馬鹿にしていらっしゃるので?
「ほう。画家の方でございますか」
「凄いだろう? 食糧難のご時勢だっていうのに、まだ絵なんかに大金を払う馬鹿がいるんだね」
「その言い方は少々いけないのでは?」
「いいのさ。あたしの絵を、いいや、あれは絵ではないね。あれを買っていくのは酔狂な馬鹿貴族だけだよ」
そう言って、聖さんは笑みを浮かべました。
「特別だ。きみにも書いてあげようか」
「良いのですか? 私、あまりお金は持っていませんよ?」
「気にしなくていい。金なら腐る程あるからね」
そう仰って、彼女は周囲を見渡します。けれども、そこにあるのは前世の紙幣。
こちらでは無価値なものでございます。
「さあ、描こうかな」
スラスラと、サラサラと、筆が白紙の上を踊ります。白紙はこの世界では貴重なのですが、それを惜しむ気配はございませんでした。
となると楽しみですね。
一体、画家さんである聖さんは、どのような素敵な絵をお書きになられるのでございましょうか。
ウキウキとした調子で、絵の完成を待ち続けます。待つこと、一分。
絵が完成しました。
「これは……」
「どうかな?」
「その、コメントに困りますね」
正直に申し上げますと、ド下手でございました。なんの絵かも解読できません。
トマト?
「似顔絵。きみのね。記念に上げるよ」
「あまり嬉しくないのですが」
「ね。下手でしょう」
私はコクリと頷きました。もしかすると、この世界の方々にはとても美しく見えるのでしょうか。
価値観は地域毎、国毎に変わるものでございます。世界が変われば、かなりの違いもございましょう。
と思い、私はナルさんに絵を見せました。
直後、
「うげええええ」
ナルさんが嘔吐なされました。
絵を見たからとは思えません。大方、ナルさんの不運によって、ジャストなタイミングで何かが発生したのでございましょうね。
「ナルさん、何か悪いものを召し上がられましたか?」
「あれだ。君次の……いや、そなたには言えないなぁー。忘れてくれ」
まあ、大丈夫ならば大丈夫でしょう。念の為に、バーガーを召喚します。そして、ナルさんに食べさせました。
「おお! それはマグトナルトのバーガーか? 実に愉快だ。どうだ、それを譲ってくれないか?」
「よろしいでしょう」
「無論、タダとは言わないさ。これを上げるよ」
そう言って手渡されましたのが、千円札でございました。
「きみはグチノー・ヒデちゃんを知っているかな? ほら、千円札に載ってる」
「馬鹿にしていらっしゃるので?」
知らない訳がございませんよ。
「ラップ一つで世界を救った、日本が誇る偉人でございますよね」
「その通りだよ。その千円札をあげよう」
「けれども、こちらの世界では無価値なのでは?」
「そうでもないさ。見てごらん、ヒデちゃんさんのイカしたグラスを」
「確かに、ナウいですけれども」
「そうじゃないさ。途轍もない完成度であり、再現度だろう?」
なるほど。
理解しました。
聖さんが売っているのは御自分でお書きになられたものではなく、この紙幣なのでございますね。
確かに、ろくに科学が発展していないこの世界ならば、お札は完成度の高い絵画にしか見えません。
まあ、透かしなどの凝った印刷方法も、このせかいにおいては奇跡に違いありません。
「硬化や紙幣は、金銭としての効力を失った。代わりに、芸術品と呼ばれる位置にまで、異世界では昇華する」
「なるほど。何かが一つ異なるだけで、ここまで変化があるのでございますね」
「写真なんてないからね。そのお札は高値で取引されている」
ただの千円札も、この世界では金のなる木なのでございますか。
面白いですね。
「という訳で、あたしはスキルをてきとーに使っているだけで大金持ちさ。きみのスキルも、それ以上のお金を生むだろう」
「お金など、不要でございます」
「同意するよ。あたしは前世では相当お金に拘っていたけれどもね。紙幣を無限に召喚できるようになって気が付いた。お金自体には、何の価値もないのだとね」
そこで、私の欲望者としての人生は終了した。と、聖さんは続けました。
「欲望者のスキルはその使用者の欲望に従って成長するらしい」
欲望、ですか。
私の欲望とは何なのでしょうか。私のスキルは日々進化しております。
それはつまり、我が欲望が成就されているということでございましょうか。
「異世界。きみも会っただろう? ケターキのマスコットキャラ似の神様に」
「ええ」
「先に一つだけ言っておこうか。あの神は嘘を吐いている」




