サーちゃん
タマちゃんさんの居場所はすぐにわかりました。場所的に言いますと、この街から出てすぐの場所でございます。
迷うこともございませんね。
草原へと向かいました。草木を掻き分けて歩いておりますと、狼男さんが一つ遠吠えをなさいました。
「何をしたのですか?」
「探してもラチがあかんからな。こっちから呼んだわ」
「それは助かります」
その場で止まります。そうして待つこと三分。世が世ならばラーメンができております。
「逃したんじゃないのかい?」
と、ミーアさんがご指摘なさいました。ありそうですね。さっきの遠吠えは呼ぶ為ではなく、逃がす為、だったのでしょうか。
マグナト翻訳にも引っかからない号令をした可能性はございますね。
と、トートさんを除く我々が、訝しんだ目で狼男さんを睨みます。ギョッとしたように、狼男さんが怯みます。
「ちゃうやん! 今の、何か、別に普通やん。普通にこっちやでーって……」
「えー、でもねー、来ないよー? 嫌われてんじゃないのー? トートねー、知ってるー。お前みたいなのを嫌われ者って言うんだよ?」
「何やて!?」
「えへへー。この狼男、しかも馬鹿なんだー!」
「おい、あんまふざけてるとわいも怒るで」
トートさんが餌を見つけたかのような嬉々とした声音を上げておりますね。うるさいので、別の餌、バーガーで口を塞いでおきます。
さて、トートさんがもぐまぐしているうちに、何とタマちゃんさんはやってきました。
やって来たと言いますか、降りてきました。
天を足場にして、その方はいらっしゃいました。
「我を呼ぶのは、我が盟友であるな?」
「せやで。わいや。ギョートルギ……」
「狼男よ。何事ぞ」
「待ちや。わいの名前はギョートルギニ……」
「本題に入れ、狼男よ」
狼男さんの名前は明かすことなく、天から現れたお馬さんーーつまり、天馬さんが言葉を放ちました。
天馬さんでしたか。
私、初めて拝見致しましたよ。
白銀の毛並みを誇らしげに携えて、天馬さんは大きく嘶きました。身の丈の倍くらいの大きさをした翼を広げてこちらを圧倒してきます。
しかし、威圧は感じません。
天馬さんも生物としては強い方でいらっしゃるのでしょうけれども、周囲の人物が皆さん規格外ばかりなので。
「おい、メルセルカと魔界族。そして……魔王!? 様。それに勇者、だと!」
天馬さんが絶句しました。
私とマグさんの扱い、悪くありませんかね?
トートさんに至っては触れられてすらおりません。まあ、私が彼でも触れませんけれどもね。
「どうしてここにいる? もしや、裏切ったのか、狼男!」
「……裏切りたくなってきたよ、タマちゃんやん」
「我をその名で呼ぶな」
ああ、嫌なのですか。
「あの天馬さん。狼男さんは裏切っていませんよ。寧ろ、貴方様を思っての行動です」
「ほう? では、何をしてくれるというのだ?」
「貴方様のご主人様にお話をつけます」
「どうやって? 我の言葉は通じ……メルセルカ。どうして我と話せている?」
「私のスキルの力でございますね」
「そういうことか。ふん、面白い。その話
乗ろうじゃないか」
「あ、良いのですか? 会いたくない、とかはないので?」
「あの娘が真実を知るのが楽しみなくらいだ」
ふははははは、と凡そ天馬とは思えない笑い声を上げるタマちゃんさん。
彼を放置して、私は脳内で算段をつけます。
これで今夜中にタマちゃんさんを連れて行くという依頼はクリアできましたね。
後は話をつけるだけでございます。聞いたところによると、飼い主さんはきちんと彼女なりのやり方で彼らを可愛がっているご様子。
きちんと真実を知れば、また違った可愛がり方ができるでしょう。
簡単な依頼でございましたね。
しかし、だとすると納得できないこともございます。
そう、ナルさんのことです。
彼女曰く、今回の依頼は不運のスキルによって引き受けさせられたモノらしいです。
だとすれば、このような簡単な依頼で終わる訳がございません。
まだまだ問題があるのでしょうか。
溜息を吐きつつも、我々はナルさんの魔法で依頼者さんのお家へ一飛びしました。
「たのもー」
と、我々はあっさりと屋敷の中に通されました。依頼人さんが感極まったご様子で、天馬さんと狼男さんに抱きつきました。
初見の時は中々冷たそうな少女だと思わされましたが、愛情をきちんと持った良き子でございますね。
「冒険者を舐めていたわ。ありがとうございます」
「私は仕事をしただけですので」
「でも、助かりました。報酬は弾むわ。ここに報酬を!」
彼女がそう仰いますと、執事服を身に纏った方がやってきて、溢れんばかりのメルカを渡してくださいました。
「こんなに?」
「ええ。口止料等々も入っています」
「口止料?」
「ええ。一応、この子たちは暴れたら危険なのよ。だから、逃してしまったなんて口外できないわ。また、誰かが傷つく前に連れてきてくれた」
「そういうことですか。では、遠慮なく頂きましょうかね。また、一つ言うことがございます」
と、私は狼男さんや天馬さんの心情を代弁していきます。
私が何か言う度に、彼らがこくりこくりと頷くので、依頼人さんも納得の御様子。
「ごめんなさい! 私、良いことだと思って貴方たちの世話をしていたわ。ごめんなさい!」
涙を溢れさせて、彼女は狼男さんたちにひしりと抱き着きます。
まあ、普通はわかりませんよね。
幼い子のやったことですし。しかも、彼らは普通に高待遇を受けていたのです。
依頼者さんに一切の悪意がないことは把握していたのでございましょう。
彼らは気まずそうに視線をズラしております。
まあ、想像以上に依頼人さんに理解力があったということに驚いているようですね。
言葉が通じないと、どうにも誤解は生まれるものでございます。
「でも、どうしようかしら? 今日中にタマちゃんのお見合い相手が来るのだけれども」
依頼者さんの言葉に連動して、地響きが鳴りました。お腹に響くような地鳴りでございます。
「来たみたい」
地鳴りが止み、代わりに風が頬を撫でました。
ここは室内。それも窓は閉められております。では、どうして風を感じるのか。
簡単です。
屋敷の屋根が取り外されたからでござます。無論、玩具ではございませんから、大量の瓦礫と埃が生まれます。
破砕音と共に、それが私たちを睥睨なさいました。
そこには一つ目の巨人さんがいらっしゃいました。その巨大な唇には口紅が塗ってあります。
「あ、一応紹介するわね。この子がお見合い相手。サイクロプスのサーちゃん」
絶望がやってきました。




