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夏休み  作者: くらげ
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第八話 反撃開始

 恭一郎が自宅に戻り、軽めの昼食を済ませた後、グループチャットに新たな通知が入る。それは夢見に向けられたものであったが、彼は一応目を通してみることにした。


『夢見へ、あなたのクラスの連絡網を持ってきて下さい。そこに要の電話番号が記載されているはずですよね』


 電話番号なんて使って何をする気だ? 彼は好奇心をくすぐられ、少しだけ早足で八田の家に向かう。そこではすでに夢見と八田がパソコンに向かっていた。開いていたサイトは、やはりKATARUだった。


「済まないな、遅れて」

「全然構いませんよ。それより、これを見てください。私が思っていたより、要の情報は掘られていたみたいです」


 スレッドの内容を見てみると、至る所にウェブ魚拓が貼られていた。それを見ると、過去に更新した個人ブログの内容が殆どだった。そこには彼の家族構成、どこに行ったか、そこで何をしたか、また瀬奈々を虐めた記述も多数見受けられる。


 それを見た恭一郎は、ますます要を許せなくなっていた。あいつには死よりもつらい仕打ちをしなくては。憎悪の焔が、彼の心中に灯る。すると八田が、連絡網を持って席を立つ。


「どこに行くんだ?」

「ちょっと印刷してきます」

「印刷?」

「連絡網を印刷して、要とその取り巻きの人たち以外の住所を黒塗りにしてプライバシーを保ちます。もう一枚は夢見に返します」

「それってまさか、要たちの電話番号をKATARU上に晒すっていうことか!」

「そういうことになりますね。取り巻きの名前は、先輩が来る前に夢見から聞き出しました。幸いにも、全員同じクラスだったので」


 そういうと八田は階段を降り、印刷機の前まで歩みを進める。その間に、恭一郎と夢見は何もすることが無くなってしまった。沈黙が場を包んだが、夢見がいきなり口を開く。


「あの、恭一郎先輩は、いつまでここにいるんですか?」

「え? ああ、定期演奏会を見てから帰ろうと思っていたから、明日には帰るかな」

「そうなんですか……」


 夢見は妙に寂しそうなな表情で俯いてしまう。恭一郎は彼女の表情を察し、慌てて言葉を告ぐ。


「大丈夫。二度と会えないわけじゃない。ただ……」

「ただ?」

「俺の両親が、八月の終わり頃に俺の住んでいる町に引っ越すんだ。だから、春野町にはもう長くいられなくなる」

「そんな……」

「でも、後輩たちにはこれからも顔を合わせるつもりだよ」


 それを聞いた夢見の表情は、安堵のものに変わった。そこに、八田が連絡網を持って部屋に入ってくる。一つは既に要とその取り巻き以外の電話番号は黒く塗りつぶされており、プライバシーは万全だった。


「先輩、何良い雰囲気になってるんですか。天国の瀬奈々ちゃんが嫉妬しちゃいますよ」

「五月蠅い。ほっとけ」

「夢見、これ」


 八田が茶々を入れた直後に夢見に渡したものは、コピーに使った連絡網だった。こちらには何も手を加えられておらず、夢見は一礼して受け取る。


「それと夢見、先輩と話すのは良いけど、行き過ぎないようにね」

「……失礼しました」


 八田は夢見の詫びを聞いた後、連絡網を写真に撮り始める。そしてこれをパソコンに送信し、KATARUの要追跡スレにそれを貼りつける。その作業は一瞬で終わり、恭一郎と夢見は八田の手際の良さに舌を巻いた。


「先輩、すごいです!」

「部活での振る舞いも、これくらい手際良くなっていればな」

「失礼ですね。こう見ても副部長なんですよ」


 八田は恭一郎がだんだんいつもの彼に戻りつつあることを感じていた。つい一時間ほど前までは、こんな茶々も入れられなかったのだ。彼女は内心嬉しく思い、写真をアップした後にこのようなコメントを追加した。


『要とその取り巻きの電話番号や。後輩から連絡網借りてアップしといた。こいつらもどうやら、車椅子の女のいじめに関わっているらしいで』


 そのレスを提供した数分も経たないうちに、スレはお祭り騒ぎとなった。


「おい、どんどんコメントが増えているぞ」

「そんなもんですよ、KATARUって」


 八田は飄々とした顔でパソコンと睨めっこしている。


『サンキュー! というか取り巻きもいたんだな』

『電話番号も分かったことだし何しようかな(ゲス顔)』


 そして八田は、とどめの一撃を加える。彼女が盗聴した音声データをパソコンに落とし、KATARUに掲載しようとしたのだ。


「八田、それって……」

「盗聴した音声です。これで彼が罪人であることをはっきりさせます」


 彼女は音声ファイルを添付し、こうコメントした。


『今日の朝に起きた列車事故、覚えてるか? ニュースでもやっていると思うけど。亡くなったの、要が虐めていたあの車椅子の女の子や。その事故を起こした原因は要。要の会話に聞き耳立てた音声ファイル貼っとくわ』


 八田のキーボードをタイプする音が、次第に大きくなってくる。彼女は感情的になっており、唇を噛み締めている。悲しみ、悔しさ、怒りが沸き上がってくるのが自分でも分かっていた。恭一郎も彼女と同じ気持ちで、あの音声を脳内再生すると要を殺したくなる。コメントを送信し終えると、八田は力尽きたかのように床に大の字になって寝そべった。


「お疲れ、そしてありがとう」

「先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。あとは、同志がいろいろやってくれるでしょう」


 力尽きた八田の代わりに恭一郎がパソコンを動かす。ページを更新すると、音声ファイルを掲載してからいくばくも経たないうちに、スレッドは上限である1000コメント寸前にまで到達しようとしていた。


『これマジ? 糞糞&糞。絶対に許すな』

『たっぷりとお灸をすえてやらないと』

『潰せ! 家族、取り巻き、取り巻きの家族ともども根絶やしじゃ!』

『これは……。死んだ女の子が浮かばれないわ』

『おもちゃとか。今度はお前がおもちゃになる番やで。覚悟しとき』

『とりあえず動画サイトに載せとけばええんやな?』


 恭一郎は唖然としてスレッドの内容を見ていた。


「俺たちが何もしていないのに、勝手に物事が進んでいく……」

「早速やりやがりましたね」


 そう言っているが、彼女は満面の笑みだ。それから彼女はとあるサイトを開く。それは要が運営しているアフィリエイトブログ、嫌韓速報だった。それからUSBを差し込み、あるファイルを開く。そこにはわけのわからない言語が羅列されており、夢見はちんぷんかんぷんな様子だ。しかし、恭一郎は口を半開きにして凍り付いている。


「恭一郎先輩、どうしたんですか?」

「八田、さすがにこれはヤバい」

「何がですか。私はただ……」

「いくらおまえでも、越えちゃいけないラインがあることは知っている筈だ!」

「先輩、越えちゃいけないラインなんてスタートラインみたいなもんですよ」


 にっこりほほ笑んだ八田に、恭一郎は狂気を感じた。夢見は未だに分からない様子で、二人を交互に見やる。


「先輩方、何があったんですか!」

「夢見、お前は知らなくてもいい」


 そうやってやり過ごした後、恭一郎は八田に耳打ちした。


「これって、他人のパソコンを遠隔操作出来るウイルスじゃないか!」

「正解です。どうして分かったんですか?」

「父さんからこのことは口外するなと言われたんだが、父さんは警察に勤めていて、ホワイトハッカーだったんだ。もう退職したけど。最初に父さんにこのファイルを見せられた時にはわけがわからなかったんだけど……」

「そうだったんですか。さあ、ここからがショータイムの始まりです!」


 そうすると彼女は、要の運営するブログにウイルスを流し込む。幸いにもセキュリティーに関しては厳重ではなかったようで、彼のパソコンの中に容易に侵入することが出来た。


「これで要のパソコン、いいえ、要家のデータは全て私のものになりました」

「これでどうするつもりだよ」

「まあ見ていてください。面白いですよ」


 すると彼女はとあるコードを打ち込むと、突然パソコンからけたたましい音が響く。恭一郎と夢見は、ただあたふたすることしか出来なかった。それに対して八田は、勝利を確信したかのような高笑いを上げている。


「一体何をしたんだ!」

「別になんてことないです。もう少しで音が鳴り止みますから……、ほら。止んだ」


 八田がディスプレイを確認すると、そこに出ていたのは要家の財産だった。彼らはインターネット上に資産を管理していたらしく、掲載されている金額は莫大なものになっていた。


「息子も息子なら、親も親、ですね」

「なんだこの金額。これが町議会議員かよ……」

「まあ、黒いビジネスに手を染めていることは確実ですね。それに、ここに表示されている金額は、あくまでもこの情報は、インターネット上に管理しているものだけです。現物で管理しているものを含めたら、もっと膨れ上がるでしょうね。それでも、警察はこの情報を喉から手が出るほど欲しがるでしょう」


 舌なめずりをした八田はUSBメモリを取り出すと、その情報をコピーし始める。パソコンは乗っ取っており、パスワードも把握しているので、セキュリティは無いも同然だ。コピーには十数分掛かったが、それまでに異変は何一つ起きなかった。


「ついでにこれも……」


 ネット口座のアカウントにアクセスすると、容赦なく金を引き出していく。残高がゼロになるまではそれなりの時間が掛かったが、無事に誰にもバレることなく、資産を流出させることに成功した。


 八田はKATARUに戻り、コメントの反応を窺う。


『さっき流した音声、もう少しで50万再生行きそう』

『順調に地獄に堕ちていって笑いが止まらん』

『なんかあの糞アフィブログ消えとる』

『身の危険を感じて消したとは思えん。あいつ頭悪そうだし』


 スレの勢いが落ち着いた所で、恭一郎は時計を見る。17時35分。時間も忘れて八田の作業を見ていた二人は溜め息をついた。


「もうこんな時間か」

「両親も帰ってきますし、この辺でお開きとしましょうか」

「みんな、ありがとう。あとは明日を待つだけだ」


 いつの間にか、恭一郎は涙声になっていた。そんな彼の思いを感じ取ったのか、夢見は大きく首を縦に振りながら涙を流している。


「これでやっと、愛川先輩に報告出来ますね」

「ああ、瀬奈々、俺たちはやったんだ」

「恭一郎先輩、夢見、ありがとうございました。皆さんのおかげで、私は戦うことが出来ました」


 八田は二人に深々と礼をする。明日がどうなるか楽しみだ。心の中ではニヤニヤが止まらなかった。


「今回の功労賞はお前だよ、八田。いい後輩を持った」

「先輩、かっこよかったです!」

「何でお礼を言われなきゃならないんですか。私は当然のことをしたまでですよ」


 八田は照れ隠しにそっぽを向いた。彼女が部活で見せる、いつもの癖だ。そして二人は改めて八田に礼を言って、夕日に照らされながら帰路についた。


 道中、夢見は恭一郎のことをちらちら見ては俯くことを繰り返していた。指を忙しなく動かし、挙動も落ち着きがない。それを恭一郎は見抜いていた。


「どうした、夢見」

「……いいえ、なんでもないです」


 彼女は恭一郎と二人きりになったことにより、より緊張感が増していた。先程までは八田がいたので、それほど緊張はしなかった。しかし、こうしている今、恭一郎が帰る時間は刻一刻と近づいていることを感じている。彼女は焦っていた。


 結局、先に家に着いたのは夢見の方だった。あれから彼らは、一言も話すことは無かった。彼女は泣きそうになりながら恭一郎を見送る。


「先輩、また明日会いましょう」

「そうだね。また明日」


 恭一郎の歩いている後ろ姿を見つめながら、夢見は心の中で手を振った。なんて自分は意気地なしなのだろう。ふがいない気持ちが彼女の心を支配する。自分の部屋に入ると、着替えるのも忘れてベッドに倒れこみ、そのまま声に出して泣いた。この状況だから、伝えられないのは仕方が無い。しかし、それにしても自分が情けない。正直な気持ちひとつ伝えることが出来ないのだから。


「大好き、です、恭一郎先輩。大好きです!」


 彼女は恭一郎に恋心を抱いてしまったのだ。瀬奈々を想起させるような優しさ、喋り方、まっすぐな気持ち。初対面の時から心が揺さぶられる気持ちに駆られていた。しかし、ここで告白してしまったら、恭一郎に失礼だと感じていたのだ。結局彼女は夜まで泣き続け、この日は溢れる感情、思いを制御出来ずじまいだった。



 恭一郎は夜中の二時なのにも関わらず起きていた。疲れている筈なのに、なぜか心臓の高鳴りが止まらない。朝が近付いて、緊張しているのだろうか。彼は胸を抑え、自分の鼓動を確認する。それはドラムを刻んだような速さで、心なしか息も荒くなってくる。


「はあ、はあ……」


 急な環境の変化に、体がついていけていないのだろうか。彼は勝手な仮説を立ててその場をやり過ごそうとする。すると、彼のスマホに着信が入った。過剰に体を震わせて電話に出ると、それは夢見からだった。こんな時間になんだ? 彼は胸の鼓動を気にしながら電話に出る。


「もしもし」


 夜遅くの電話のはずなのに、彼は怒りを感じなかった。赤の他人だったら、こうはならなかっただろう。夢見はか細い声で話し始める。


「こんな時間にすみません。どうしてもお話がしたくて」

「なんだい?」


 恭一郎は出来るだけ優しく接することに努める。


「本当は帰り道で言いたかったことなんですけど、今言います」

「はいはい」


 このシチュエーション、どこかで体験したことあるな。内心そう思った恭一郎だったが、今はあえて考えないことにした。その後しばらくは、夢見の呼吸する音が微かに聞こえてくるだけだった。


「どうした? もう寝ちゃうよ」

「ま、待ってください! 言います! あの、実は……」

「実は?」

「せ、先輩の、ことが、す、好きでした! 付き合って、くれないでしょうか!」


 恭一郎は衝撃を受けたと同時に度肝を抜かれた。まさかこいつが、俺に恋愛感情を持っていたとは。初対面なのに大胆だな。そのせいで彼は、暫く言葉が出なかった。それに気付かない夢見は、不安な気持ちで押し潰されそうになっている。


「先輩?」


 夢見は祈るようにしてスマホを握り締める。しかし、恭一郎からの返事は来ない。彼は苦悩していたのだ。瀬奈々が亡くなった今、彼は一人身だ。しかし、ここで即決してしまったら、瀬奈々にも夢見にも失礼な気がしてきた。そこで彼は、考えた末に口を開く。


「今は心の整理がつかない。だってそうだろう? いきなり言われちゃ、誰だって困惑する」

「はい……」

「だから頼む。俺が帰るまでには必ず返事をする。それで良いか?」

「いつ帰るんですか?」

「今日の18時のバスで帰る。それまでには答えを出す。頼む」


 夢見は立場上、食い下がることが出来なかった。結局恭一郎の頼みを承諾し、電話を切る。彼女はこうして、不安に満ちた夜を送ることとなった。


 なんとかその場をやり過ごした恭一郎は、ほっとした気持ちになっていた。先程まで続いていた胸の鼓動も落ち着いている。これは夢見と話したおかげなのか? 彼はそんなことさえ思った。それと同時に、睡魔が襲う。ついさっきまで全く眠くなかったのに、夢見と話してからはどうも体の様子が普通の状態に戻りつつある。彼は電気を点けっぱなしにしながら、死んだように眠りについた。



「……?」


 暫く経ってから、恭一郎は目が覚める。点けっぱなしにしていた電気は誰かに消されており、部屋も綺麗に片付けられている。彼は目を疑って自分の部屋の周りを見た。これは一体どういうことだ? 彼があたふたしていると、押し入れから光が漏れているのが見えた。


「なんだよ、これ」


 恭一郎は手を震わせながら押入れのドアを開ける。すると、彼の目に鋭い光が直撃した。光は彼の予想を上回る明るさで、うずくまってしまうほどだった。


「うああ……」


 光に目が慣れてきたとき、恭一郎は目を出来る限り開け、どのような状況になっているのか把握することに努めた。すると光の中に人影が見える。それは恭一郎に少しずつ近付いてくる。彼は後ずさりしたが、すぐに壁に到達してしまう。


「だ、誰だよ。なんか言ったらどうだ!」


 それでも人影は反応せず、ただただ恭一郎に近寄ってくる。そして、人影は彼の肩をぐっとつかんだ。恭一郎が身震いしながら掴まれた肩を見ると、どこか見覚えのある手があった。まさか……。恭一郎は掴まれた手を放し、顔をじっくり見ようと人影と同じ目線に立つ。顔を見たとき、彼の予想は的中した。


「……瀬奈々!」

「先輩、会いたかったです」


 その時、押し入れから出ている光が消えた。同時に部屋の電気が勝手に点き、見慣れた笑顔がはっきりと映し出された。


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