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嘘ですね

 わたくしの前に現れたのは、一人の可憐な少女でございました。


 ぼろ切れのような衣服を身に纏い、足には巨大な鉄球のついた枷が嵌められております。死刑囚である私よりも死刑囚らしい格好をした少女でございました。


 長髪が強風に吹かれて、宙を撫でています。


 しかし、少女が纏う雰囲気はどんよりとしたもので、触れれば壊れてしまいそうな儚さがあります。


「貴女様はどちら様でしょうか?」

「……知らない」


 彼女は俯きがちに答えます。


「この魔界族は今日すでに二人の死刑囚を殺している獣です! ご覧ください、醜いあの耳を」


 監視者様が大きな声でアナウンスなさいます。観客に見えるよう、少女に指をさしました。

 少女が更に俯きました。


 ですから、私にも見えました。彼女の頭に鎮座ましまするは、にゃんこちゃんのお耳様でございました。

 猫耳です。


「ここはコスプレ処刑場でございましたか」


 この世界は何と罪深いのでしょうか。

 確かに、コスプレ喫茶があるのですから、コスプレ処刑場があっても不自然ではありません。


 私は眼前のファンタジーに圧倒され、現実を直視できずにいました。

 無残にお客様が殺された後だというのに、私は頭の中が真っ白です。


 それに最も大事なことは、そのようなことではございません。監視官様が仰っていたお言葉ーー二人の死刑囚を殺している、というお言葉。


 彼女が殺した、と言ったのです。


「さぁ、魔物使いと魔界族。強いのはどっちだ? 処刑開始!」


 観客の歓声を引き金とし、猫耳少女が宙に舞いました。


 高く高く、私は首を限界まで上げて彼女の姿を視認します。すると、太陽が輝き、反射的に目を閉じてしまいました。


 マグナト店員としての本能が、私の脳に危険信号を発します。弾かれるように、その場から離脱しました。


 直後……爆砕音。

 整地されたアリーナの地面が砕け散る音でござます。足元を崩され、私はフラフラとよろめきました。


「地面に穴が」

「……存外強い」


 ゆらり、と猫耳少女が体軸をズラします。そして、その調子で足を振りました。

 蹴りはこの距離ですから、命中致しません。では、どうして足を振ったのでしょうか。


 答えなど目に見えております。

 私の頭上に、鉄球が出現しました。


 足枷となっている鉄球を脚力だけで操っているのです。

 咄嗟に『創造せよ、至高の晩餐(メーカーオブマグナト)』の盾を構え、鉄球を真正面から受けます。


 歯を食いしばり、鉄球の衝撃に耐えます。バーガーは無傷なのですが、私の腕に足が保ちません。


 けれども、勢いは消しました。


「……ここ」

「なっ!」


 鉄球はあくまで牽制。

 本命はあくまで、


「ぐっ」


 鋭い蹴りが私の肉体を貫きます。

 ーー鮮血が舞いました。


 私は地面を何度も転がって、壁に激突して停止致します。


 異世界に来てからというもの、私は何度この壁ドンをしているのでしょうか。

 壁ドンの無駄遣いですね。勿体のうございます。これだけ壁ドンすれば、一体何人の女性が墜とせたことでしょうか。


 口元から溢れる血液を服で拭いながら、私は無駄なことを考えます。


「……血」

「おや」


 猫耳少女は自身の足に付着した血液を見て、悲しそうに表情を歪めました。


 私は知っております。

 マグナト店員たる者、お客様の表情一つ読めずにどうしましょうか。


 お客様の表情を見続けた私にはわかります。


 あれは悲しみ。そして、寂しさ。

 マグナトバーガーを地面に落としたお子様が、よくあのような表情を浮かべておりました。

 あの表情を見る度に、私は胸を締め付けられます。自身の至らなさを痛感します。


「猫耳少女さん、もしや、貴女様は誰も殺したくないのではありませんか?」

「そんな、ことは」

「嘘ですね。お耳がぷるぷる震えていらっしゃいますよ!」

「……見ないで」

「つまらないですね」


 何という茶番でございましょうか。私はもううんざりです。


 処刑は、まあ良しと致しましょう。けれども、です。その方法が気に入りません。


 私は死刑執行人である猫耳少女さんに背を向けて、観客へと向き直ります。


「貴方たち、家族はいますか? 恋人は? 友人はいらっしゃいますか?」

「いいからやれー! 殺せ!」

「恥ずかしくはないのですか? 貴方たちは愛する方に、胸を張って言えますか?」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 言葉はまったく意味を成しません。届かない。私のちっぽけな言葉は、これっぽっちも届きません。


「私は……言えません。人を殺せと命じたなんてこと、嘘でもお客様には申せません」


 そんなこと、胸を張って言える訳がございません。だというのに、この方々はーー何と残酷なのでしょうか。


 人を傷付けることを哀しむ猫耳少女さんに、無理矢理人を殺させているのです。


「……お前、どこを見ている」


 鉄球が私を打ちました。そのまま地面に薙ぎ倒されますが、それでも猫耳少女さんを見ることなどできはしません。


 何故ならば、彼女は……泣いているのですから。確かに、激痛が身体に染み込みますとも。


 しかし、私の痛みと彼女の痛み。本当に辛いのは、どちらでしょうか。


「どうしてかわさない」

「マグトナルトはお客様の如何なるクレームからも逃げません。そして、お客様の笑顔が曇るならばーー」


 お客様の涙を見ることはとても苦しいことでございます。しかし、私はプロなのです。


 プロは逃げない。

 立ち向かい、涙は笑顔に変えましょう。


 歩く。歩む。

 肩で風を斬り裂き、一目散に猫耳少女さんに接近します。彼女は構えますけれども、人を傷付ける恐怖から攻撃はしてきません。


「私が貴女様を幸せにします」


 私は彼女を抱き締めました。バーガーを包む袋のように、誰も彼女を傷めず、傷つけないように。汚されないように。


「……お前は、何を」


 世界はあまりに残酷で、非道で、人の気持ちなんて一切考えてはくださいません。

 世界が残酷というのならば、私が代わりに優しくなりましょう。


 さぁーー手始めに、猫耳少女を救いましょうか。

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