至高の宝具
と、私が駆け出した直後です。
勇者様は掌を前へと突き出し、制止を促して来ました。
私もそこまで好戦的な性格ではないので、大人しく立ち止まります。
訝しんで勇者様を見やりますと、彼女の背後からナルさんが歩いてきました。
「おや、ナルさん! 無事でございましたか?」
「……」
ナルさんは何もお答えになられませんでした。ただただ虚ろな目で虚空を眺めるだけです。まるでゾンビのようでございました。
まあ、ゾンビを見たことがないのですけれどもね。
「あの」
「ナルーーいや、マリア。彼女はこちらで使わせて貰うよ?」
勇者様の台詞に、懐かしいお名前が交えられました。そう、マリアというお名前でございます。
「どういうことですか? どうして、そのお名前をご存知なのですか?」
「俺のレディーの一人に、精神系のスキルを持った子がいてね。とはいえ、普通は洗脳まで一時間かかるから、戦闘では使えないけど」
ナルさんがそのような隙を一時間も晒す訳がございません。
一体、と言葉を紡ごうとして、ついつい止まってしまいました。私の為、です。
私に膝枕をしてくださっていた少女ーージョアンさん。彼女が私の元にいたのは、ただ監視の為ではなかったのでしょう。
いつでも私を殺せるのだと、そうナルさんを脅したのでしょうね。
「お止めください、勇者様。そのようなことは勇者様のなさって良いことではございませんよ」
「勇者? 勇者様のすることじゃない? だから何だって言うんだい? 俺はミーア・クローバー」
俺は俺だ。
と、勇者様は仰いました。
「いや、訳がわかりません」
我が冷静なツッコミに動揺することもなく、勇者様は手を大きく降りました。
「行きなよ、魔王マリア!」
「ああー。怠いなぁ」
その声音。
その瞳。
それらは全て、初めて会った時と同じようになっておりました。私はそれがいけないことだとは思いません。
ただ変われば良い訳ではありませんからね。
けれども、でございます。
彼女はーーナルさんはナルさんの思いで今の彼女になったのです。
そこには、私が想像もできないような苦悩や葛藤もあったのかもしれません。
それらを全て、勝手に台無しにされたというのでしょうか。
だとすれば、それはあまりにも残酷ではないでしょうか。
「勇者様。私は貴女様を叱る必要が出てきたようですよ」
「ふざけていればいいさ。俺は勇者なのだからね。それに、俺はもう一度勝ってる。だからそこの魔界族の子だけ頂いていくよ」
また、と勇者様は言葉を置きました。
「お前は邪魔だから死んでくれないかい?」
「ふざけているのは貴女様でーーッ!?」
ナルさんでした。
彼女は相変わらずの気怠げな様子で、しかし、その様子とは正反対の速度で襲いかかってきたのです。
咄嗟に背後へと跳びました。
ハズれた攻撃が地面を穿ち、砕いてしまいました。魔王の力は健在のようですね。
「お止めください、ナルさん!」
「はぁ? 誰よ、ナルってさ」
容赦なく、攻撃は続きます。数多の不運を生み出して、無数の破壊を伴って、私へと襲いかかってくるのです。
「青方。……下がって」
手を出せず、歯噛みしていた私を見ていられなくなったのでしょうか。
マグさんが私の肩を押し退けて、前へと出ました。
ナルさんの攻撃を真正面から受け止めます。
「何だ?」
「マグ。お前の……と、友達。かも」
「友達? 妾に? 笑わせるな」
マグさんが蹴りを受け、空に飛ばされます。
空中では流石のマグさんとて、身動きが取れません。
『不運の……マリア?』
魔法を唱えようとして、ナルさんは小さな違和感に気が付いたようでございます。
だけれども、その違和感を振り払い、彼女は改めて魔法を詠唱し始めました。
けれど、
「させません!」
トートさんの土を掘る部分。
そこを水平にするようにして持ち、突きのの構えを取りました。
全身の筋肉を引き絞るようにして力を込め、そして一気に解き放ちました。
鉄すら穿つ高速の突き。
それがナルさんの腕を掠めます。
「ちっ。妾にダメージを与えるとは。不運だー」
やはり、魔王。
その耐久力は一級品でございました。安心します。
「マグさん! これはおそらく『創造せよ、至高の晩餐』を使えば」
敢えて、治療できるとは申告致しません。向こうがそれを知れば、全力で邪魔してくるでしょうからね。
仲間内で争う我々を見て、勇者様方は嬉しそうに笑んでいます。
断言致しましょう。
貴女様たちは間違えている、と。
マグさんはコクリと頷き、手を広げます。
私も頷きを返して、そしてバーガーを投げました。マグさんにも手伝って貰わねばなりませんからね。
マグさんと私。
同時にナルさんへと駆け寄ります。
「ダメだよ?」
が、その動きは勇者様によって、直々に妨害されてしまいました。
剣が私の髪を少量、持って行きました。禿げたらどうしてくれるのですか。
「マリアという名を知っているんだよ? お前のスキルを知らないとでも思ったのかい?」
この方はナルさんの記憶を覗き見たのですか。
「余興は終わりさ。鍛えて貰っていたようだけれども、まだまだお前は俺には及ばない」
「それはどうですかね!」
勇者様の剣へとトートさんを打ち込みながら、私は叫びました。
「行きますよ、トートさん!」
トートさんに力を込め、勇者様を僅かに押します。向こうが合わせてきたタイミングでトートさんを引き、背後へと跳躍しました。
「召し上がりくださいませ。『創造せよ、至高の晩餐』」
右手にはバーガー。左手にはトートさん。
トートさんが口を開きました。その口の中へバーガーを放り込みました。
トートさんがバーガーを召し上がりました。
「何だい!? その武器は!」
「創造。至高の宝具」
黄金に輝くトートさんを、私はゆっくりと構えました。




