帰ったら、読むといい
ファーストフードは毒である。
そもそも、あれを好き好んで食す人間の気が知れない。意味がわからない。
僕が最も嫌いなのは、バーガーである。
マグトナルト。
我が家の向かいに存在するあのチェーン店は、僕にとっては憎っくき隣人であった。
無論、僕とて馬鹿ではない。
無意味に嫌っている訳ではないのだ。理由はある。そう、それはーー
「きーちゃん。今日のお夕飯は何かわかりますか?」
「どうせあれでしょ、マグナト」
「えへへ。正解でございますよ」
おばちゃん。
僕はおばちゃんが嫌いだ。いや、彼女自体には好感が持てる。
優しい笑みをにこにこと、いつも浮かべている。僅かに折れた腰は、年齢を感じさせるが老いは感じさせない。一本の芯が通ったように、何処か凛々しさのようなモノをこちらに感じさせた。
優しいおばちゃんであった。
ただ、一つ問題があるとすれば、
「今日はきーちゃんの為に、『幸せ包み』にしたのでございますよ」
「きーちゃんって呼ばないで。後、もういいよ。全部揃ったし」
毎日、マグナトの商品を買ってくるのである。絶対に身体に悪い。あり得ない。
おばあちゃんは料理が得意だ。であれば、料理を作ってくれれば良いのに、と思う。
これでは完全に家庭内暴力であった。
三年前に両親を亡くしてから、僕はおばちゃんと共に暮らしている。
けれども、最近は、ここ一週間は毎日マグナトで、僕はそろそろキレそうであった。
「申し訳ありませんね、きーちゃん。私の勉強不足でございました」
「知らないよ」
「さ、御食事と致しましょうか」
テーブルに座り、目の前のバーガーたちを平らげていく。美味しくない。
普通である。毎日食べているから、寧ろ、不味いとすら感じる。
「きーちゃん。貴方様は今日もまた喧嘩をしたのですね?」
「だから?」
「どうしてでございますか?」
「知らない。向こうが仕掛けてきたから」
僕は一般的に言って、空気が読めない。小学生にしては理論的に言葉を紡いでいるつもりだ。
だが、それが我がクラスメイトたちには気に食わないようである。
だからよく苛められる。それに腹を立てて、喧嘩に発展するだけである。何も難しいことはない。
縄張り争いのようなものであるし、何よりも子供のかわいい喧嘩である。特筆すべき点など存在しない。
「きーちゃん。貴方様はお強いのですよ。幼いながらに御両親を亡くして、それでも気丈に己を保っている。それ故に、己を強く鼓舞なさっているのでしょう」
「そんなことはないよ」
「本当は泣きたいのに、我慢して。負けない、とーー」
「煩いな! 何だよ、いつもいつも! 人を幸せにしなさい? 無理だよ。じゃあ、先に僕を幸せにしてよ。人のことなんか、どうでも良いよ! お前だってそうだろうが! 僕が嫌がっているのに、毎日毎日バーガーで。僕のことも考えてよ!」
叫び。
僕は目の前のバーガーを全て、己の手で薙ぎ払った。テーブル上からバーガーが消え去った。
「あ、ああ」
おばちゃんが小さく呻くが、知ったことではない。僕は勢いよく立ち上がり、自室へと篭った。
それが、おばちゃんとの最後の会話となった。
翌朝、おばちゃんは死んでいた。
布団の中で、安らかな表情を浮かべて死んでいた。
不思議だった。どうしてこの人は死んでいるのだろうか、と。
だって、そうだろう。
昨日はあんなにも元気だったではないか。普通に、いつも通り、にこにこと笑っていたではないか。
そこからのことは薄っすらとしか覚えていない。ただ、沢山の人がおばちゃんの為に泣いた。
沢山の人が、おばちゃんの死を悔やんだ。
彼女はやれ人助けだ。やれ幸せだ、と言って毎日頑張っていた。最近はそのような感じではなかったが。
葬儀が終わり、おばちゃんの肉体が燃える。骨だけとなったおばちゃんは、笑っていなかった。
「ああ、貴方が君次くんかい?」
「……誰?」
「泣かないんだね。私は青方夢と言う。昔、貴方の祖母に救って貰った人間だ」
「そう。貴方もですか」
「だから、幸せを返したい。どうだい、君次くん。私の養子にならないか?」
僕にはもう身内がいない。願ったり叶ったりである。実に魅力的な誘いである。
けれども、何があるのかわからない。故に、僕は拒絶した。
「そうか。残念だよ。そういえば、都子さんの日記があったらしいよ。帰ったら、読むといい」
帰宅後、僕は一人でおばちゃんの寝室へ向かった。特に意味はない。
僕のこれからは誰かが決めてくれるだろう。おばちゃんに恩義を感じている人間が、色々やってくれている。
だから、僕はすることがない。
意味もなく、おばちゃんの寝室にいた。
昨日の僕は何を言ってしまったのだろうか。
おばちゃんは、笑っていたが悲しんだに決まっている。僕は何て……最低なんだ。
涙は出ない。
泣く理由がない。泣く、資格がない。
呆然と持ち主を失った部屋を見ていると、そこに日記を見つけた。
『都子さんの日記があったらしいよ。帰ったら、読むといい』
青方さんの言葉がふと、頭に思い浮かんだ。人の日記を読むのはどうかと思うが、それでも、僕の手は勝手に動いた。
そこには、予想外のことが書かれていた。




