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夏休み  作者: くらげ
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第九話 さよなら、みんな

 気持ちが幾分落ち着いた恭一郎は、瀬奈々と顔を合わせて座っている。彼女にはかつてあった両足があり、女の子座りで恥ずかしそうにしている。


「どうしてここに?」

「最期のお別れをしたくて……」


 これで本当に最期だと思うと、恭一郎は悲しい気持ちになってくる。


「そんな顔しないで下さいよ」

「ん? ああ、そうだな」

「先輩、私は幸せでしたよ」

「俺だって同じだ」


 彼女との他愛ない会話。昨日もしたはずなのに、なぜか久しぶりにした感覚に陥っている。しかし、彼女に悲しい顔をするなと言われても、自然と涙が零れてくる。瀬奈々を失ってから、初めて流した涙だった。


「すまん、俺が守れなくて……」

「私は先輩に守られっぱなしでした。だから、一度や二度くらいいいですよ」

「お前は死んだんだぞ!」

「それでもいいんです。たとえ夢でも、先輩に会えただけで、私は幸せなんです」


 恭一郎は瀬奈々の前で泣き崩れた。情けないと分かっていても、自分では制御出来なかった。そんな彼に、瀬奈々は優しく手を差し伸べる。


「とっくに死んだ人を守るよりも、今守らなければいけない人を守った方がいいと、私は思います。夢見ちゃんみたいに」

「……え?」

「あの子、要さんたちからいじめに遭っていたんです。男性不信になるほどに」

「それは本当なのか?」

「私を庇おうとして夢見ちゃんが間に割って入った時があったんですよ。それからイジメの標的にされて……」


 瀬奈々は罪悪感で一杯だった。自分がいなければ、夢見も虐められることは無かっただろう。彼女によくあるネガティブ思考だった。


「だからお願いです。私のことは良いから、夢見ちゃんを守ってあげてください!」


 彼女の切実なお願いに、恭一郎は怯んだ。こいつ、今日起こったことを何もかも知っているような口調で話している。しかし、彼には瀬奈々を裏切ることが出来ないという感情が少しだけ残っていた。


「お前は本当に他人のことを第一に考えるな。昔からそうだよ」

「そうですか? 自分ではそんなこと、思ったことないです」

「本当にいいのか? 俺が夢見と一緒になっても」

「私は全然構いません。どうせもう火葬される身ですし」


 それから彼は考えた。確かに瀬奈々はこの場からはいなくなるが、彼にとっては大事な人だ。しかし、夜中にあった夢見の電話、そして瀬奈々の意見。様々な思いが混ざり合い、そして彼の心の中にたまっていく。


「私はもう、恭一郎先輩に出来ることはすべてやりました。デートだって、キスだってしましたから。今度はそれを、心が傷ついた後輩にする番ですよ」


 瀬奈々は顔を赤らめて回想に浸る。恭一郎と一緒にいた時間はごくわずかなものであったが、内容はとても濃かった。高速バスを使って都会まで行き、そこで一緒にショッピングを楽しんだり、テスト期間中は成績優秀な恭一郎に家庭教師についてもらったこともあった。そのおかげで彼女は高得点を取り、学年でトップクラスの成績にまでのし上がることが出来たのだ。


 恭一郎が沈黙をしているうちに、窓から朝日が差し込ん出来た。結局彼は最後まで決められず、瀬奈々を戸惑わせる羽目となってしまったのだ。


「先輩、急がないと……」


 その言葉が何を意味しているのか、恭一郎には分かっていた。夢から覚めれば、瀬奈々は自分の前からいなくなる。それまでに決めなければ。彼の顔に、焦りの色が出てくる。すると、彼はふと夢見の言葉を思い出した。


「先輩のことが、す、好きでした! 付き合ってくれないでしょうか!」


 あんなに緊張していっていたということは、冷やかしではない。瀬奈々の告白を実際に受け取ったから分かる、あの独特な感じ。涙に震えていた、夢見の声。あれが演技ならオスカーものだ。彼は決心がついたのか、いきなり瀬奈々を抱き締めた。最後に彼女の温もりに触れたくて……。


「先輩?」

「決まったよ。お前の我が儘を呑もう」


 その返事を待っていたかのように、瀬奈々は微笑みを浮かべながら優しく抱き締め返す。そして彼女は、光の粒子となって跡形もなく消えていってしまった。


「夢見ちゃんを、よろしくお願いしますね」

「ああ」


 粒子となって消えてしまった後も、彼は瀬奈々を抱きしめるポーズで固まっていた。夢から覚めたのは、その直後のことであった。




「瀬奈々!」


 恭一郎は慌てて飛び起きた。しかし、電気は点けっぱなしで部屋は散らかったままだ。押し入れの中を調べてみても、中には誰もいない。やはりあれは夢だったのか。彼は少しだけがっかりしながら押入れを閉める。


「しかし、やけに鮮明な夢だったな」


 こうつぶやいた恭一郎は電気を消す。カーテンを開けると、外は雲一つない青空が広がっていた。リビングに行くと、両親がニュース番組を見ている。何事もない出来事だったが、直後に臨時ニュースに切り替わった。


「なんだ?」


 映像にはどこか見慣れた景色が広がっている。恭一郎がそれをよく見てみると、そこは要の家だった。直後に両親も気付いたようで、驚きの声を上げる。すると地方テレビ局のアナウンサーが、割と早口で文面を読み上げる。


「臨時ニュースをお伝えします。速報です。春野町長選挙に出馬予定だった春野町議会議員の(かなめ) 剛三(ごうぞう)さん、51歳が、今日未明、自宅で首を吊った姿で見つかりました。要さんは病院に搬送されましたが、死亡が確認されました」


 さらに要家に関するニュースが読み上げられていく。


「また、剛三さんの16歳の長男が、昨日早朝に起こった列車事故に関連しているとして、警察で取り調べを受けています。大手動画サイトに出回っていた音声データに、剛三さんの長男に関することが言われていたそうです。警察は近く、容疑が固まり次第逮捕する方針です」


 そのことが読み上げられた時、恭一郎は膝から崩れ落ちで歓喜の涙を流した。


「瀬奈々、見ているか。俺たちはやったぞ! やったんだ!」


 彼は叫びたい衝動に駆られ、着替えてから八田の家に行く。彼女もすでに号泣しており、二人は抱き合って喜びを分かち合った。これで終わったのだ。全てが終わったのだ。八田は空を見上げ、涙を拭って叫んだ。


「瀬奈々ちゃん! 見てる? これで全てが終わったんだよ!」


 すると直後、夢見が走ってきた。恭一郎はそれをキャッチするように抱き締め、再び喜びを分かち合う。そして八田の目を盗み、近くの路地裏に行った。


「今日の夜さ、夢の中に瀬奈々が出てきたんだよ」

「本当ですか? 何て言っていたんですか?」

「他愛ない世間話だよ。あと……」

「あと?」

「お前を守ってやってくれと、直々に頼まれた」

「……え?」

「だから、俺のお願いを聞いてくれ。俺は夢見を守る。お前は俺についてきてくれないか?」


 突然のオッケーに、夢見のテンションは最高潮になった。そして感極まって、泣いてしまった。そこまで瀬奈々に似せることは無いだろう。恭一郎は苦笑いしたが、瀬奈々にかつてそうしたように、夢見の頭を撫でてあげた。


「先輩、私なんかで良ければ、お願いします!」

「承知した。これからどんどん、夢見のことを教えてほしい」

「はい! これからは友恵って呼んでください!」

「分かったよ、友恵」


 二人はすぐに馴染んだ。八田が後ろで一部始終を見ているのも知らずに。彼女は笑い、そして泣きながら二人を見つめていた。二人とも、良かったですね。恭一郎が新たな一歩を踏み出したのを感じ、八田は自然とやる気がみなぎってくるのを感じた。これから控えている全国大会、瀬奈々の分も頑張ってやる! そう思いながら。



 午後5時半、いよいよ恭一郎が帰る時が迫っていた。彼はバスターミナルにおり、らしくない表情で立っている両親を苦笑しながら見ていた。


「そんな顔しないでよ。もうすぐ、俺の住んでいる町の近くに引っ越してくるんでしょ?」

「それは分かっているんだが、どうも別れっていうのは辛いもんだなと思ってね」


 寂しそうに笑いながら、父親が言う。母親は彼に、少しだけお金を渡した。


「バス代ならもう持ったけど……」

「引っ越し手伝ってくれたお礼。寂しくなったら、いつでも帰ってきなさいね!」

「帰って来るって言っても、徒歩10分も掛からないでしょう」


 家族と会話しているうちに、バスが到着した。バスは行きと違って最新型だ。彼は予約していた席に乗ろうとする。すると、見慣れた顔が続々と集まってきた。彼は喜びに顔を綻ばせる。


「八田! それに瀬奈々のお母さん、お父さん! 見送りに来て下さったんですか!」

「お世話になった人を見送らないなんて、失礼だと思わないかね」

「たまにはここに遊びに来るのよ。コーヒー作って待ってるから!」

「ありがとうございます!」


 八田はひらひらと手を振るだけだった。しかし、それでも恭一郎は嬉しかった。彼女は大事な場面になると緊張して、思うようなパフォーマンスが出来ないことがある。今回もそれだろう。恭一郎は妙に納得してしまっている。


「夢見も来ていますよ」

「おお、そうか。恥ずかしがっていないで出てこい!」


 恭一郎が催促すると、夢見はおずおずと出てきた。そして、彼のもとに走ってきたかと思うと、無言で抱き着いてきた。恭一郎はよろけそうになるも何とか体勢を立て直し、彼女を抱き締め返す。


「そんなに寂しがらなくてもいいだろう。一生会えないわけじゃないから」

「先輩、死なないでください!」

「何言っているんだよ。若いんだから大丈夫だよ」


 夢見を離すと、彼は温もりを閉じ込めてバスに乗り込んだ。様々な人たちに見送られて、バスは発車する。


「さようなら! またいつか会いましょう!」


 みんなはバスが完全に見えなくなるまで手を振っていた。そして、八田は夢見の背中を押す。夢見は感傷的な気持ちになっていたが、これによって我に返った。


「何ぼーっとしてるの。これから全国大会に向けて特訓だよ! 恭一郎先輩に、天国の瀬奈々ちゃんに、良い所見せようじゃないの!」

「はい! 頑張ります!」


 二人はどこからともなく走り去っていく。その様子を、大人たちは微笑交じりで見つめていた。


瀬奈々の弔い戦をやってのけた、小さな巨人。そのことはのちに春野町全体に広まり、三人は春野町の癌を切除したヒーローとして、近所の人たちから祝福の言葉を貰うこととなったのだ。こうして、長いようで短い、春野町のいじめ根絶事業は幕を下ろしたのであった。


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