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2.無為

 穴を掘って、遺体を投げ込む。

 戦場で死んだ者はそれが余程の貴族でもなければ、墓に入ることも許されない。

 死体は疫病の元であるし、それを見ているだけで兵の士気も下がる。持ち運ぶことは不可能だ。

 ヨアンは自らの手を見下ろし、握り、開くのを幾度か繰り返してみた。未だに敵兵の喉に突き立てた短剣の感触が離れない。


「おう、兄ちゃんもちったぁ休みな」

「はい、ありがとうございます」


 バーナードが投げ渡した革の水筒を受け取って、喉を潤す。

 先ほどまでスコップを手に埋葬の手伝いをしていたのだが、これが中々の重労働だった。


「あんまりのんびりもしていられねぇんだがな」

「中々、状況は良くなさそうですが」


 槍を片手に、柵に腰かけたバーナードの顔にも、さすがに疲れが見える。


「いや、どうなっているか本当に解らねぇな。どっちも箍が外れちまってる」

「ここで退くという手は」

「ねぇなぁ。ここで退くとうちの方がマズいことになる」


 何とかして敵が退くことを祈るしかないか。こちらには退けない理由があるが、あちらは退いてもそれほど痛くはない。

 そう考えると、とても不利な状況に押し込まれているのが解る。


「ま、俺らは俺らの仕事をするだけだ。ちったぁ何か腹に詰めとけよ」


 そう言ってバーナードは立ち去る。わざわざ様子を見に来たのだろうか。ありがたいことではある。

 砦の中に戻れば、負傷者の呻き声がヨアンを迎える。

 軽く食事をとる、という気分にもなれないのはこれのせいでもあった。目に沁みるような臭いに思わず眉を顰める。

 医者などという者はおらず、理髪師もそうはいない。それも貴族に付き従っている者であるから、精々が従軍僧の祈祷が気休めになるものだ。

 エセルフリーダ隊にエレインのような者が居るのは、とても珍しいことである。


「どうでやすか、姫さん」

「……手は尽くしました。後は本人の体力次第です」


 重傷の一人は地面に寝かされている。包帯には血が滲み、息は細く、血色も悪く唇は紫色になっている。

 エレインの手当ては的確で、しかし、そのやり方は傍目には奇妙としか言いようがない。

 何を材料にしたものか、どどめ色の軟膏や、油、何れも奇怪な臭気を放つそれは、気味の悪さを感じるものだった。

 魔女から習った、という話は本当なのかもしれない。そう思わせるには十分で、エセルフリーダの隊には従軍僧も足を運ばない。


「でもぉ」

「効くから……」


 とは双子の談だが、彼女達ですら、言葉尻を濁すほどではある。


「さて、とりあえず準備は終わったか?」

「応」


 いささか、傭兵達の勢いも落ちている気がする。

 それでも、折れた槍を持ち替え、矢を補充し、空の水筒には水を詰めた。

 硬いパンと塩辛いチーズを何とか喉に通す。砦に満ちる異臭も今や、鼻が慣れてしまったものか解りはしない。


「お館様」

「そうだな、酒樽を開けろ」

「野郎ども聞いたな? 景気づけに一杯、やっていこうじゃねぇか」


 最後に装具を整えて、後は再出陣だ。と言うところで、酒が振舞われる。

 火酒である。目に沁みるほどに酒精の強いそれは、滅多に飲むことのできないものだ。

 杯に一杯、喉を焼いて胃に落ちると、体中に血が回るのを感じた。


「うっし! 気合入れていくぞ」

「応!」


 酒の一杯。酔えるほどではなかったが、多少は憂いも晴れた気がする。

 隊は今一度、砦から出る。戻ってくる他部隊も無事、といった様子ではなかったが、まだ敵は抑えられている様子だ。

 一進一退の攻防の中、壁になっている友軍の一角が今、また崩壊した。そこからあふれ出ようとする敵の波を、別の隊が栓をして止める。


「この勝負、先に退いた方が負けだな」

「ですな。根比べといきやしょう」


 エセルフリーダの言葉をバーナードが引き継いだが、まさに戦線は消耗戦の状態だ。

 戦力はどうやら拮抗している。いや、拮抗していなければこうして偶発的な戦闘にはなっていない。

 どちらが先に諦めるか、長引けば長引くほどこの戦いは被害だけが嵩んでいくようなものだ。

 しかしながら焦って攻撃を仕掛ければ徒に兵力を損耗するだけなのは明らかである。


「傭兵暮らしは辛いねぇ」


 というぼやきも当然で、その実、獅子王国、竪琴王国からしてみれば、それほど痛くはない戦いなのである。

 被害を受けているのは傭兵であって、主力となる諸侯の軍ではない。金銭的には誤差程度の出費が増える程度で、寧ろ、幾つかの隊が潰れる分で負担は減る。

 この戦いは獅子王国の側からすれば、下手に負けるよりは、決着がつかないことの方が望ましい。竪琴王国にしても、後詰めがないからここで勝っても次が続かない。

 互いに兵を減らして資金を削減しつつ、しかし同条件に持っていきたいというのが本音だった。

 傭兵隊としては、冬になる前に一稼ぎしておかなければ生き残るのも難しいため、これもまた生存競争と言えた。


「とにかく、生き延びるのが優先だ」


 とはバーナードの談だが、これも当然である。どれだけの敵を倒そうと、別に貰える金が増える訳でもない。

 こんな戦場で武勇を示したところで土産話程度にしかならないのだから、犬死に――とまでは言わないが、それほど意味のある死ではない。


「意味のある死、か」


 そんなものがあるのだろうか。ヨアンは自身の頭に浮かんだ言葉に苦笑した。

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