御機嫌よう
泣きながら笑った。
おばあちゃんが亡くなって、僕は心から悲しんだけれども、それに縛られることをおばあちゃんが望む筈がない。
そうだ。
僕はおばあちゃんに助けられた。
苦しいけれども、悲しいけれども、嫌だけれども、それでも僕はきっと幸せなのだ。
だって、そうだろう?
大事なおばあちゃんの死を悲しみ、けれどもきちんと愛されていると理解できたのだから。
僕は幸せな部類である。
「ごめんね、おばあちゃん」
そして、ありがとう。
僕はおばあちゃんに沢山の幸せを貰えた。マグナトのバーガー一つで幸せ、なんて何言ってるんだろうとは思うだろうけれども。僕にはそれだけで十分だった。
それがあれば、もう良かったのだ。失ってから気が付いたのだけれど。
今度からは、今からは僕が幸せを届ける番だ。
バーガーを一口齧ったときの、あの多幸感を僕は色々な人に伝えたくなった。
それから数日後、僕は青方家に行くことになった。よくわからないが、本人たちが強く望んだらしい。
そうして、僕は私になった。
やがて、私は学校を辞め、マグナトに努めることになったのだ。
その時、私は薄っすらと怒られるのではないだろうかと恐れました。
けれども、我がお父様とお母様も、喜んでくださりました。
「それがお前の望む人助けの形なんだね」
「あの人を思い出すわ。本当に、私たち貴方が誇らしい」
嬉し涙すらも浮かべて、彼らは私を祝ってくださりました。
これから私は沢山の幸せを見届けられるのでございます。
……
『結局、パクリじゃん』
「え?」
『自分を救ってくれた、自分に初めて幸せを教えてくれたおばあちゃん。そして、マグナト。お前はそれに縋っているだけじゃんか』
「そのようなことーー」
『ない、って言える? 無理じゃんか? だって、そうだよね』
謎の声が、私の脳内に響き渡りました。
『おばあちゃん殺したの、お前じゃん』
「ち、違います!」
『疲れてたんだろうね。限界だったんだろうね。それでも愛するお前の為に、頑張って店まで行ったんじゃん』
謎の声は止まりません。
私が両耳を固く掌で閉ざしても、その声は脳内にて響き続けます。
『それなのに、全部捨ててさ。おばあちゃん、それがショックで死んだんじゃないの?』
「……」
『許して欲しくて、おばあちゃんの代わりになろうとしてるんじゃないの? 馬鹿じゃん。意味ないのに』
「私はそのようなつもりはございません」
『本当に?』
「私は、ただ純粋にお祖母様の教えを理解し、それを行動に移しているだけ、でございます」
どうしてでしょうか。
私の声は震えます。
どうしてでしょうか。
戯言、の一言で返せる言葉に抗えないのは。
私は、ただ、誰かの、真似を、していた、だけ?
『そうだよ。お前はその程度の人間なんだよ』
そう、でしたか。
私は、その程度の人間。人真似しかできない、愚か者。
項垂れる私の肩に、手が置かれました。
「違いますよ。きーちゃんは、きーちゃんでございますよ?」
「お、お祖母様!?」
振り返ると、そこにいたのは朗らかな笑みを浮かべるお祖母様でございました。
彼女は小さく、更に微笑みを重ねますと、
「御機嫌よう」
『お前は! どうしてここにいる!?』
「私の可愛い孫をあまり責めないで頂けますか? ーー魔王さん」
え、という私の驚愕を置き去りにしまして、お祖母様は言葉を紡ぎます。
「私はあくまできっかけに過ぎませんよ。彼は優しい方でした。だって、そうでございましょう?」
『どうして、どうしてこのタイミングで現れられる!?』
「御両親の死に対して、きちんと向き合い、悲しみを隠し続けた。その優しさはきーちゃんが元来持っていたものでございます」
『お前はーー』
「さぁ、きーちゃん。言っておやりなさいませ」
お祖母様の御言葉は温かく、優しく私を包み込むようでございました。
「貴女様がどなたかは知りませんが。ここに断言致します。確かに、私はパクリです。ですが、だからどうしたというのでしょうか」
『お前は自分が救われたい一心で、他者を助ける偽善者だ』
「それでも、お客様たちの笑顔は、マグさんの笑顔は、ナルさんの笑顔は本物でした!」
私の考えが偽物?
だから何なのでしょうか。そのようなどうでも良いことに惑わされて、本当に大切なモノを見失いそうになっておりました。
「私は本物を探しに行く。貴女様の狂言には惑わされません!」
『あり得ない。私のスキルが破られるなんて! 私は魔王だぞ! 勇者の娘すらも掌握した、魔王だぞ』
「……魔王は敗北するモノですよ」
パリン、と何かが砕ける音がしました。と、同時に、世界が元に戻りました。
過去の世界から解放されたようでございますね。
そこには、汗にまみれて膝をつく、ジョアンさんがいらっしゃいました。
「貴女様は魔王だったのですね? そして、洗脳能力を持っている」
「私は掌握のジョアン。まあ、どうでもいいじゃんか、そんなこと」
問題は、とジョアンさんは続けました?
「どうしてお前があの魔女を知っている!」
「魔女?」
「く。ここは引く。覚えてろよ。必ず、支配下におくからな」
そう言って、ジョアンさんは背後へと大きく跳躍なさいました。




