遅いね
決闘と申しましても、特に深いルールはございませんでした。見届け人なども特におらず、戦闘はギルドを出て少し歩いた場所にある広場で行われます。
私は誠不本意ながら、決闘を受けることにしました。
私はただでさえ、彼らの獲物であるドラゴンさんを討伐してしまいました。
また美女たちを侍らせている(ように見えるようですね)ことにより、彼らには支持されておりません。
盛り上がっている所に水を差し、これ以上冒険者さんたちから嫌われてはやっていき辛いですからね。
多少の娯楽となることは、まあ我慢しましょう。どうせ負けても、マグさんもナルさんも渡しません。
いえ、どうしても私ではなく、勇者様の元へ行きたいのならば止めはしませんけれどもね。
ただそうなると寂しいですけれど。
「殺しなし。お互い、どちらかが武器を取り落とせば勝ちとしようか」
「ええ。比較的安心ですね」
殺しなしというルールは嬉しいですね。殺されたくありませんし、殺したくもありません。
「さて、では今日はこの勇者ミーア・クローバーのショーへようこそ」
彼女の言葉を引き金として、群衆さんたちの歓声が迸ります。その声の弾丸は私の耳へと直撃し、小さなダメージをこちらへ与えてきました。
マグさんなどは目をキツく閉じて、そのかわいらしい猫耳さんを押さえておりました。
「じゃあ、このコインが地面に落ちたと同時に開始だよ?」
勇者様はポケットから小さなコインを取り出し、上空へと放り投げました。
コインはヒラヒラと舞いを踊り、上空を遡っていきます。
観客たる冒険者さんたちは、私たちを囲うようにして陣取っておりました。彼らの目には、期待するような熱が籠っております。
コインはそのような観客さんたちを見渡すように翻り続けます。やがて、頂点へと至り、落下を開始しました。
ようやく、ここで私も臨戦体制へと入ります。
トートさんを右手で構え、もう片方の手を前へと差し出します。この構えこそ、まあ何でもよろしいです。
コインさんが、とうとう、地面に、落ちました。
「ーーッ!」
両者まったくの同時。
足が深く地面を抉りました。爆発的な加速力を得て、武器と武器とをぶつけ合います。
「痛いー! トート痛いー! どうしてスコップを武器にするのー? 土でも掘ってろ」
トートさんの軽口は止まりませんけれども、それに構っている場合ではございません。
力が互角だったのです。
一歩、勢いに負けて後ろに下がってしまいました。この方はお強い。
「へえ、予想外だね。まさか、俺と同格の筋力を持つとはね」
筋力という御言葉とは無縁そうな華奢な姿で、勇者様は仰います。余程、鍛錬してきたのでしょう。
異世界補正やスキルに頼っているのが情けなくなりますね。
「それはどうですか、ね!」
こちらからスコップを叩き込みます。
上段から下段へと、振り下ろすようにスコップを振るいました。
「遅いね」
それは容易く、剣にて防がれます。即座に蹴りを放たれ、私はなす術もなく腹を蹴り上げられました。
「来てください! 『創造せよ、至高の晩餐』」
バーガーの雨を降り注いで、目くらましを行います。
勇者様はバーガーを次々と叩き落として、視界を確保しております。
「す、凄え! あの女、何て剣速だ」
冒険者さんたちは興奮したかのように、雄叫びをお上げになられます。
剣が私へと煌きました。
上段、下段。突き。斬り払い。
あらゆる剣が、私を襲います。
その全てに、私は食らいつくようにスコップを叩き込みました。
速い。
そして何よりも、早い。
攻撃が一切止まず、私はどんどんと追い詰められておりました。
剣とスコップのぶつかる澄んだ音が高く響きました。我々は互いに位置を入れ替えて、全力で武器を打ち合います。
剣が、スコップが打ち合わされる度、衝撃に耐えられない地面が砕けます。
「おおおおお!」
歓声が遠くで聞こえます。
極度の集中の中、それはあまりにも遠い。
「中々やる。だけれど行くよ」
直後、勇者様が消えました。
「えーーぐっ!?」
後頭部に凄まじい衝撃。私の意識はそれだけで、簡単に刈られてしまいました。