7.再起
「おう、兄ちゃん。もういいのかい」
「はい。随分とお休みをいただいて」
熱も引き、もういいだろうというエレインの言葉を受けてヨアンは戦列に戻っていた。
「とはいえ、もう戦も終わりだがなぁ」
「何と言うか、本当に情けないことで……」
既に、いくつかの傭兵隊は帰り支度のために荷物をまとめていた。
もう何か月も同じところに居るのだから、広げていた荷物も増えてしまい、元に戻すのに苦戦している様子でもある。
「気にすんな、一番忙しいときには居たんだからな」
そうは言うが、あの後も数度は衝突があったようだ。
傭兵らの様子を見るにまた小競り合いのようなものに戻ってはいたようだが。
「それにまぁ。あのまんまだったら一発殴ってやんなきゃなんねぇかと思っていたが」
「はい?」
「前よりは良い顔になってんじゃねぇか?」
何か変わったことでもあっただろうか。思わず自らの体を見下ろす。
勿論、プラットの遺した護符を首から下げ、平服から戦の装いに戻っただけだ。
「お兄さんの馬ぁ」
「連れてきた」
「ありがとう。世話もしてもらって」
双子が連れてきた馬に跨る。随分と久しぶりな気がした。
首を振る彼の手綱を取って、軽く歩かせる。少し、肥えた気がする。
「若、戻られやしたか」
「おいらは二人、やりやしたぜ」
隊に馬を寄せれば、村の若衆が快く迎えてくれる。
「おう、兄ちゃん、もう治ったのかい」
「まぁ馬の上でのんびりしてろや」
古参の傭兵達も、冷やかし混じりに声をかけてくる。
それらの一つ一つに応えながら、ヨアンは馬を進める。
「エセルフリーダ卿、ただいま戦線に戻りました」
「そうか。そうだな、元通り隊に戻ってくれ」
最前に立ったエセルフリーダに報告を終え、また隊の脇につける。
戦場の状況は、隊が到着した当初の段階までに戻っている。
数も減り、不満も一度は解消されたことだし、冬も近づいてきたことから、もはや戦闘はおざなりな物になっていた。
「お貴族様方が傭兵隊を預かるってよ」
「そりゃ随分と良い扱いだなぁ」
「そんだけ、やばい状況だってこったな」
と、脇を歩いていく傭兵達が話している。どうやら獅子王国内では、諸侯の領に傭兵隊を留めることを決めたらしい。
冬の間は、諸侯が傭兵をそれぞれに雇ったまま、領地で預かる。そうすれば、敵側に付かれることもないし、盗賊と化すこともない。
「この前の戦の影響もあるのかねぇ」
「それもまぁ、ちったぁあるんじゃねえか」
エセルフリーダ隊はそうもいかない。そもそも隊を率いる者からして騎士であるから、近い街、今であれば王都に向かう予定である。
冬の間の宿や諸費用は必要経費として、傭兵にとっては長い休みとなる。それを楽しみにしている者も居ない訳ではなかった。
農村でもない街では、そんな傭兵達を相手に商いをしている者も少なくない。
「街の冬はお祭りみたいなもんだ」
「冬っていうと、どこでも引きこもって細々と暮らすものだと思っていました」
傭兵の話を聞きながら、馬を進ませる。農村では備蓄を心配しながら、寒さに震えている時期だったが、他にすることもなく気紛れに家を訪ねたりするものだった。
ふらふらと隊列に近づいていく馬の手綱を引きながら、まっすぐに歩かせるのに少々苦戦する。
そういえば、この馬にも名前を付けなくては。いつまでもただの馬、では呼びづらいことこの上ない。
思えば、随分と余裕がなかったものだ。ここまで、坂を転がる石のように状況の変化に引きずられてきたが、思わぬ一休みと、これからの休暇の話で、ようやく先を考える気にもなった。
「これから、か」
口に出してみるが、あまり想像ができるものではなかった。
村に住んでいた頃は、そこに骨を埋めるつもりだったし、その頃のヨアンに将来の話をしても、困った顔をするだけで終わっただろう。
村と自分を分離して考えることはできなかった。そこがなくなれば、自分も生きているとは思っていなかったし、しかし、現にこうして村がなくなっても自身は生きている。
こうして傭兵として戦争に荷担している以上、死は確かに目の前にあるが、過ぎてみれば、意外と生き延びるものだ。
幸運からか不幸からか、村が滅んでも、周りの傭兵達が命を落としても、現にこうして生きている。
いや、幸運なのだろう。いくつかの死を目の当たりにして、そうなりたいとはヨアンには最早、思えなかった。
そうして生き延びて行って、しかし、傭兵として暮らしていて将来はどうなっているのか。
「兄ちゃんも若ぇんだから、悩め悩め」
古参の傭兵が一人、何かを察したように笑って声をかけてくる。
「おじさんは何か、やりたいことがあるんですか?」
「おじさん。そうか、おじさんだよな。まぁ、俺にはやりたいこともないんだがよ」
「じゃあどうして」
「生きてるだけで御の字、ってのもあるけどな、そこはお館様が居るからな」
そうか、目標がなければ、誰かのそれに縋るというのも一つの手なのか。
思えば自身も、できること、というのを探していた。
「お館様の領地、ってことは、俺らにも故郷だからなぁ」
失地回復。あるいは獅子王国の為でもあるそれは、命を賭すのに十分な理由であるように思えた。
何か目標を見つけるまででも、彼女らと共に歩むというのは悪くない話だ。
そう考えれば、多少は視界も開けたような気がした。周りには多くの人間が居て、自身は別に一人でもない。
こうして話している傭兵にだって、考えていることもあるのだし、いったい何をただ一人で思い悩んでいたのか。
「出来ることをやるだけ、か」
そう考えると事はとても単純だ。自然と笑みが浮かんできた。
「おじさん、何て名前でしたっけ?」
「酷ぇなぁ。こんだけ一緒に居てて覚えてねぇのかよ」
「すみません、余裕がなくて」
「ま、前よりもいい顔してんな。兄ちゃん」
ひとまずは、皆の事を覚えていくことだ。そして、自身の事も覚えていてもらうこと。
首から下げたプラットの護符を握る。病床で話した彼の事は、ヨアンの中に後悔と共に刻まれている。
死に瀕したその時に、せめて彼のように見送られ、そして、誰かの死を悼むことのできるように。
それがひとまずの目標と言っても良いのかもしれない。




