6.払暁
「おや、エセルフリーダ卿、戻られたか」
「アドラー殿、また世話になる」
夜が明けて朝、陽が昇り始めた頃には、傭兵らは目を覚まして……いるのが常であったが、今日に限ってはそうもいっていない様子だった。
結局、他の傭兵隊も懐の深さを見せてやるとばかりに酒の樽を開け始め、何処から湧いてきたか商人まで集まり、夜の更けるまでどんちゃん騒ぎになってしまったのだ。
布に包まって寝ている者はまだ良い方で、地べたにそのまま寝転んでいる者すらいる。
いかに暖かい日が続くとはいえ、冷える朝晩で凍え死にやしないか、と不安になる光景である。
「よ、兄ちゃんも早いな」
「バーナードさんこそ」
率先垂範とばかりに、傭兵達の中でも一番に酒を飲んでいた様子だったが、二日酔いという事もなくぴんぴんしているように見える。
「大酒飲みっていうのも、傭兵の力の見せどころ、ってもんよ」
「そうなのです……?」
酒に強いのと戦に強いのとでは、全く関係が見えないのだけれど。
井戸から水を汲み上げて顔を洗いつつ、そんなことを話していると、少しずつ周りの傭兵達も立ち上がり始めていた。
「エセルフリーダ卿と話されているあの方は?」
「ああ、ご老体か。一番偉い傭兵って覚えとけばいい。騎士どころか領主になれるのに断ってるってくれぇすげぇ人だ」
ほう、あの老人が、と目を向ける。禿頭に好々爺といった笑みを浮かべている年輪のように皺の刻まれた顔。片目には眼帯を付けているのは、如何にも歴戦の傭兵と言った様子だった。
立派な板金鎧の腰には、指揮に用いるような棍を吊り下げており、指揮を執る者であることも伺える。
「ご老体の隊に入れるんなら、今回の戦も大丈夫だな」
と、傭兵らからの信頼も厚い。傭兵隊はいくつかを取りまとめ、部隊とすることが常で、その取りまとめ役がご老体という訳だった。
「うちの隊は独立戦力、って形で参加させてもらってるんだがな」
「傭兵じゃあ、騎士を指揮することはぁ」
「出来ない」
「おう、ニナ坊にナナ坊、おはよう」
「坊はやめてってぇ」
「言ってる」
水を汲みに来たニナとナナである。言われてみれば、平民が貴族を指揮する、という事には問題があるだろう。
「あ、どうせなら水汲みぃ」
「手伝って?」
と言われて断る理由もなく、釣瓶を引く。樽に水を入れて何度も何度も繰り返し。水汲みもなかなかの重労働である。
樽が一杯になれば、双子は器用に底面を転がして持っていく。最後の一つになってヨアンが持っていこうとすると、こうは上手くいかなかった。
ニナはそれを見て嫌味に笑っている。なるほど可愛くない。ナナは無関心な様子だった。
「あら、ヨアンさんおはようございます。この前の書類の見直しも終わりまして、それで今回の資材の消費量ですが――」
「エレイン様ちょ、ちょっとお待ちを……」
天幕から出てきたエレインがいきなり羊皮紙片手に話を始める。どうやらよく寝ていないらしく、目の下には隈が出来ていた。
「あら、私ったら気が急いていて」
「少々お休みになられたほうがぁ」
「って、勧めているのだけれど」
ニナとナナが微妙に疲れ顔なのは、それにつき合わされたからだろうか。
「暫く怪我人も出なければ、補給が一大事ですので、つい」
とはエレインの談である。道中に話を聞いていて、そして多少なりとも手伝っていて気付いたが、戦場とは実際にぶつかり合う戦闘よりも、待機している時間の長いもののようだ。
長い時間を準備に費やし、長い時間をかけて移動して、長い時間を睨みあい、長い時間を訓練にあてて、そして戦闘は一瞬だ。
してみると、戦争、というものは驚くほどに一般的な生活を保てるかが主体ということになる。保てなければ兵は総崩れとなるのだ。
「戦闘はまだか」
という声は必ずしも血気に逸るような者から聞こえる訳でもなく、常ならば畑を耕すことを旨とするものですら、口々に囁くことであった。
暇となれば、常の生活よりも不便な部分を探し始め、あるいは更なる利益を求めることを兵は求めるもので、そのために何かしらの手を講じることが必要である。
自らの身を脅かす最大の敵は、自らの中にあるのかもしれない。この停滞感を払拭してくれる戦闘は、気づけば誰もが求める物となっていた。
武功を立てればそれに見合ったものが得られ、それを持って引退したとしても、ただの農夫、農奴には得られないだけの富となる。死地に飛び込む理由にはそれだけで十分だった。
実際には、村という共同体から離れた以上、生活を保つには更なる富が必要で、長い間引退せずに傭兵生活を続ける者も多い。
それに戦場というものに魅せられ、そこに身を置くことを終生の義務と感じる者も少なくないのだ。それが、農夫の次男三男の冷や飯食らいともなれば、その気持ちも解ろう。
「飯食ったら移動だぞ! 野郎ども準備しろよー!」
「応!」
エセルフリーダの隊はまだまだ士気旺盛な様子だ。新兵はそれどころではないし、古参は既に戦場の洗礼を幾度も受けている。
ヨアンも相も変わらない献立の食事を喉に流し込みながら、いささか、心が沸き立つのを感じた。いよいよ、戦線に立つのである。
小競り合い程度の戦闘が稀に起きるのみ、とはいえ、全体では小競り合いでも部隊にとっては戦と変わりはしない。
どうにも、落ち着くことはできそうになかった。




