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第一回目の修正をいたしました。28.2.28
私はそのまま安らかに永遠の眠りにつけなかったらしい。眩しい光によって起こされてしまった。
薬草スープだけでは血が出来上がるわけもなく、体力なんて戻るわけもない。すごく怠くて気持ち悪い目覚めでげんなりしてしまう。
あれからどうなったんでしょうね?話の途中で思わず意識を手放してしまったがため曖昧に終わらせてしまった。意外と意識は簡単に飛んでいったがタイミングが悪い。
一番聞かなくてはならない事を聞いていないなんてどうかしている。ゆっくりと重くて怠い体を動かしてため息をついた。
服は変えられたらしい。そう言えば薬草スープを手にしたまま倒れたと思い出す。ガロン白魔法師は無理だとわかっているので着替えは城の侍女たちだと思う。
さて、どうしたものか………ここの通りは頻繁に人が行き交うので誰とも会わずに研究室に戻る自信がない。しかも途中で行き倒れる可能性がある。
「とにかく、どうにかレイドムス殿下にお会いしなければ。できたらナーセルティ王妃様のご機嫌も知りたいわね」
「………必要ない」
いるなら早く出てきてよっ。なんとなく立ち上がったら目眩を起こしそうで座ったまま独り言を溢せばいつの間にか殿下がいる。見渡した時にはいなかったはずなのに。
「どういう事ですか?」
「昨日は勝手に気を失うから話せなかったが、王妃やパンカー伯爵、その他噂好きの貴族どもには説明を済ませてある」
それなら少しは安心かもしれない。でも早いところ王妃陛下には連絡をいれておいた方がいいわよね。戻ったら手紙を書いて届けてもらいましょう。
でもよく説明で済んだものですね。いや、殿下だから収められたのか………陛下にどれだけ匿われた事か。もう少し話が必要かもしれない。
「どのように説明されたのでしょう?」
「婚約した」
「………………………………………………………婚約?」
「婚約だ」
「誰と、誰がです?」
「俺と、お前が」
「お前とは珍しい名前ですね」
「レイドムス・テレア・ダルトロードとティエリア・パンカー伯爵令嬢が、婚約した」
婚約………婚約………こんやく………こ、ん、や、く………急に目眩が。これのどこが説明なのでしょうね。
「婚約でどのような落としどころに着けたのでしょう?」
「まず王妃が詫びとしてそう命令された。これ以上長く俺が王位継承権を持ちながら王宮にいると始末されそうだからな。王妃の命令はそのまま受けることにした。パンカー伯爵の方は事情を説明する前に婚約の話を持っていったらすぐに乗ってきた。俺の後ろ楯が手に入ると思ったのか喜んで交渉成立。面倒だったので説明は省いたが義父上殿は少々危ないな。一昨日の出来事はティエリアと言う人物を名も知らぬ不審者にすり替えて気づいた俺が処分した事になっている。俺やティエリア白魔女殿の名に傷つく噂は一切ない」
それはそれは………うまく収まっているようで収まっていない気が。
そもそもなぜ言われたからと婚約が成立してしまっているのかがわからない。王妃陛下は何をお考えか。父はもう考えたくもない。
その前にいいのですか、殿下。殿下のお嫁さんが命令で決められちゃったんですよ?いくらなんでも駄目でしょう。しかも私が相手とか………
と、聞き返してみたら王妃陛下からの怒り加減を見て従ったらしい。ああ、あの音楽を奏でる魔法具を心待ちにしていらっしゃったから………
いくら怪しくてもいきなり剣を投げつけて~とちくちく怒られたらしい。しかも確認したら私だ。
これでも私はガロン白魔法師の引けを取らない白魔女である。あとは自分で言うのもあれだけど魔法具の転換技術師として多少は先陣を切っていますから。
私がいなくなれば―――口にしたくはないけど、老い先短いガロン白魔法師では長く医療棟の任を預けられない。他にも候補はいるけど私とガロン白魔法師と差があるのだ。今の状況では私とガロン白魔法師のどちらかがいなくなれば一気に医療関係は足並みを崩す。
自慢ではない。いや、どう言っても自慢になってしまうけど事実なのよね。親に守られてまだ男の穢れを知らない純潔だから力が特に強いわけで………あー、れ?
「あの、この婚約は表向きだけでしょうか?もしそうなら色々と埋め合わせを考えたいのですが………」
「―――いや、表向きも何も真剣な話だ。俺との婚約だから段取りを踏んでいるが個人的にはすぐにでも妻になってほしいぐらいだ」
ああ、この殿下は何を言っているのだろう。裏がまったく読めない。
なぜ婚約、結婚までに至ったのでしょうか。おかしい。私と接点は………そう、一回ぐらいしかなかったはずよね?
いくら王妃陛下からの命令だからと言ってそんな早く事を進めなくてもいいのではないでしょうか。
けど裏を返せば早く結婚したい理由がある?さっき言ったように王位争いを避けるためにしては今さらのような気が………
そんな事よりあれだわ。
「婚約は辞退させてくださいませ」
「すでに親公認だ。あれをティエリア嬢一人で黙らすには無理があると思うぞ」
「………王位の争いを避けるためにこの話を進めたいだけですよね?」
「それもある」
も、ってなんですか。“も”って。
しかも追い討ちとばかりにすでに噂として広がっているだろう、と。嘘だ。
レイドムス殿下が言うには『ティエリア伯爵令嬢が大変な恥ずかしがり屋でそれを優しく受け止めたレイドムス殿下が婚約発表を控えた』らしい。身を隠していたのが仇にあったのかしら………でも数多くの夜会に出ていたんですが?一通り挨拶を済ませたら帰っていたけど。
殿下は私より二つ年上。私も二十五といい年なんですが?
それに対して殿下はこう付け加える。『ティエリア伯爵令嬢が自身の夢を叶えるためレイドムス殿下は待っておられた』と。『今まで守り抜いていた純潔はこのためだったのか』と。最後は余計ですよ。
それに夢って………想像がつきませんよ?何より全面的にレイドムス殿下がティエリア伯爵令嬢の意を優しく受け止め待ち続けたと聞こえる。
下手したら私はわがまま娘になりかねない。もっと悪く言うならば私がこれを拒めば一瞬にして殿下を弄んだ悪女になる。
悪い方向に考えすぎ?でも私の純潔が破られ白の属性魔法を使い続ければ威力は格段と落ちる。医療棟は痛手にならないのかしら?私ってばそ知らぬ顔をして自分の力を過大評価しすぎていたのかしら。
いきなりそんな事を言われたらこんな事を考えるのは当たり前。もう訳が分からない。
争いを避けるための他に何があるのかしら………とにかく、色々と話を合わせなきゃ私が誑かした事になる。この噂はすでに私がその夢を叶えたから成立した話のようだし。
「その前に食事にするぞ。来い」
「………無理です。まだ目が回ります」
逃げたい。すっごく逃げたい。そう言う意味も含んでいるけど一番の理由は貧血ですよ。
血を大量(たぶん)に流して丸一日も食べていない。消化するものがないのだから血が増えるわけでもないし、勝手に増えていくわけがない。
分かりますよね?まだふらつく頭を押さえながら目で訴えれば睨まれた。倒れる準備は万端なので本当に倒れようかと考える。
「では、ここで食べよう」
「いいえ。殿下がこんな所でお食事をなさらなくてもいいのです。時間を把握していませんが訓練もございましょう。私を気にせず食べに行ってくださいませ」
「無理矢理に食べさせられたいのか?」
「なぜそうなるのでしょう」
そんな返答は驚愕ですよ。本当になぜそうなったのですか。おかしい。おかしすぎる。
私は食事も大事だけど身綺麗にしたい。なんとなく臭う。辛うじて私の好きな匂いだけど一日もお風呂に入っていないわけで女のとして多少の羞恥がある。こんな匂いで一緒に食事など、殿下でなくても嫌だわ。
しかしこちらの事情を気にする様子がない殿下は廊下に控えていたらしい従者に一声かければワゴンが登場。
最初からここで食べる気だったわね?
てきぱきと淀みない動きで元々あったテーブルを使って支度を済ませるとセッティングは完了である。綺麗な礼を済ませたらパタリと扉を閉めて出ていってしまった。
「食べるだろう?」
「殿下………もう少し気遣ってくださいませ」
「何をだ?食事は少し控えめにしたぞ」
違いますよ。まったく違いすぎますよ!
寝起きの!小汚ない女を!そのまま食事に誘ってどうするんですかっ。あと動けそうにないんですってば!!
声に出していないので分かってもらえる訳がない。不思議そうに鋭い一瞥を私にかけてまず自分が座った。そして私を呼ぶ。
ガロン白魔法師………診察に来てくださらないかしら。―――自分で出来るのだから来るわけがない。
いっそもう一度倒れてしまおう。そうしよう。
そんな事を考えていたら呼ばれました。来い、とたった一言だけ。話を早くしたいらしい。
しかし諦めて足にグッと力を入れてみたけど立ち上がる気力もなくなったらしい。歩けない。
「気分が悪いので遠慮します」
「先ほどの威勢はどこにいった」
「もう体力もありません。お話で疲れてしまったようです」
もういっそ一人で食べて出ていってほしい。切実に。
少し匂いにつられそうだけど動く気にもならない。せめて水だけでも飲みたいわね。
それから少しだけ「座れ」「無理」と応酬をしていたら殿下の眼力が増した。もうギロリではない。あれはまさに目だけで殺す勢いの目力だと思うわ。
今更ながらこのやり取りは不敬罪なのかしら―――なんて考えながら立ち上がって近づく殿下を目で追いかける。
真っ直ぐこちらに向かって………私の目の前で足を止める。当然、私は殿下から目を離しておらず端から見たら見つめ合っているような気がする―――事もない。
「立てないのか」
「体力がありませんので」
「………」
今度は黙り。何かを考えるように自分の顎をすくって私を見下ろす。なんなのかしら。
しかも答えが出てこないらしい。短いようで長い沈黙が耐えられないのでベッドに潜り込もうかと思想する。
けれど急に先程より視界が暗くなった。なんだといつの間にか下を向いていた顔を持ち上げると殿下の顔が………すごく近くにある。
そしてものすごい勢いで顔を反らされた。いくら私でも傷つきますよ?
「レイド………お前さ、いつになったら告げられるわけ?」
誰―――と首を動かせばすぐにわかった。やっぱりいつの間に部屋に入っていたのか分からないけど、ドア近くの壁に寄りかかるように人が存在していた。
あからさまに呆れ返った顔でやってらんないとでも言うようにため息まで吐いて。
彼はレイドムス殿下の護衛騎士。同じ第四部隊の副隊長―――アルバート・カルマン。カルマン侯爵家嫡子で殿下と幼馴染み。誰とでも気さくにお話をしてくださる方と評判が高い。
ずっといたんでしょうね―――まったく気づかなかったわ。もう寝込みたい。