかりだ。街での楽しみ方をおしえてやるよ」

「いやいや、お前に任せるのは不安だな。ここは俺が」

「んだとぉ」


 先輩風を吹かせてみたいものらしい。そう言ったのは古参の者らではなく、途中で隊に加わった者たちだった。


「ま、初めは失敗も必要だよな」

「俺たちも若いときはそんなんだったかなぁ」


 と、落ち着いた様子で不安になるようなことを古参の者らは言っている。


「いや、あんま余裕なかったような気もするな」


 これでも随分と安定した隊だ。当初を考えれば、確かに辛いものがあるだろう。


「進んでますか?」

「大体、見直しは終わりましたが、結構、厳しいものですね」

「貰えるお金は少なめに計算しましたから、大丈夫だとは思うのですけれど……」


 やはり、冬越えは傭兵にも厳しいものらしい。ヨアンとエレインは苦笑を交わした。


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