だめ
炎。
私はそれを恐れておりました。
火を恐れない方などいらっしゃるのでしょうか。無論、私も軽く料理などをする時などにはご活躍していただきます。
けれども、火を武器として、凶器として用いられて恐れない方などいらっしゃるのでしょうか?
少なくとも、私は怖いですね。
敵のドラゴンであるアグメルさんは、その炎を自在に操ります。
現在もその手に炎を宿して、苛立ちを隠さずに、私と対峙しておりました。
「メルセルカ、名は?」
「青方君次。マグトナルト店員でございます」
「スキル持ちか?」
「ええ」
会話はそこで終了でございました。
直後、アグメルさんの拳が我が腹を焦がしておりました。
「弱い。弱過ぎる」
「それは……どうでしょうかねえ!」
反撃。
こちらも拳をアグメルさんの腹へと叩き込みました。暴力は嫌いですが、苦手ではありません。
『創造せよ、至高の晩餐』により強化された腕力が、敵を容易く吹き飛ばしました。
「無傷で、反撃だと!?」
そう、私は無傷でございました。
正確には、回復しただけですが。口内に揚げ芋を隠していたのです。
そして、ダメージを受けたと同時に咀嚼。回復と身体強化を同時に行ったのです。
「そうか。悪くない!」
私がやるべきことは時間稼ぎのみ。
あと少しすれば、ナルさんが残りのドラゴンさんも倒して下さることでしょう。
乱戦にさえならなければ、私たちには勝機しかございません。
決闘など、我々はするつもりもございません。流石のアグメルさんも、三人を相手に戦いはしないでしょう。
「強い。いや、わからない、というべきか。お前たち三人は異質過ぎる。まるで、この世界の理から外れているかのようだ」
「三人? 私だけでなく?」
私の疑問にアグメルさんは答えません。ただ愚直に、こちらへと駆け寄ってくるのみでございます。
距離を詰めての接近戦。
私はそれに応じます。
私の戦闘方法は基本的にマグさんと同じ。素手による殴打のみでございます。
幾ら戦いが嫌いと言っても、そろそろ武器も欲しいですがね。
近づいてくれる分にはウェルカムでございます。
アグメルさんが炎の勢いを変化させます。その炎の姿は、剣へと変わりました。
あれで斬られたら、流石にマズイですね。
マグナト商品を食べる前に殺されては、私もなす術がございませんから。
ですから、私はバーガーにて即席の盾を作り出します。お腹が空いたら即座に食べられる最高の盾が生まれます。
「何だ、その力は!」
重く、速い斬撃。
防御を捨てたその一撃は、バーガーの盾ごと私を両断しようとしました。
が、我がスキルには利きません。
剣を弾き、拳を握り込みます。
「もう一度、飛んで行って貰います」
「そうはいくか」
炎が円盤状に変化して、盾へとなりました。我が拳は、その盾を打ちつけました。
「ズルいですよ! 私、剣は作れませんのに、そちらに盾を作られたら困ります」
火傷を負った拳を揚げ芋で治療しつつ、私は愚痴ります。
私の盾は決して攻撃を通しませんが、向こうの盾は攻撃もできます。
私は回復のスキルを持っていますから、そうそう負けはありません。しかし、同時に攻め手が足りませんね。
このままではジリ貧で、敗北してしまうでしょう。
火の剣が凪がれました。私はそれを身を縮めてかわします。
アグメルさんは困ることなく、剣を力尽くで振り下ろしてきました。
「くっ!」
盾で防ぎますが、態勢が崩されます。
次の一撃が、私に迫ります。
紅の炎が、私の瞳に映ります。このままでは命中してしまう。
慌てた私が取った行動は、いつも通り力によるゴリ押しでございました。
地面を全力で叩いたのです。
地面が割れ、土埃が舞いました。
バランスを崩したアグメルさんの一撃は、私の頬を掠めるだけに終わりました。
頬が切り裂かれ、そこから発火現象が起こりました。痛みに顔を顰めながら、私はアグメルさんの腹に蹴りを入れました。
それで距離を取り、こちらも構えを取ります。
「はぁはぁ。名付けて『龍撃の構え』」
私の手には、バーガーが握られておりました。これは即席のグローブでございます。
マクドナルドは最強かつ最高の食べ物。いざという時は護身用の盾にもグローブにもなるのです。
食べる以外のあらゆる害から守られるこのバーガーは、グローブとして使えば武器ともなる筈です。
衝撃でぐちゃあ、となりませんからね。
あと、何時でも食べられます。
早く武器を入手せねば、何時までもバーガーを武器にはしたくありせんからね。
バーガーをグローブとしたのには、理由がございます。やり過ぎない為、でした。
私の拳は凶器というよりも、兵器でございます。これを他者に向ける時、ついつい手加減をしてしまいます。
それを防ぎ、全力の力を叩きつける為に、バーガーは必須です。
敵を守る為に。
「さあ、行きますよ」
我々は悟りあっておりました。次の一合で、決着が付くのだと。
互いにダメージを受けて、集中力は乱れておりました。
時間を稼ごうにも、もうそこまでの余裕はありません。
同時に、走り出しました。
先手を取ったのは、私です。バーガーの盾を投げつけて、敵の勢いを止めました。
アグメルさんはそれに動揺を見せずに、剣を上段に構えました。
その動きは余りにも隙だらけ。
だというのに、何処へ行っても私が切り開かれる未来しか見えませんでした。
それでも突っ込みます。
私も防御を捨て、彼の顔面へとバーガーを叩きつけます。
「青方ぁ!」
マグさんの心配そうな悲鳴が耳を打ちます。
結果は見えました。
頬を打たれたアグメルさんの小柄な身体が地面を大きく跳ね、そのまま地面を転がっていきました。
数十メートルの距離を行った後、彼はその肉体の動きを停止させました。
死にはしていないでしょうが、意識は確かに失っておりました。
「この勝負。ーー相打ちで、ございますね」
私は切り裂かれた肩を押さえますが、そこからは絶えず血液が流れております。
肩口から腹。私が斬られた範囲でございました。血を失い、意識が飛びそうです。
ふらふらと視線を彷徨わせますが、自身が何をしたいのかもわかりません。
「だめ。青方、だめ」
「……」
「食べて。早く!」
目の前に差し出されたのは、バーガーでございました。手を伸ばすのですが、どうしても届きません。
伸ばした手はだらしなくぶら下がり、結局手は届きませんでした。
 




