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8.鬱屈

 朝食を口にする新兵の顔色は優れなかった。

 斯く言うヨアンもまた、粥を救う匙が進まず、椀を見下ろして思わず溜息をついた。

 昨晩はバーナードに連れられて、新兵らは遺体回収に向かっていたのだが、思った以上に精神的にくるものがあった。

 数はそう多くはなかったので体力的にはあまり消耗はしなかったのだが、運ぶ際にまじまじと死体を見るのは中々堪える。

 今もまだ、冷たくなった、重い肉体がだらりと背中にくっついている気がする。


「ああなるんだな……」


 と、誰かが呟いた声に、問い返す元気も残っていなかったが、戦場で死ねば、ということだろう。

 ざっくりと掘った共同坑に投げ入れて、従軍僧の祈祷の後に埋める。それで終わりだ。助かる見込みのない者に『慈悲の一撃』を与えていた、熟練の傭兵の姿も忘れられない。

 遺体回収には戦場につきものの追いはぎが現れて兵の装具をはぎ取っていた。実に強かな、それは戦場の近くの村に住む村人たちである。


「まぁ、死人にゃあ使えないものだからな」


 とはバーナードの談で、戦禍に見舞われた村人のそれらの行為は黙認されていた。実際、彼らは作業の手伝いを行ってもいるのである。

 傭兵らも同様に遺体から装備をはぎ取っているのだから、人の事は言えない。


「おう、このブーツとか使えそうだな」


 と、脚にぴったりくっついたそれを、肉をそぎ落として引き抜き、履いてみるのを勧められた時には、流石に誰もが固辞していた。


「やっぱり、戦は戦だなぁ」

「ああ、軽く考え過ぎてたな……」


 と、新兵は完全に落ち込んでいるが、流石に慣れたもので、引率していたバーナードなどはけろりとしているものだ。


「解りゃあ良いんだよ。ま、ああなりたくなかったら必死にやるんだな」


 とは言うものの、流石に薬が効きすぎたか、と彼は頭を掻いている。


「あー、なんだ、あまり気を病むなよ。ほら、酒でも飲め飲め。大丈夫だって、俺らだって何年もやってんだ」


 気付けに一杯、と葡萄酒を差し出して言う彼の如何にも不器用な励まし方に、新兵らの顔にも苦笑が浮かんだ。


「おうおう、伍長殿、また新兵を脅したんかい」

「いつもやりすぎなんだよ」

「そんな深く考えなくても大丈夫だって」


 傭兵らがそのバーナードの様子を笑いながら新兵に声をかける。酒精も相まって、そのうち新兵らも衝撃から立ち直りつつあった。

 それを見て、ヨアンは苦々しげに奥歯を噛みしめた。村の惨状を思い出せば、この程度何でもない。

 あの惨状を招いた者たちには、相応の報いを受けて然るべき理由があるはずだ。敵への苛立ちだけでなく、内には味方への怒りもある。


「大丈夫ですか?」

「えっ、ああ、大丈夫です」


 いつの間にやら、エレインが傍に居た。心配気な顔でこちらを見ている。

 手元には書類があるから、何か相談事でもあったのだろうか。


「何か、御用ですか?」

「いえ、特に大事な要件、という訳でもないのですけれど」


 受け取った羊皮紙には、昨日分の消耗品に関わることが書かれていた。


「一日目から、想定を超えるのですね」

「いつもこんな感じなのですけれど、ね」


 彼女も苦笑しているが、別に見通しが甘い、という事ではない。

 砦では行商人達が物資を持ち込んでいるために補給には困らないが、前日の酒宴や、夏日の影響で飲食物の消費が激しく、想定をわずかに超えていた程度である。

 ところが数十人も動けばその誤差が積もり積もって、この調子だと備蓄は一週間ももたない計算だ。


「何を購入するにしても、しっかり計算して出さないと……」


 という次第で、その場その場の補給についても、隊の財布の紐を握るエレインの職責に対する態度は真面目なものだった。

 他の傭兵隊はどうなっているのだろう、と思うと、おおよそどんぶり勘定で、時に食いはぐれた傭兵が盗賊となって領地を荒らしまわるのも当然に思える。


「財政的に余裕のあるうちの隊は恵まれている方だ」


 とはまたバーナードの談だったが、エセルフリーダという騎士が隊長として手綱を握り、諸侯ともつながりがある分、この傭兵隊は恵まれている方である。

 戦だけを生業とする傭兵隊は冬にもなるとやることもなく、食い詰めて、泊まるところすらないということもままあるようだ。

 人は誰しも食わねば生きていけないものなので、そんな傭兵らが村から略奪し、略奪された村人はまた略奪を行い……こうして盗賊は生まれていくのである。

 そう考えると、それらの存在は許されたものではないが、なくならない理由には納得をせざるを得ない。

 しかしながら、ヨアンはこれを認めたくはなかった。一歩間違えれば、村を滅ぼした悪漢らと同じだと、認めることができるだろうか。

 ヨアンは、敵と同じように、味方も、いや、傭兵である自身にすら、嫌悪感を捨てられていなかった。ひとつ、溜息をつく。吐き気がした。


「丁度、気晴らしによさそうかな」

「はい?」


 独り言が漏れていたようである。


「いえ、計算の見直し、お手伝いさせて頂ければと」

「すみませんね、この後、また戦場に行くのに」


 何か作業があった方が気が紛れてよさそうだ。戦闘はまだまだ先のようだし、ここで思い詰めていても意味はないだろう。

 明らかにそれは自らを追いつめることによって逃げようとするもので、傍から見れば危うさを感じさせる態度で、それを見たエレインの表情に影が差したのに、彼は気づくことはなかった。

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