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1.衝突

「馬鹿野郎! おめぇ、死にたいのか!」


 死にたい。もしかしたらそうなのかもしれない。

 目の前には敵が迫っている。槍の下を潜って肉薄し、剣を振るう。

 一本の槍の穂先が切飛び、敵の戦列には綻びが出来た。それを逃さないように後方から味方の槍が伸びてくる。

 密集した中では思ったように槍を動かせず、その間隙をついて剣を振り敵に切り込んでいく。

 今日は調子が良い。剣を一人の心の臓まで突き込みながらそう考えた。このまま一人でも多くを倒してやろう。

 そう思っていたところで、ふと一本の槍が上から迫っていた。

 意外と冷静にそれを眺めつつ、しかし、体は動かなかった。いや、動くこともできないほどの刹那だったのだろう。

 それが強かに鉄帽を叩きつける。あまりの衝撃に目の前が真っ暗になり、一瞬の意識の空白の後、気づけば、襟首を掴まれて、どうやら引きずり倒されていた。

 後ろから、ということは味方が引き寄せてくれたのだろう。余計なことを。

 離れる敵の隊を見れば、既に瓦解寸前の様子だ。こちらも流血は少なくないが、確かに優勢に事を進めている。

 それに満足感を覚えつつ、襟首を引っ掴んでいる手の主を見上げれば、酷く険しい顔がそこにあった。


※※※※※


 戦場は様相を変えていた。

 それまではどこかにあった緩んだ雰囲気は何処へ行ったものか。

 様々な色が混じりあって今や何色ともつかない塊がぶつかり合い、そこかしこで叫び声が聞こえる。

 地面には死体や武具が転々と転がり血と泥濘に半ば沈んでおり、空には矢玉が飛び交う。

 混戦の体を為した各戦闘はもはや、誰の意図で始められたものかも解らず、故に誰の意図で終わるものかも知れない。

 今もまた、壊滅した隊がもはやただの群衆と化して撤退ともいえない逃亡を始めた。

 その後ろから食いついた隊は、また別の隊の攻撃を受けてボロボロと脱落者を出していく。

 叫び声と剣劇の音の合間を、負傷者の呻き声が埋め、まさに阿鼻叫喚の絵図となっていた。


「全隊前進! 迎え撃て!」

「応!」


 エセルフリーダ隊ももはや、遊撃などと言ってはいられない。徒歩に切り替えたエセルフリーダが指揮を執り、迫る敵の隊と対峙していた。

 既に隊列といったものは意味を失っており、個々の隊が入り混じって戦場の帯を形成している。

 戦線を突き崩す筈の騎士らは有効な機動を行えていない。数日来続いた雨でぬかるんだ地面は、重い騎士らとその馬の脚を飲み込んでいた。

 更には獅子王国の側が作った防衛線の馬防杭が重なり、竪琴王国の騎士らは長弓兵の射撃で数を減らしつつ、早々に撤退している。

 そもそも、騎士ら貴族らはこの偶発的に起きた戦闘を良くは思っておらず、士気が低いことがこの状況を生み出している。


「畜生、何なんだ一体」

「あいつら殺す気で来てやがるのか?」

「お前ら、気合入れてけ。こいつは耐えねぇとまずいぞ」


 迫る敵の隊の表情も硬く、弓や弩の応酬もいつもとは様子が違う。


「てめえら! 近寄らすんじゃねぇぞ!」

「応さ! 狙いなんかつけんな! 射まくれ!」


 両隊ともに、持ち運び式の大盾を隊の前面に構えてじりじりとにじり寄る。

 長弓を持った兵は矢を地面に突き刺し射る準備を始めた。


「放て!」


 エセルフリーダの号令一下、弓兵が矢を射る。十二の矢が飛んだ、と思った次の瞬間、まだ矢が宙に有るうちに次の矢が射られた。

 一方、敵の弩も射られる。敵の隊は足を止めて、盾に身を隠しながら射かけてきていた。

 弩は弓を横につけたような形であるため、盾の上に置いて用いることが出来るが、長弓はそうもいかない。

 双方の歩兵隊は慌てて盾を地面に置き、その後ろで隠れるように伏せた。


「くそっ、盾が抜かれるぞ!」

「大丈夫か!?」

「こんなんかすり傷ですぜ」


 大盾は木製であり、それほど厚いものではない。見れば、弩のボルトがそれを貫通して、それどころか一人の傭兵の帷子すらも突き抜けていた。


「くそ、鉄ででも作りやがれってんだ」


 などと身を屈めつつ毒づく者もいたが、それが出来ない相談だという事は誰もが解っている。

 この木製の盾でも十二分に重いもので、手に持って使うというのも無理であり、持ち運び、地面に置いて使うようなものだ。


「これじゃどうなっているかも解らないな」

「敵さんも同じだろうぜ。お館様に任せようや」


 ヨアンが独り言ちると、バーナードも苦笑しながら答えた。

 エセルフリーダはその戦場ですら、堂々と立っている。自ら旗を持ち、射れるものなら射って見よと言わんばかりだ。

 白銀の鎧は見るからに頼もしく、弩のボルト程度ではどうにも出来ないとでも思っているようにも見える。


「いいぞ! このまま射かけてやれ! 撃たせんな!」

「あーちきしょう! 頭出しやがれ!」


 ヨアンが少しだけ頭を出して正面を見ると、弓兵の矢は弧を描いて大盾の上を飛び越している。

 偶に盾に当たった矢も、その頭を半ば以上に盾に埋めていた。


「おい、兄ちゃん、頭下げとけ」


 袖を引かれて、大人しくまた身を屈める。盾に当たるボルトも、見えない敵に狙いがつけられないのか、有効な物は少ない。

 落ち着いて見てみれば、多少は安心できた。この距離で盾を貫通できるような弩は少ないらしく、ボルトが飛んでくるまでには随分と間がある。


「どうだったんで?」

「こちらの矢は向こうに当たっているみたいで、向こうは焦っているみたいだった」


 若衆に尋ねられてそう言えば、緊張したその顔の色も良くなったように思えた。

 実際、敵勢は混乱していたらしく、すぐに大盾が動き始める。


「敵が来るぞ! 盾を捨てて槍を構えろ!」


 エセルフリーダの指示に最前列が大盾を蹴り倒して槍を構えれば、開けた視界に同様に盾を捨てた敵が見えた。

 敵を迎え撃つためにぬかるんだ地面の上に倒された盾は、足場として使えそうだ。また数度矢を放って、弓兵は後退を始める。

 敵は矢に射抜かれた同僚を乗り越えて、突っ込んでくる。


「どーんと構えろ! 敵は焦ってる!」

「応!」


 バーナードの叫びに傭兵らは応えた。

 長すぎる距離を走る間に、敵は足並みが乱れる。


「落ち着いていけ!」


 ばらばらと迫る敵を片付けるのに、そう時間は必要なかった。

 一人につき二本も三本も槍が向けられるのだ。それを見た後続は足を止めようとするが、後続がつっかえて立ち止まることもできない。すぐに混乱が広がる。


「前へ!」


 号令一下、隊列を整えたままに傭兵隊が歩を進め始めると、その混乱は最高に達する。


「くそ! 撤退! 撤退だ!」

「畜生、なんでこんな奴らがここに!」


 こうなっては堪らず、敵は撤退を始める。しかし既に体系だった撤退もできず、壊走と言うに相応しい。

 その半数近くは背中から刺され、射られ、あるいは味方に踏まれた者さえいた。


「止まれ! 隊列を整えろ!」


 一隊を片付けたが喜んでもいられない。まだまだ前方には敵が残っているのだ。

 加えて矢を消耗し、大盾を補充する暇もない。今よりも悪い条件で次に向かうことになる。

 常ならば随伴しているニナとナナ、エレインの馬車はこの泥濘もあり今はいない。


「この調子でいくぞ!」

「応!」


 しかし、条件は敵も同じだ。今や出てきた当初のそのままに居る隊はないように見えた。

 数の想像もつかない敵は、さながら、大波のようだった。

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