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何にも、知らないよ

 意識を持っていかれました。

 そう、一瞬で。一撃で。


 ナルさんの水魔法を顔にかけられたことにより、私は意識を取り戻しました。

 意識を失っている間に、私はトートさんを取り落としていたようでございます。


 ーー敗北ですね。


 勇者様は取り巻きの女性たちの中心で、微笑を浮かべておりました。


 と、勇者様が私に気が付いて、こちらへと近寄ってきます。どこか苛々した足取りでございますね。


「やぁ。随分と、弱いんだね?」

「貴女様がお強いだけでは?」

「そうでもないさ。きみが弱いだけ。ドラゴンも、レディーたちに殺させたんだね。クズめ」

「ぐぐう!」


 足を力強く踏まれました。ゴキリ、という嫌な音が響きました。

 骨が砕かれました。


「何をしている!」


 ナルさんが勇者様を突き飛ばします。それだけで、彼女は大きく後方へと吹き飛ばされます。


 地面に転がり、汚れたというのに、勇者様の表情には笑みしかございません。


「やっぱりね。ナルちゃん? きみはかなり強いね。きみがドラゴンを倒したんだろう?」


 勇者様は確信したように、そう仰います。それから素早く、勧誘を開始します。


「どうだい? どうせなら、俺の方に来ないかい? 俺の方が強いから、より安全に楽に生きていけるよ。それにそいつより、俺の方が顔が良い」

「顔以外は同意」

「きみは魔界族の……なるほどね。俺はこれでもメルセルカだ。だから魔界族への差別意識はある」


 けれども、と勇者様は前置きをしてから、


「きみのように強い子は歓迎さ。どうする?」

「幾ら強くても、嫌。マグは青方が良い」

「意味がわからないなあ!」

「性格は青方の方がいい」


 ちっ、と勇者様は露骨な舌打ちを行いました。


「まあ、きみたちの気持ちは関係ないか。だって、勝者は俺なのだから」


 決闘の報酬として、勇者様はマグさんとナルさんを要求しておりました。私は一度も、それを承諾していません。


 それでも決闘を受けた以上、それを受け入れたと見なされても仕方はありません。

 それでも、私は文句を言います。


「それは受け入れられませんね。私はその条件を飲んだ覚えはございません」

「うるさいな。敗者の言葉は遠吠えだよ?」

「人で賭け事をするような方に、私はマグさんとナルさんを預けることはできません」

「弱者が吠えないでくれるかい? 見苦しい」


 くっ、と私は歯噛みしました。

 負けは負け。

 それはそうですけれども、やはり納得はいきません。


「再戦だ」

「は?」


 言ったのはナルさんでございました。彼女は憮然とした態度で、言葉を紡いでいきます。


「再戦を望むと言ったんだ。そんなこともわからないのか? マジありえないな」

「意味はわかる。でも、俺が従う意味がないだろう」

「妾を無理矢理君次から引き剥がしても、何もしないぞ。それはマグも同様だ」


 マグさんはコクリ、と頷きました。


「普通にやっての敗北ならば、従うよ。だが、今回の君次には問題があった」

「問題?」

「武器だ。君次は今日、初めて得物を持った。道具屋に証言して貰っても良い。また、噂を知らないか? ドラゴンを素手で倒した、という」


 ナルさんの言葉は止まることを知りません。どんどんと言い訳を続けます。


「まあ、最悪。そなたが無理矢理に妾たちを連れて行こうとするのならば、妾が相手になるぞ」

「戯言をーー」


 ナルさんが軽く、地面を蹴りました。それだけで、地面が割れ、小さなクレーターが生まれました。


「妾は強いぞ」


 魔王であるナルさんの能力はまさに規格外でございます。こと戦闘になれば、不運が発動してその実力を十全に発揮でませんが。


「武器を奪うだけ、っていうルールがいけなかったなあ。こうしよう。次は殺しあり、だ」

「嫌です」

「そっちに拒否権はない。ただでさえ、約束を破ったんだから。決闘は一週間後にしようか」


 じゃあね、と勇者様は我々に背を向けて行ってしまいました。


「ナルさん、申し訳ありませんでした。助かりました」

「良い。あいつのやり口は強引だったからな」


 確かに、強引でしたね。勝者が女性を貰っていく。そのようなことを本気で行うなんて、想像の範疇から離れておりました。


 普通は気持ちの方が大切なのではないでしょうか。


 向こうからすれば、こちらがクレームをつけたということになるのでしょうね。

 我々が悪者なのでしょう。


「次は殺し合い」


 マグさんが小さく呟きました。その声音は私を心配しているようです。


「幸い、一週間も時間が貰えた。戦闘向けではない能力の君次だが、一週間もあれば十分だ」

「勝てますかね?」

「ああ。きちんとそなたがスキルを使えばな」


 私は決闘時、マグナトを食べませんでした。身体能力を強化せずに、戦闘に挑んでいたのです。

 私には異世界に来たことによって強化された肉体がありましたからね。あまりズルはしたくありませんでした。


 それに、力加減を間違えれば殺してしまうかもしれませんしね。


「一週間で、全力で戦えるように鍛えてやる。手取り足取りで、唇取り、な」

「唇は必要ですか?」

「寧ろ、唇しか必要ではないくらいだ!」


 ナルさんの絶叫とも言える宣言に対して、マグさんは半目になって、


「下心あり過ぎ」


 と、呟いておりました。


「はあ、決闘などしたくありませんね」

「トートも嫌ー。痛いー。スコップは武器じゃないのに、どうして武器にするの? 馬鹿なの? 使い方知らないの?」

「使い方は知ってますよ」

「ううんー? 多分、知らないよ」


 トートさんには珍しく、真剣な声でもう一度仰います。


「何にも、知らないよ」

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