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いや、違う違う、エロい意味とかじゃなくて、ちゃんとTバックが好きだから

作者: 齋藤哲

沈みきってしまえばいい。

そこでしか見えない景色、思い出せない記憶がある。

外は良く晴れた、まさに夏の日だったと聞いた。

それだけで、カーテンを閉め切った冷たい部屋に、記憶がジリジリと照りつける。男は、自らの身体の形になったと思われるベッドの上で、なす術もなく、記憶に焼かれていく。



少年が暮らす田舎町には、大きな海水浴場のある海も、茶畑が広がる山もあって、当然に、夏になれば遊びに大忙しだった。毎日、様々な色合いの白や緑や青や橙が溢れていた。

朝は山にカブト虫やクワガタを採りに出かけ、昼間は海で泳ぎ、夕方は神社の境内で野球をした。夜は夜で、ナイター中継を見たり、花火をしたり。一日の中に、詰め込めるだけの光彩や、匂いや、感触や、夏の音を詰め込んだ。


酷く暑かったその日も、少年は友人と連れ立って海に行った。海水浴場から少し外れた、人も疎らな砂浜だった。

本当はそこで、ボディボードやサーフィンをしたいのだけど、13歳の少年に道具を揃える金などあるはずもなく、仕方なく、”真・ボディボード”と自分だけが呼ぶ遊びに興じていた。寄せる波に、パドリングさながら泳いで速度を合わせ、自らが板となり、波に乗って運ばれる、もしくは飲まれたりする遊びだ。くだらないが、意外と楽しい。

これを友人と2人、何度となく繰り返し、少し疲れて海から上がった。砂浜を、止めた自転車の方へ向かってなんとなく並んで歩く。友人は少し逸れて、低い壁に蛇口が据え付けられた足洗い場に向かった。

少年は、身体を天日干ししようと、その場で砂浜に座り込み、ボーッと海を眺めていた。目の前を、ウェットスーツを着てサーフボードを抱えた若い女性が横切って行った。

しばらくすると、足洗い場の方から、友人が少年の名を呼ぶのが聞こえた。目をやると、低い壁の横からかなり興奮した様子で、大きな身振りで手招きしている。友人の少し右側に位置している足洗い場、低い壁の向こう側では、先ほど目の前を横切った若い女性が水道を使っているようだった。

少年はピンと来た。

(何か、エロいことが起きている…)

友人のもとへ、走った。砂を弾きながら、全力で、かつ自然な速度に見えるフォームで。

近くまで行くと、友人が少年に何かを伝えようと、口をパクパクさせているが、少年は解すことが出来ず、期待に焦れて、声を出して友人に聞いた。

「なに?」

友人は囁き声で答えた。

「…ぃーばっく。てぃーばっく…!」

少年は全てを理解した。そして出来るだけ自然に低い壁の向こう側が見える位置に移動し、水道で砂を流す若い女性の下半身を見遣った。

Tバックだった。まごう事なき、白色の、Tバックだった。

海には毎日のように遊びに来ていて、水着の若い女性には慣れていたが、まだ当時一般的でなかったTバックを目にするのは、これが初めてのことだった。衝撃は、確かにあって、浸透し、浮遊した。

しかし、生まれて初めて直視するTバックへの少年の感想は、自分でも拍子抜けするほどシンプルなものだった。

(お尻丸出しじゃないですか…)

けれど、より大きな衝撃は、その次の瞬間に訪れた。Tバックの布をほとんど覆ってしまう、若干弛んだ大きくて素敵な眼前のお尻から少し目を逸らした先、低い壁に脱ぎ捨てたかのように掛けられた、厚いウェットスーツを見た、その瞬間に。

(これ、脱いだら、これ…?)

今、13歳の少年の眼前で、前触れもなく、世界は暴かれた。

厚く頑丈に見えるウェットスーツを脱いだら、お尻丸出し。

その差異への性的な興奮とは別の衝撃、戦慄。

可視と不可視の同一。形而下と形而上の同居。存在と不在の同時性。

ひと皮剥けば、お尻。ひと皮剥けば、善か、悪か。聖か、俗か。あるいは、それら全てか。

”目に見えるものしか信じない”、”目に見えないものこそが大切だ”。

どちらも真理だ。何故なら、どちらも同時同様にそこに在るから。

Tバックが、それを少年に教えた。

世界の有り様、存在の確かな危うさ。


以来少年は、それから20年以上経た今も、女性に着用を望むのはTバックだ。

眼前で世界を暴いた、暴いてしまった、攻撃的で、優しくて、煽情的で、心細げで、明るくて、悲しい、布切れ、一枚。



照りつける記憶に焼かれ、溶けていく。心地よさと不快感、高揚と不安の間を漂って微睡みながら、男は呟いた。

「素材は、光沢があるヤツで…」


ロックは死なない。

Tバックがある限り。

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