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ご指摘をいくつか頂きまして修正しました。28.3.20

 今日の訓練は荒れる。誰かが、と言うかアルバート様がぼそりと言った。


 それがどういう意味なのか、私もようやく分かる。


 あの一言がいけなかったらしい。何も言わずに黙ったまま去っていった殿下は私を恐ろしい眼力で一睨み。


 あの目は間違いなく憤怒。目だけでなくても分かる。覇気もなんだか刺々しく肌が痛かった。


 おかげでサーチェにここぞとばかりに怒られる。嫌なんですもの。振り回されるのは。


 この婚約だって私は一言も了承をしていない。ただ伯爵である私から断ることができないから話はどんどん進んでいくのだ。


 本人の意思とは別に。独りでに歩いていく。


 せめて甘い言葉の一つや二つをくれればいいのに。大切に、大事に、私が好きで私を愛していると、幸せを体感させてくれれば受け入れられた。


 そんな甘い雰囲気の欠片もない愛情は嫌。


 子ども染みている?夢を見すぎ?いいじゃない。どうせ家名を輝かせる道具でしかないのだから。


 純潔を破れば魔力が混じってしまって私が持つ白の魔法は弱まる。だから父はどこにも嫁がせない。その力で家の見栄としているのだから。


 私も姉たちのように白の魔法属性でなければ、囚われる事はなかったのでしょうね。安堵して疲れきった母の顔が脳裏に掠める。


 そんな家を兄夫婦は嫌って別居。まだ父が隠居する気がないのでパンカー家の権限を扱えずにたたらを踏んでいる。


 もう六十にもなるのだから隠居すればいいのに。そうすれば私はようやく解放される。兄がそう言ってくれた。さすがに結婚は無理でも、解放されるなら何でもいい。


 ――殿下はわかっていない。仮面婚約者なんて、すぐに破談でしょう。


 その場にいた白魔法師も気になるように私を見る。別に、隠すようなことではない。けど不敬罪は言い逃れない。


 さすがに不味かったかしら……でも、疲れたのよ。



「死にたいのか?『純潔の白魔女』さんよ」


「死にたいのかも知れないわ」


「殿下とそんな仲じゃないのか?」


「殿下とはそんな仲よ」


「どんな仲なんだ?」


「こんな仲よ」



 からかうように白魔法師が突っついてくる。まあ、目の前で拒絶をすれば気になるわよね。噂と真実がすれ違ったら、確かめたくもなるわ。


 でもこれ以上は話さない。呼ばれたからそちらに集中する。


 今日も激しく交わし合った剣技でかすり傷をたくさんつくる騎士たち。治しても治しても新しく作るものだからかなりうんざりする。


 何をしても治ると言う概念があるから剣を恐れない訓練ができるのよ。もし白の魔法がなくなったらどうするのかしら、この国の騎士たちは。


 朝からご苦労なことに、むさ苦しい騎士たちは午前中を使って午後は基礎を叩き込むらしい。逆ではないのかと思ったけど、その理由が訓練の中央にいた。


 闘志――と言うより怒気をこれでもかと放つレイドムス殿下が。


 やたら治療が多いと思ったら彼がほとんど全力でやっているよう。怒っているわりには冷静さがどこかに残っているのか息は乱れていないし、重傷者もいない。


 誰にも止められないとはこの事を言うのね。今の相手はアルバート様。互いの打ち数は互角で力は殿下がどことなく押している。


 遠巻きに見ていてもすごいわ。でも、怖くもある。


 どうやって投げたか分からないけど切られたのよね、私……ここにいて大丈夫かしら。


 我が身を案じていたら終わったらしい。足払いを仕掛けたアルバート様を利用してそのまま突進。剣を突き刺す変わりに拳で胸を殴る。


 勝負あり!と誰かが言えばわ!と歓声が上がって熱が回りを取り巻く。



「ティエリアお嬢様。これを」



 そして私は冷めていく。サーチェ、なぜタオルを持っているのかしら?


 いつの間に準備をしたの?と聞きたいくらいさっと出されたタオルは清潔で真っ白なもの。手ぶらだったわよね?


 そしてこれを殿下に届けてこいと言う。婚約者の役目なのだそう。私、殿下の応援に来た訳じゃないのだけど。


 早くと急かされてしまったので仕方がない。とりあえず押し付けておけばいいでしょう。



「殿下、これをお使いください」


「…………」



 無言が怖いわ!


 こんな大勢の前で渡そうと思ったのはマントのおかげよっ。顔の半分まで隠れるフード付きのマントは実に重宝する。


 だからサーチェに背中を押されるまま意を決して渡しているのにっ――無言で見つめられた。


 しかもタオルではなく腕を掴まれわ!?なに?なんなの!?


 そしてそのまま勢いよく引き寄せられる。ぐわっと上半身に何かが巻き付いてきて、それが何か判断するのに時間がかかった。


 目の前は殿下が来ていた真っ白な訓練用の上着で……上半身は引き締まった腕が巻き付く。


 どうしてこうなっているのか、さっぱり分からない。回りの声が聞こえない変わりに耳に寄せられた殿下の声がよく聞こえた。



「――薔薇じゃないなら、この匂いはなんだ?」



 教えるわけがない。これは唯一、私が許されるわがままで手にいれた香水なのだ。


 希少価値か高くて手に入れるのにも一苦労。それを王族が一手に引き取られたらもうこの匂いは付けられないでしょう。まあ、薔薇がありますけど。あれはきつくて好きではない。



「秘密、です」


「……絶対に捕まえる」



 長い時間を抱擁されたのではないかと錯覚してしまうほど長く感じた。こんな短いやり取りだったのにも関わらず、回りが面白いぐらいに囃し立てる。


 思いの外逞しい胸板に恥ずかしさが込み上げてくる。恥ずかしさのせいで赤く染まってしまった頬は隠しようがない。


 頬に手を当てて確認すればよく分かる。フードがあってよかったわ!と思っていたのにはらりとその重みが消えて唖然とした。


 目の前にはレイドムス殿下の鋭い眼差し。


 真っ赤な瞳に驚いた私の顔。


 少し湿った唇の感触は私のではなく―――


 キスされている、と理解するのに少しかかった。



「でん、かっ、んっ」


「っ、――明日は来なくていい」



 音を立てて離れた矢先に宣言された。来なくていいらしい。来なくて、いいらしい。なぜ?


 少しだけ絡んだ熱のせいで思考が定まらない。恥ずかしさもあるからさらに赤く染めた頬を隠すようにフードを被って駆けた。


 走る事をしない令嬢ではここの騎士たちから見てかなり遅いでしょう。サーチェの声が離れたはずなのにすぐに聞こえる。


 すぐ廊下の角まで走ったらもう息切れだ。体力がないのに走るものではないとよく分かる。



「お嬢様、大丈夫ですか?」



 呼吸が落ち着かないのだから大丈夫ではないわ。まさか少し走るだけでこんなに疲れるだなんて………


 引きこもっていれば、そうなるわよねえ。


 ぜはぜは言いながらさっきの出来事をまとめる。何が起きたって?殿下にキスされた。それだけ。


 な、なんでキスされたの?し、しかも少しだけ入れられたっ。


 じゃなくて、なんでキス?しかもあんな公衆の面前で!音、音が!?耳に残って!



「お嬢様……実は殿下の事、す――嫌いではないでしょう?」


「えっ?」


「ここにたどり着いたときは真っ白でしたのに、今はお顔が真っ赤です。先程の事を考えられたのでしょう?」


「え、なっ、か、考えたけどどうしてそうなるの!?」


「対抗をしなかったではありませんか。ティエリアお嬢様は言葉は発しませんがある意味で行動力があるんですよ」



 な、なにそれ………どういう事?



「その前にお部屋に戻りましょう。きっと殿下とお嬢様の事はまた瞬く間に広がります。どんな噂が流れるか、警戒しなくては」



 それは、警戒したいけど。でも、あの――


 おろおろとしていたらサーチェに背中を押し出されてしまった。さすがに護衛のマッシュは無表情を貫いていたけどどことなく忙しく回りを見て警戒に当たっている。


 そんな姿を見れば部屋に戻った方がいいだなんてすぐに分かった。


 見つからない場所を私は知っているのでマッシュを先頭に歩き出す。すごいしかめっ面をされてしまったが、誰にも会わないルートなのですぐに表情を戻して無言になる。


 戻ったら戻ったでまだ火照りがとれていない私と苦笑いを浮かべているサーチェに無言で押し込むマッシュを見ればアーチェが気にするわけで。


 その説明にはさすがに私では出来ないとサーチェに丸投げして私なりに考える。


 殿下は何を思ってあんな場所でキスをしたのだろうか……あまり表情が変わらないので分からない。しかも、その事を考えると頬から全体に顔が暑くなる。


 初めてのキスを奪われるとこんなに恥ずかしいものなのね……明日は来なくていいと言われたのが逆によかったかもしれない。



「それでお嬢様。よかったのですか?」


「――アーチェ、な、なに、が?」


「殿下の唇」


「っ~~~!?」


「なるほど。現時点では嫌いと言う訳ではないのですね」


「ど、どうしてっ」


「突き放さなかったと聞きますし、なによりお嬢様が何もしないからです」


「本当に嫌ならきっとあの時は抵抗されますし。お嬢様ならお泣きになりますよ。そして不貞腐れるのです」


「次に婚約解消に向けて行動をなさいます」


「その行動はきっと私たちの想像を越えるものでしょう」


「「自分の家名を汚そうとしたあのように」」



 ……でもそれって今からだとは思わないの?まだほんの少ししか時間は経っていないのよ?なぜそんな事が言い切れるの?


 なぜだか私とは違う人柄を言い当てられた気がしてそう捲し立てる。そうよ。私はそんな人柄ではない。


 のに、この侍女たちは何年ご一緒した事かとわざわざため息をつかれてしまった。そうね。十年間、乳母と交えてあなた方は私に付き添っていたわね。


 だからって嫌いじゃないってどういう事なのかしら。確かに現時点で好き、とは……言い切れませんけれども。


 なぜそんなはっきりとこの二人は言い切れるのかしら。


「先ほど、私が申し上げたようにティエリアお嬢様はある意味で行動力のあるお方です。本来でしたらあんな生活を絶対にさせません」


「しかしティエリアお嬢様は城の侍女たちをすぐに追い出されたそうですね?ご自分でできるとか。そして次は身支度が疎かのまま城内を歩かれたとも」


「普通のご令嬢はそんな事をしませんし、考えもいたしません。しかもティエリアお嬢様はパンカー家の名を汚すために行われたのでしょう?ですからある意味でお嬢様は行動力がおありです」


「昔などいけません、と申し上げておりますのに危険な魔道具を発動させようとしたり」


「まだ幼いお嬢様は張り切って家臣の怪我を過剰に治そうとしたり、景色が見たくて旦那様をふりきり馬車の小窓からお顔を挟んだ事も」


「嫌だと言ったもの、やりたいものはすぐに逃れるために画策して実行に移られて……止める私たちは大変でした」


「よ、よく覚えているわね……」



 ここだけを聞いたらかなりやんちゃな幼少期よね、私。さすがに落ち着いてきて今度は及び腰になる。二人がかりは敵わないわ。



「こんなに行動力があるティエリアお嬢様がレイドムス殿下を振り払わなかったのです。確かに王族の方には難しいでしょうが、ティエリアお嬢様なら嫌がらせを利用して姿でも隠してお逃げになります。ですから、お嫌いではない、と私は言わせてもらいました」


「でも……だったら殿下はなぜあんな場所でキスをしたの?私は見世物ではないわ」


「それは明日に分かるやも知れませんよ。お嬢様、こちらをどうぞ」



 いつの間に持っていたのだろうそれは小さなトレイに乗った手紙。それも見るだけでわかる。


 流れるようなその筆跡はここ最近よく見ていた。そしてなにより手紙と一緒に添えてあるあの方の大好きな花びらが一枚。


 まず間違えることが出来ないそれは王妃陛下からの、召喚状。




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