5
ご指摘がありいくつか修正しました。28.3.20
粗相のないようにアーチェとサーチェによって見苦しくないように、それこそこれから夜会かはたまたどこか上流貴族の祝宴会にでも出るのではないのかとでも言うように着飾られた。
湯浴みはそれこそ徹底的に、集中的に、今までの汚れをこれでもかと落とすべく赤くなるまで綺麗にされ、次は肌の調子を整えるべくオイルを塗ってマッサージ。二人がかりなので逃げられるわけがない。
その次は王妃陛下の前に出るのだからあまり派手ではない、失礼がなく伯爵令嬢として相応しいドレスを着るためにこれでもかとコルセットを締め上げられようやくだ。
こうしてどこに出ても恥ずかしくない伯爵令嬢に出来上がった私は息苦しさに襲われながら粛々と部屋で待機。それしか出来ない。
前日にこれまでかと綺麗にされ、朝からの呼び出しに慌てなかったのはよかったかも知れない。それでも憂鬱だけれども。
ふう、と悟られないように溢れた髪を後ろに追いやって目の前の人物を見てはすぐに目を反らす。失礼だけどこれはすでに何十回と繰り返している行動で、咎められないのだからどうしようもない。
目の前に座ってから食事に至るまでずっと、一言も発さないレイドムス殿下。王妃陛下の対談が終われば次は殿下と言う流れになって……
昼食も食べて一息ついても声はかけられず、なぜか私をちらりちらりと見て――無言の時を過ごす。
朝に王妃陛下の使いがわざわざ私を迎えに来たので護衛のクローグとアーチェを伴ってついていった。
目的の場所へ向かえば向かうほどひそひそと言われるけど気にしない。気にしてもしょうがない。むしろ面白かったわ。
だって――たぶんでもなく、私が誰だか分からないから囁き合っているのだと考えるとなんだか面白いわよね。
常にマントでよれよれの白魔女と丸ごと洗われた伯爵令嬢の私とは別人と言っていいほど違うのだ。
そして目的の場所について王妃陛下と対談。その時になぜか側妃のマリアンナ様もご一緒で躊躇ったわね。顔に出なくてよかったと思う。
「ごめんなさいね。手紙に書いてもよかったのだけど驚かせたかったのよ」
「凄く……驚きました」
「ごめんなさい。王妃陛下が貴方の事をお話になると聞いてこれはチャンスだと思ったの」
「チャンス、ですか?」
「そう。マリーもわたくしも、レイドを気にかけているのだけどあの子の顔を恐れてしまって距離が出来てしまったの」
「陛下や信頼のおける方々にレイドの事は聞いているのよ?でも、ティエリア嬢の事はまったくこちらが耳にしない情報で正直、信じられないものがあるわ。もちろん、お仕事に関しては信頼におけるものだと王妃陛下から伺っています」
確かにどこからいつの間にそんな関係だったのか、急に教えられたら衝撃ですよね。
レイドムス殿下と同じ柔らかなピンクの髪を緩やかに後ろに流し、青の瞳を少し細めて困ったわ、とでも言うようにマリアンナ様は頬に手を当てられた。
私の事は『純潔の魔女』として威名……とは甚だしい呼び名があるけどパンカー伯爵家のお飾り令嬢としても少し有名である。
そして私はいつもマントを身に付け姿を極力伏せている事は誰でも知っている事だ。しかも小汚ない。
そんな私とレイドムス殿下はいつ知り合ってあんな約束を信じ婚約したのか――親なら誰だってまず疑うに決まっている。
しかしそんな相手の事情もあるのは分かっているが、思うところもある。
「はっきりとさせてちょうだい。回りくどいものは不要です。ティエリア・パンカー、貴方は我が息子レイドムスと本当に婚約を約束しておりましたの?いつ、どのように誰の元で約束をしたのですか。レイドムスは第四王子の王族です――親を通さずにこの婚約が通ると思い?」
先ほどとは打って変わって母の強さを見せるマリアンナ様。子を思っての事だとすぐ分かる。だから真摯に答えたい。
だが気になるものもある。この話を聞く限りではマリアンナ様たちは事情を知らない。これは殿下が一方的に婚約を取り付けている、と考えるしかないのでは?つまりは殿下に非がある事になりかねない。
王妃の名を語って婚約を成立させたのだ。これは一度レイドムス殿下を交えて話し合わなければならないでしょう。
どうやら初めから王妃陛下としてのお立場でこの召喚を行ったのだと今更ながら理解してもね……王妃陛下の顔をみても、とても真剣な表情でその透き通る紫の瞳に何が隠れているのか……
まだまだ読みが浅い。マリアンナ様に向き直り、背筋を伸ばして私は答えた。
「私は、この婚約をこの前知ったばかりです。レイドムス殿下とは白魔女として一度だけお会いした事がありますが、その時に会話は行っておりません。この前、初めて言葉を交わしました」
「……レイドは、大変恥ずかしがり屋の貴方のある約束を果たさせるために婚約発表を伏せていたそうね?」
「レイドムス殿下と言葉を交わしたのはその数日前のみでございます。約束など、交わしておりません」
「では――これはレイドが勝手にやっている事になるわ」
私……真実を言っただけで首が飛ぶのかしら。せめて生きている間に誰にも邪魔をされない普通の家庭を築き上げたかったわ。
「王妃陛下、マリアンナ様。私はレイドムス殿下の真の目的はわかりません。私が知っているのはこの婚約は王妃陛下からのご命令だとお聞きしております」
「わたくし………?」
「十日………ほどでしょうか。少し体調を崩していたので日付が曖昧ですが近い日に不審者をレイドムス殿下が捕まえているはずです。同時に王妃陛下がお望みの魔法具を届けられなかった日でもあります」
「ええ、それはわたくしも知っていますわ。偶然その姿を目撃した息子が剣を投げつけて足止めしたおかげで捕まえることが叶ったとか。――魔法具は何か関係があるのかしら?」
「……それは真実ではありません。魔法具はお話しした通り、壊れてしまい献上ができませんでした」
大変、心苦しいが私に疑いがかかっているのだからすべてを払拭したい。すごく嬉しそうに笑ったマリアンナ様には悪いが、否定させてもらった。代わりに王妃様をみる。
王妃様はこの事をちゃんと知っていたようで少し目くじらを立てて静観していた。視線が少しきついが私は耳にしたまた聞きのお話を二人に――特に知らないらしいマリアンナ様に向かってちゃんと伝える。
話の大筋はあっているがその不審者は私であること。勘違いで腕を切り落とした代わりに王妃命令として婚約が決まったこと。私の事情も交えて話した。
なぜあの場所を通ったのかと言えば私が人を避けているから。白の魔法属性が強く純潔の私は男性からも女性からも視線が痛い。加えて父が私を見せびらかすように話を大きく盛り上げてくれたおかげでどこにいても居心地が悪いのだ。
だからあそこを通った。人目を避けるために……そのせいで腕を斬り落とされたのだけど。
魔法具は単純に私が抱えていたから飛んできた剣に巻き込まれて真っ二つにされた事も伝えた。もちろん私だけの供述でマリアンナ様が納得するはずがない。
だから何も言わずの王妃陛下にお伺いする。王妃陛下も巻き込まれているのだ。それにここは王妃陛下が一番権力を持っているので、彼女の一言ですべてが決まる。
私も、マリアンナ様も、王妃陛下の言葉を待った。もし嘘だと言われてしまえばきっと私は死刑。王族を巻き込んだ事ですでに話は大きくなりすぎている。
静かにティーカップを持ち上げた王妃陛下は優雅な動作で一口。ほっと落ち着いたように吐息を出して小さくかちゃりと音を鳴らせ………マリアンナ様と私を見た。
「彼女が言っている事は本当よ。白のガロンにも確認を取らせたわ。この話を聞いてわたくしは無抵抗のご令嬢を不審者と思い間違えましたなんて王族の恥だと思ったの。なにより、死にかけたのが力の強い白で魔法具の転換技術師きっての優良」
私を見て王妃様は美しいお顔に苦笑いを薄く浮かべられた。
「国の損傷やレイドムスへの批判に繋がるわ。今は隠し通せても未だ続く王位継承争いでこの話はレイドムスにとっては欠点。いくらレイドムスが王位を拒んでも回りの臣下はそれを許さないし軍の総大将を疑われるのは目に見えている。それは間違いなく、国が揺らぐと陛下も、わたくしも思っているのです。でも―――わたくしは、レイドムスに責任をとりなさい、と言っただけなのよ。婚約は口にしていないわ」
それは………つまり?
確かにレイドムス殿下が私をうっかり殺してしまったとしたら白を一つなくしてしまうのだからそれは国の汚点に繋がる。そうなれば王位継承権は逃れても軍の総大将としては逃れられず糾弾されるでしょう。
私は白魔女と転換技術師として城に滞在しているけど軍としては入っていない。これは父がみすみす戦争で殺されるわけにはいかないから、苦肉として城で職をもらっているだけなので一般貴族として扱われる。
一般にまとめられる私を国家が作った軍部の人が殺めれば処罰は逃れられない。そして私の肩書きが酷すぎるためにいくら殿下としてでも立場は最悪に落ちるでしょう。
王家が荒れるのは分かる。だから王妃陛下は責任をとりなさい、と言った。
この責任は私をどうする、と言う意味より殿下がした事にどう責任をとるか………だと私は思うのだけど………なぜ婚約になっているのかしら。
確かに事件に関して私の事は隠蔽されているけど。極一部しか知らない事件の責任として私と婚約ってどうなの。秘匿している事柄で王族が相手なら詫び状とか金品で納まると思うのだけど?
パンカー家なんて所詮は小物。見栄っ張りだけど相手はちゃんと見るわよ?
「わたくしには分かりませんわ。息子は剣馬鹿でしたからあらぬ方へ事を転じてしまったのね。どこで教育を間違えたかしら……」
「わたくしも、まさか婚約まで飛躍するとは思いませんでしたわ。今回の件に見合った詫び状と金品を自腹で納めなさいと言う意味で責任をとりなさいと……あの子もまだまだだったのね。こんな事、思いもしませんでした」
私も思いませんよ。ご命令でなぜ一度しかお会いしたことのない殿下と婚約が成しているのか。まさかこの場で気安く言えないのでぐっと飲み込む。
ほとんど王妃陛下と側妃様は苦笑い。形のよい眉を下げて困り顔。私もどうしたらいいのか分からずに――結局は苦笑いしかできなかった。
だけどもう事は進んでいる。殿下は私と婚約を交わしたとすでに噂は広まっているし、これを間違えでしたとまた新たに広めるのは遅すぎて得策ではない。
どちらを悪者にするかなど考えたら私に決まったいるし、鋭く冷たすぎる眼光のせいで嫁の貰い手がいない殿下ではどちらも悪評にしか繋がらない。
しかも、私が殿下によって死にかけたから婚約する事になったので今解消するとその事実が暴かれる可能性がある。今から足掻いても無意味。双方の具合が悪くなるだけなのでたたらを踏むしかない。
さすがの王妃陛下も色々と考えて悩ましいため息を吐き出したと同時に、このままでは訳が分からないのでレイドムス殿下を召喚する事にした。
ここは王妃の間なので陛下以外の殿方は入れない。一度場を設けて王妃陛下自ら事情を聞くことに。
場所を移動するに当たってまずは本人から詳しく話を聞きましょうと言うことで私は別室で待機。それまで好きにしていいと言われたので適当に本を読ませてもらった。
それから昼食になってレイドムス殿下を引き連れて側妃様のマリアンナ様が笑顔でお越しになる。
なぜかにこりと笑みを作り「後は二人で話し合いなさい」と取り残された。最後にレイドムス殿下へ鋭い視線を投げて囁いていたけど残念ながら聞こえない。
そのまま優雅にマリアンナ様は立ち去られて言われるがままに殿下と昼食を共に。準備はすべてここの女官と侍従がしていくので滞りなく整い、終始無言で平らげて……
無言。下手したら無音。
まさか伯爵令嬢である私から声をかけられるはずもなく。待てど暮らせど話しかけられる訳でもなく……食後のティータイムへ突入しても無言。どうしろと言うのかしら。
まさか目の前で本を読むわけにもいかない……私に追従してきてくれた二人に目配らせしても小さく首をふられる。
では殿下の後ろでずっと立ち会っているアルバート様に視線を投げれば殿下の眼力がよりいっそう増して私を睨み付けるので訴える事もできない。怖いわよっ。
本当にどうすればいいと言うの?もう声をかけてしまおうかしら………
そんな時、そう思ってため息をうっかりついてしまってようやく声をかけられた。私の名前。ティエリアとどことなく優しく―――
「結婚するぞ」
「…は?」
沈みかけた頭を持ち上げたら殿下が迷宮の狭間から拾ってきたのかよくわからない言葉を口にして来た。結婚………?ケッコン………けっこん………
「レイドムス殿下、今すぐ治療させてくださいませ」
混乱した末に私はそう口にした。