さあ、暇を潰させてくれよ
「マジですかぁ!?」
異世界に来てなおよく耳にする定型文が我がお口から迸りました。
まあ、私も若いですからね。若者御言葉を紡ぐこともよくあります。
それも、ここまでの想定外を目にすれば尚更でございましょう。
そう、ギルド都市ラピーセル。冒険者さんたちが集合するこの都市において、依頼というのは無数に存在します。
薬草を探したり、動物を探したり。
魔物を倒したり、畑を耕したり。
依頼の数は多種多様。
そのような中で、私が今日目撃したのは想定外の依頼でございました。
『暇過ぎて死にそう。娯楽求む』
余りにも、余りな依頼内容。
そして、同時にその報酬額は眼を見張るほどのものがございます。……沢山。
どの程度かは想像もつきませんが、おそらく沢山なのでしょうね。
「受けましょうか。この依頼!」
「やめておいた方が良いんじゃないかい? 依頼内容もわからないんだよ?」
ミーアさんが止めに入ります。彼女は新しく仕立てたスーツ状の服の襟を正しながら、私の腕を掴みます。
「こういう詐欺があるんだ。依頼内容をボカして、達成できなかったら賠償金を払わせるやつがね」
「ですが、この文字は私の故郷の文字なのです。依頼はともかくとして、私はこの依頼主にどうしても会いたいのです」
「そうか。なるほどね。読める訳か。じゃあ、構わないさ。俺は口説きに戻るよ」
根は真面目なのでしょうね、ミーアさん。
では、私は依頼を受けるとしますか。
「ナルさん、この依頼書の番号を教えてくださいませ」
「八十九番だな」
「ありがとうございます。この依頼はそこまで人数の必要な依頼ではありませんね。別れて依頼をこなしますか?」
暇を潰す。どうするのかは不明ですが、まあ楽なお仕事ではあると思います。
また、私は依頼人の方にお話を聞かねばなりませんからね。向こうの世界のことは、他の方にはまったく理解できないでしょうしね。
今まで、何度も言われてきた『欲望者』という言葉の意味などがわかるかもしれませんからね。
実に楽しみでございますよ。
「私はこの依頼を受けますが、皆様はどうなされますか?」
「妾は君次と共に行こう」
「マグは依頼、他の受ける。色々練習しておきたい……」
「俺は少し用事ができたから遠慮させて頂こうかな。ね、レディーたち」
と、ミーアさんはナンパに成功した女性たちと依頼をお受けになられるようでございます。
まあ、助かりますね。
全員で同じ任務を受けても、頂ける金銭は同じですからね。
それならばバラけた方が稼ぎはよろしいです。その分、任務への危険性は増えますがね。
「わかりました。では、マグさんはこのバーガーをどうぞ。怪我をしたり、身体能力を強化したくなればお召し上がりください」
「うん」
「あと、寂しくなれば、お呼びくださいね。バーガーが通信機になりますから」
「何それ凄い」
「我がスキルは日々進化しているのでございますよ!」
「しゅごい。愛の力」
「ええ」
揚げ芋に声をかければ、私に通じます。他の方から見れば、商品に独り言を告げる怪しいマグさんの誕生となります。
しかし、マグさんはかわいいので問題ありませんよね。かわいければ、基本的には何をされても許されます。
私がやれば最悪通報ものでございますね。一度、露出の罪で捕らえられたトラウマが蘇りますね。
さて、ミーアさんたちにもバーガーや揚げ芋を配り終え、我々は一度別れました。
マグさんが単独で依頼を受けるとおつもりらしく、私としては心配でございます。
バーガーと揚げ芋がありますので万が一がないのは理解しておりますがね。
心配しつつも、お仕事はこなします。
依頼書に書かれていた場所へと歩き出します。
目的地へはあっさりと到着致しました。
目立つ場所にありましたからね。というよりも、目立つ住居でございました。
周囲が煉瓦や石で作られた西洋風の外観に対して、このお家は完全なる木造でございました。
古き良い、日本の家屋でございました。縁側や小さな池もあり、屋根は瓦でございます。
世界観が異なりますね。
マグナト店の外装もそろそろ考えねば。
などと、未来のことに想いを馳せつつ、私はお家の扉をノック致します。
コンコン、と木を叩く音が数度奏でられました。返事はございませんね。
試しに扉を開いてみますと、あっさりと開いてしまいました。
「入ってもよろしいのでしょうかね?」
「構わないんじゃないか? どうせ、妾たちは依頼を受けたのだから、遅かれ早かれ依頼人には会うし」
そうですね。
中で事故に遭っていたら大変ですしね。遠慮なく、私はお家に侵入致します。
玄関で靴を脱ぎます。
「何をしているんだ、君次」
「ここは日本のお家ですからね。土足は厳禁でございますよ」
私が言うと、ナルさんは納得できていないながらも、私の言動に従ってくださいました。実に素直でよろしいですね。
「お邪魔しまーす」
「邪魔する」
家に入りました。とてとてと歩いていますと、和室が私を待ち構えておりました。
襖を開くと、
「おやおや。肌の色、髪の質。瞳や輪郭。ありとあらゆるを観察し、想定するに、君は日本人かね。ふむふむ。実に愉快だ」
そこには炬燵に潜り込んだ女性がいました。
艶やかな黒髪を持ち、着物を纏った女性でございます。
「これは!」
「君も欲望者だろう? 対応する欲は何だ? いや、無粋だ。これはあまりにも無粋な質問だった」
「どういうことですか?」
「スキルを訊くのはマナー違反さ。すまないね。あたし以外の欲望者に会うのは初めてのものでね」
彼女は微笑すると、こちらへと手招きしました。
「まあ、入りたまえよ。炬燵。炬燵は良い。実に愉快だ」
「では、遠慮なく」
この方は悪い人ではなさそうですね。
ただし、気になることがございます。
この部屋全体に落ちているこのーー
「ああ、気になるか。君は知っているだろうけれども、これは紙幣だ」
そう。部屋を覆い隠す程の紙幣でございました。
「名乗ろうか。スキル『虚飾の証明』を保有している聖金子だ。気安く、パスと呼んでくれ給えよ。我がスキルのことは」
「そっちですか!?」
「ふふふ。能力は見ての通り。前世の世界で使用された硬貨や紙幣を召喚する力だ」
「前世のお金では今がないのでは?」
「そうでもないよ。今はしがない画家をやっている。よろしく」
聖さんはそう仰って、私に手を差し出してきました。これは握手ですかね。
決闘の合図ではなく。
迷いながらも、私は彼女の手を取りました。
「さあ、暇を潰させてくれよ」




