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ルリーナ、路銀を稼ぐ。

 とある平和な街、一人の少女が鍔広の帽子で顔を隠しつつ石畳の街道を歩いている。

 身にまとっているのは農夫風の赤いチュニックで、背中には荷物でぱんぱんになったザックを担いでいる。

 帽子から零れる栗色の髪は整えていないのかざんばらといった様子で、襟にもかからない程に短かった。


「何だあの娘は、女だてらに剣を持っているぞ」

「ははは、おままごとの積りでしょうか」

「あんなに荷物を抱えて、恥ずかしいのか顔まで隠していますよ」

「女子供には不相応なアクセサリーですな、おぅい」


 などと聞こえよがしにその姿を揶揄したのは、貴族の子弟か、金糸で縁どられた、このところ流行りの黒にも近い紺色の上衣に身を包んだ青年と、それに付き従った、これもまた身なりの良い者たちであった。

 付き人達は明らかにその中央に居る青年に追従しておこぼれを預かろう、といった魂胆であるから、他人を笑いものにして持ち上げることにためらいもない。

 彼らは一様に、自らの喧嘩早さを誇るように、腰からむき出しの、決闘用の細剣を鉄環に通して提げているし、まさか街では顔も通っている自分たちに向かってくる愚か者はいないだろうと身分を笠に着ていた。

 通行人らはいつものことだ、とばかりに嫌そうな顔をしつつもすぐに目を逸らし、そそくさと歩いて行った。


「ふふふ……」

「おいなんだ、何か言いたいことでもあるのか?」


 彼らの声が聞こえていたのかいないのか、その少女はまっすぐに彼らに向けて歩を進める。

 低く、堪えたような笑い声が聞こえ、まさか気でも違っている者かと青年らは一歩退いた。


「何だと言っているんだ! 俺はフィンケ卿の息子だぞ! せめて名を名乗れ!」

「はーはっはっはっはっはっは!」


 その言葉を聞いた瞬間に、少女は顔を上げて大笑いした。思いもしない反応に青年らは唖然とする。

 それをしり目に、空を仰ぐようにして少女はひとしきり笑ったかと思うと、荷物を投げるように下ろして、半外套を肩に羽織った。


「我が名はルリーナ・ベンゼル! これまでの侮辱とても聞き逃せるものではない! フィンケ家の子息、尋常にお相手召されよ!」

「んなっ!?」


 次の瞬間には、少女、ルリーナは剣を抜いて、その青年へとまっすぐにその切っ先を向けていた。

 よもや、このような身なりの少女が貴族であるなどと思わず、しかも、開口一番に挑みかかってくるとは思ってもみなかった。


「フェーデだ!」


 ルリーナは高らかに宣言した。

 フェーデ、つまり私闘は、騎士の時代より続く貴族同士の争いである。

 かつては一族同士の、半ば内戦まで発展し、王が権力を増してからは厳に取り締まろうというという向きもあるのだが、一向に治まることはなかった。

 教会もまた、野蛮な行為であるとしてこれを抑えようと手を伸ばしているのだが、そもそも騎士と言うのは武をもって由とする武人である。

 そもそも、騎士同士は例え主君が同じであっても、潜在的には独立した存在である。

 私闘の権利は騎士の成立した時より彼らのものであり、これを禁ずるのは、騎士の独立性を侵害するものであると主張し続けていた。

 勿論、それがなくならなかったのは、それなりの利益があるから、という面も否定できない。

 より武に優る騎士は、領地闘争であれば領地を、あるいは慰謝料として馬や武具、財産を得ることが出来る。

 そして往々にして武に優る騎士とは、有力な騎士なのである。

 なお、神聖帝国では、名目上、すべての貴族が騎士である。つまり、全員が全員に対して私闘を言い渡すことができたし、これを断れば家名に傷がつくことは免れまい。

 流石に一時期のように内戦とまではいかなくとも、決闘と言う形でそれは残っていた。

 フェーデ、その一言はそれほどに重いのである。


「ぐ、ぐぬ……受けぬわけには行くまい」

「ここは私が代わりに」

「ならぬ! これは貴族同士の話だ!」


 一人の娘を恐れて代理人を立てた、などと言われる事は、彼には耐えられることではなかった。

 決闘を言い渡した時点で、取り巻き達は手を出せなくなっている。

 これは騎士、貴族たちに認められた一種、聖なる領域の戦いである。余人が手を加えることは許されない。

 神前裁判、すなわち、神意を尋ね、勝ったものの正しさが認められるそれと同等なのだ。


「その言葉、撤回するなら今のうちだぞ」

「断る! さぁ、剣を抜かれよ」


 侮辱されたというのなら、その言葉の撤回を求めればよいのだ。

 それをわざわざ決闘で解決しようなどというのは、よっぽど血の気の多い者に違いない。

 しかしながら、それを行おうという理由として十分に過ぎるのは確かだった。


「仕方あるまい。ご婦人に剣を向けるのは本意ではないのだが」

「私は騎士だ、その言葉、更なる侮辱と取るぞ」


 神聖帝国においては、貴族の子女であっても時に騎士に準じた地位を持つことがあった。

 継嗣のいない家であったり、あるいは皇族が指揮を執る際などに騎士として自ら手綱を握り、戦に向かうのである。


「これ以上は話にならないな」

「初めからそう言っている」


 ことここに至って、青年は剣を引き抜いた。遂に後戻りのできない決闘が始まったのである。

 その剣は刺突に向いた細剣、これは特に徒歩での、さらに言えば決闘において猛威を奮うものだ。

 互いに形ばかりの礼を交わすと、青年は剣を片手に構え、体を半身にする。

 構えた剣は刺突に向いているとはいえ、両刃のそれは触れれば肉が割けるほどに鋭かった。

 こと決闘においては、わずかにでも血を流せば敗北とする事が多い。であれば、自らの身を刃の下に可能な限り晒さず、一方的に攻撃できるのが最善。

 実際に構えを正面から見れば、上半身は剣に隠れ、剣尖が向けられているゆえにまっすぐには突っ込むことはできない。

 間合いに踏み込めば鋭い刺突が即座に襲うだろう。

 一方のルリーナは同じく片手に剣を擬してはいるが、その剣は幅広で先端は鋭くない、短めの剣である。

 とても刺突に使うものではなく、刃は鋭く研がれていたが、それは肉を割くものではなく、骨を断つ蛮刀にほど近い。

 命を奪う一撃を繰り出すだろうそれだったが、一見して、一対一の決闘には不利な武器に見えた。


「行くぞ!」


 青年は、口元に僅かに笑みを浮かべる余裕を残し、先に仕掛けた。

 なるほど、確かにその刺突の鋭さは褒めるに値するもので、間合いに優る自身の側から臆せず踏み込むのは正しい判断だ。

 しかし、繰り出された剣は、いともたやすくその剣尖を逸らされる。

 ルリーナは僅かに手首を返すと、自らの顔を狙った剣の腹を抑えて見せた。頬の横を剣が通るのにも、瞬き一つ、意識一つ向けていない。

 その、何処を見ているとも知れない琥珀色の瞳を見て、青年は背筋に寒いものが走るのを感じた。考える前に、剣を引いて飛び退る。


「それで正解です……っと」


 ルリーナは思わず口に出た言葉を誤魔化した。

 しかし、その通りである。このまま間合いを詰めていれば、そこはルリーナの間合いであり、飛び退ったことによって開いた距離は、また青年の側に攻撃の権利を与えるものだ。

 今度ばかりは青年の顔にも笑みはなかった。目の前の少女がただの酔狂で剣を握っている訳ではないと気づいたのである。

 慎重に距離を見定めて、間合いに入らずに戦う。それが青年の勝ち筋だ。

 たとえ、多少剣が使えたところで、このアドバンテージは揺るがない。

 今度こそ冷静に彼は研ぎ澄まされた一撃を放とうとして……。


「残念、二度目はありませんねー」


 突こうとした剣を上から抑え込まれる。気づけばルリーナは既に目前にいた。

 いまさら剣を引こうとしても間に合わず、既にそれを伝って彼女の剣が柄本まで来ていた。

 そして、彼の首をめがけて剣が振るわれる!

 と、思われたが、ルリーナは刃ではなく柄頭で青年の横っ面を叩いた。

 顎にそれを受けて、青年は膝をつく。糸の切れた操り人形のような動きだった。

 何とか立ち上がろうともがく彼の動きは必死だったが、膝に力が入らないのかうまく立ち上がることが出来ない。

 ルリーナは静かに剣を彼の首に擬した。


「負けを認めて下さい」


 青年の顔は既に恐怖一色という状態だった。生殺与奪の権利を目の前の少女、いや、化け物に握られている。

 告げられた言葉の意味も解らず、彼は咄嗟に叫んだ。


「お、お前ら! やっちまえ! こいつを殺せ!」

「あーあー、やりすぎましたかねぇ」

「なにしてるんだ! 貴族を騙る偽物だ! やれ!」


 ルリーナが溜息と共に振り向くと、先ほどまで決闘の行く末を息をのんで見守っていた取り巻き達が、剣を抜いて彼女を取り囲んでいる。


「はは! いくらなんでもこの人数にがぼっ!」


 ピーチクパーチクとうるさい青年にもう一発くれてやって、ルリーナは剣を今一度構えた。


「さぁ、最初のお相手は誰ですかー?」


 その口元には、笑みさえも浮かんでいた。



※※※※※※



「うん、悪くない稼ぎですねー」


 結局、貴族の青年とその取り巻き達は十分ともたなかった。

 ルリーナも途中からは剣を教えるような気分になっていたものである。


「傷の一つや二つは覚悟していたのですけれど」


 誰にともなくぼやく。最悪、怪我をしたところで、よっぽど当たり所が悪くなければ死にはしないのだから、まだ終わっていない作戦をする予定だった。

 決闘は別に殺し合いではないので、おおよそ、狙ってくるのは死なないような場所だし、剣も一撃で殺すことを目的としたものではない。

 彼らが腰に提げていた決闘用の剣を見ておおよそ大丈夫だろうと思っていたのだが、少々拍子抜けである。

 おそらく、自らよりも劣ったものしか相手にしたことがないのだろう。

 青年の刺突はなかなかのものだったが、間の読み合いというものはからっきしだったし、お付きのものも併せて一撃目以降が全く続かない。

 挙句、人数が居るのに連携なんて形もなく、結局は一対一を何度かこなすだけで終わっていた。


「ま、とりあえずこんな所にはもう用もないし、さっさと行きますかー」


 青年らは見た目通りかなり裕福だったらしく、懐から抜き取った財布にはなかなかの金額が入っていた。

 貴族の決闘は勝った側が負けた側の資産を取るのが通例であり、昔は馬上槍決闘で負ければ馬から鎧から全て奪われるというのが公然と行われていたものである。

 流石に全員の剣を持ち歩くのには不都合があるので、財布と、青年の剣だけしか持ってこなかったが、ある種、温情的な措置だと思っている。


「おじさん、次の街まで乗せてってください」

「おうおう、嬢ちゃん、家は……」

「これくらいでどうでしょう」

「いやぁ、幾らなんでも何か荷を……って何じゃこりゃ!?」


 商人の馬車に乗り込んでいって、幾ばくかの金を掴ませると、彼は目の色を変えた。


「え、えーっと、お、お嬢様はもしかしてやんごとなき」

「ルリーナ・フォン・ベンゼルと申しますー」


 名字持ち。貴族である。金払いも良い。こうなってはもう断る理由がない。


「解りやした、ご事情は聞きやせん。次の街まで飛ばしていきやすぜ」


 常であれば商人に相応しい落ち着いた口調をとっているものだが、生来の伝法な口調に戻って彼は請け負った。


「ハイヨー!」


 急な主人の鞭に驚いた馬が駆ける。あっという間に、街の門は遠ざかっていた。


「さらば、名も知らぬ街」


 別にルリーナは街の名前も知っていたのだが、何とはなしに格好つけてそう言ってみた。

 まだ、ウェスタンブリアは遠い。

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