表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏休み  作者: くらげ
10/10

エピローグ

 寮に帰ってきた恭一郎は、散らかった部屋を片付けようと一念発起した。先ずは周囲の不必要なものを捨てていく行程に入っていく。部活での思い出は彼にとって忘れることの出来ないものだったので、楽譜などをクリアファイルに纏めていく。


 衣料品はもう使わないものが多数出てきたので、段ボールに纏めてリサイクルショップに出すことにした。段ボール一箱分の衣料品を詰め、片付けるべきものが無くなりかけたとき、押し入れから一枚の紙切れが出てくる。何かと思い拾い上げると、瀬奈々と撮ったプリクラだった。二人はピースサインで、満面の笑みで写っている。


「こんなこともあったな」


 感慨深げに呟くと、プリクラを部活関係のファイルに綴じこむ。そうやって自分の部屋を引っ掻き回しているうちに、瀬奈々との思い出の品が続々出てきた。彼女とショッピングした時にお揃いで買った首飾り、冬休み、少しだけ諍いを起こした時に、彼女からお詫びとして貰ったマフラー。これはまだ封も開けていなかった。彼にとっては、あまりにも大事だった。それらを眺めながら、恭一郎はクローゼットの中に押し込んだ。彼女との思い出を大事にしたかった。


 それから彼は首飾りをつけ、段ボールを抱えてリサイクルショップへと足を運ぶ。店の中に入ると、そこにいたのは思いもよらない人物だった。


「あれ、坂田!」

「恭一郎じゃないか、久しぶりだな!」


 そこにいたのは、彼の同級生で吹奏楽部だった坂田 平治だった。彼と会ったのは卒業式以来で、二人は再会を喜んだ。


「こんなところで何しているの」

「片付けていたら、こんなにいらないものが出てきちゃって。だから、売りに来たってわけ」

「なるほど。そうだ、恭一郎」

「何だい?」

「今日、時間あるか? 久しぶりに、二人で話さないか」


 恭一郎は二つ返事で坂田の誘いに乗った。それから彼は手短に用事を済ませ、リサイクルショップから出る。二人が向かったのは、近くの小さな居酒屋だった。


「ちょっと待て、俺たちまだ19歳だぞ」

「気にするな。酒飲まなきゃいいの」


 二人は席につき、適当に飲み物を頼む。それから二人は、世間話に花を咲かせた。


「お前、今何しているの」

「俺は医療大学に通っている。俺、馬鹿だから、付いて行くのも大変さ」

「春野高校でトップクラスの成績取っていた奴が何言っているの」

「坂田は?」

「俺はここで公務員やってる。まだまだ慣れていないけど」


 二人は久々に笑い合っていた。恭一郎も、帰省した時の疲れを取ろうと、今は出来る限り楽しい雰囲気に身を置きたいと思っていた。


「後輩たち、元気してた?」

「元気すぎて困るよ。特に八田」

「あいつは色んな意味で元気だからな」

「そして、俺はあいつに助けられた」

「どういうことだよ」


 坂田は現在の春野町の状況をあまり知らないようだった。彼は興味津々で恭一郎に突っ込んでくる。


「昨日の早朝に起こった列車事故、覚えているか」

「ああ。地元だったからびっくりしたよ」

「亡くなったのは愛川 瀬奈々。トランペットのパートリーダーだった」

「おい、まじかよ。何でニュースでは名前が言われなかったんだよ」

「家族が名前を出さないでほしいって、テレビ局や新聞社に頼んだんだと」


 坂田の飲み物を飲む手が止まる。恭一郎の顔はどこか沈んでいる。


「お前、確かあいつと付き合っていたよな」

「ばれてたか」

「吹部中に伝わっていたよ」

「涙も出なかったよ。あまりにも突然すぎて」

「それはさぞかし辛かっただろうな」


 坂田が沈痛そうな面持ちで恭一郎を見る。


「そこからの話は、俺と八田と夢見だけの秘密なんだけど、お前には特別に教えてやる」

「その前に、夢見って誰だよ」

「新しく入った一年生。パートはトランペット。瀬奈々には懇意にして貰っていたらしい」

「何が起こったんだよ」

「犯人を捜したんだ。あの手この手を使って」

「そういえば、なんか音声ファイルが話題になっていたけど」

「音声ファイルのことは知っているんだな、あれは八田が盗聴したものだ」

「……まじか」


 坂田は八田の意外な一面に舌を巻く。一年の時は大人しい奴だったのに。そして、同時にこんなことも思った。あいつ、そういえば愛川と毎日のように行動を共にしていたな……。内気な彼女にとって、瀬奈々は大切な親友だった。それを失った悲しみが、あいつをここまで突き動かしたのか。坂田は考えさせられる気持ちになっていた。


「それを拡散して、容疑者逮捕ってわけさ」

「お前ら、疲れたろ。なんか悪いな、誘って」

「全然。むしろ嬉しいよ。こうして疲れを癒す場を提供してくれたわけだし」


 恭一郎は不思議と笑顔になっていた。昨日までは死にかけたような顔をしていたのに、なぜか気持ちに余裕が出来ている。それから彼は店員を呼び、飲み物の注文をする。


「すみません、生ビール二つ!」


 坂田は唖然とした表情で恭一郎を見る。店員は快く了承し、客室から引き返す。


「酒は飲めないって、言っていたよな」

「ここの店、年齢確認が無かったんだよ。だからチャンスかなって」

「酒に慣れておくのか」

「そういうこと。今日は飲もうや!」



 少しだけ考えた坂田だったが、恭一郎と会うのはこれから先、なかなかないだろうと思い、笑顔になって了承した。そして彼らは日付が変わる寸前まで飲み明かし、たくさん笑い合った。



 八田は自分のクラリネットを点検していた。今日も異常なし。彼女はそれだけで笑顔になれた。すると、彼女のスマホに着信が入る。夢見からだった。


「もしもし」

「先輩、気分はどうですか?」

「最高。これからの生活も充実しそうだよ」

「私も同じです!」

「夢見は私以上に充実しているでしょ。彼氏、出来たんでしょ?」


 彼女はにやりと笑い、夢見の動向を窺う。


「どうして知っているんですか?」

「路地裏で告白したでしょ? 恭一郎先輩に」

「……はい」

「おかしいと思ったんだよね。顧問とさえまともに目を合わせられない夢見が、恭一郎先輩とだと急に心開けちゃって」

「すみません……」

「何謝っているの。夢見は何も悪いことしていないよ」

「なんか、愛川先輩から取ってしまったみたいな感じになっちゃって……」


 八田は溜め息をついた。どこまで謙虚なんだ。ある意味で尊敬し、参考にしなければならない面でもあった。


「まあまあ、そんなこと言わずに。私は構わないから、楽しんで。恭一郎先輩との、甘々な生活」


 八田が夢見を茶化す。電話越しで、夢見の息が荒くなっているのが分かる。八田は、夢見が顔を真っ赤にして反論しようとしている所が容易に想像出来てしまい、思わず吹き出してしまった。


「そ、そんなに私をいじめないでください!」

「ごめんごめん。明日の練習も、頑張ろうね」

「はい。頑張ります! おやすみなさい」

「おやすみ」


 八田は電話を切り、風呂に入ろうと部屋から出ようとする。その前に、机に飾ってある写真に目を通す。


 それは昨年の合宿が終了した直後に、部員全員で取った集合写真だった。瀬奈々と恭一郎は手を繋ぎ、仲睦まじそうに写っている。八田は瀬奈々に抱きついており、他の部員から笑われていた。吹奏楽部での思い出はこれからも沢山、作られていくだろう。しかし、ここに瀬奈々がいたこと、そして瀬奈々とよく行動を共にしたこと。これだけは一生忘れることは無いだろう。暫く写真を見つめた後、八田は電気を消して部屋を出た。今までとは違う、凛とした顔立ちで。



 電話を切った夢見は、未だに顔を赤らめて座っていた。そこまでからかうこと無いのに……。指を忙しなく動かし、羞恥に耐えている。


 スマホの電源をつけ、待ち受けを設定する。そこには恭一郎が帰る直前に撮った集合写真があった。周囲には八田や瀬奈々の両親、恭一郎の両親もいる。それは部活の集合写真を彷彿とさせるもので、夢見はしっかりと恭一郎の手を握っている。違うのは、瀬奈々がいないことくらいだった。その写真を待ち受けに設定すると、グループチャットに着信が入る。恭一郎からだった。


「なんだろう」


 彼女はチャットの内容を開く。そこには、それなりの長文が載せられてあった。


『八田、友恵。今日まで俺のわがままに付き添ってくれて本当にありがとう。大事な人は失ってしまったけど、犯人が捕まってほっとしています。


八田、貴女は本当に良く頑張ってくれました。まさか、こんなにネットに詳しいとは思ってもいませんでした。これからもこの手際の良さを、日常生活でも活かしてください。


友恵、貴女がいたから、僕は立ち直ることが出来ました。貴女がいなかったら、どうなっていたことやら……。春野町にはこれからも行くつもりなので、その時になったら、沢山話しましょう。


ちょっと長文になってしまいましたが、これで僕の言いたいことは以上です。ちなみに勝手で済みませんが、グループは解散せずに、このまま続けていきたいと思っています。これからも何気ないことでもいいので、どんどん話していきましょう!以上』


 夢見は嬉しくなって、すぐに返信した。それが終わった直後、母親から呼ばれる。


「ご飯だよ、下りてきなさい」

「はい!」


 彼女はスマホの電源を点けっぱなしにして階段を駆け下りる。SNSの画面のままになっており、そこにはこう書かれていた。


『これから先もずっと、よろしくお願いいたします!』



いかがでしたでしょうか。処女作なので、まだまだ至らない部分もあったかと思います。そこらへんは、感想やDMで指摘してくださると助かります。

これからも精進していきますので、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ