おやめなさい
マグさんとドラゴンの長さんーーアグメルさんの戦いは続行されておりました。
純粋な力と力のぶつかり合いでございます。
その場に留まれば、足場が持たないのでしょう。彼らは高速で駆け回りながら、その拳や脚を振るっています。
互角。
いえ、スキルがある分アグメルさんの方が有利でしょうかね。それでもマグさんは一歩も引きません。
その瞳を血走らせて、ただ獣のようにアグメルさんへと襲いかかります。
「ふ、中々やるな」
片腕をだらりと垂れ下げたアグメルさんが口を開きます。戦闘中によく口を開く方ですね。舌を噛みますよ。
あの片腕はおそらく、マグさんにやられたものでございましょう。相手に殺意を向けたマグさんがこれ程とは、想像もできませんでした。
けれども、同時に納得もできました。幼い少女が処刑人として生き延びてきたその理由。
彼女は戦闘の才能をお持ちなのです。
「何処にいる!?」
アグメルさんはマグさんの姿を失っておりました。周囲をキョロキョロと眺め、奇襲に備えています。
アグメルさんの警戒は正しい。が、その警戒は無意味なものでございました。
マグさんがその目にとらえられることはありません。
何故ならば、彼女はーー
「あああああ!」
下にいるのですから。
地面から腕が生えました。その腕はアグメルさんの足首を掴み取り、そのまま地面に引きずり込みます。
足を取られて動揺したのでしょうか。アグメルさんはその場に転倒なさいました。
直後、マグさんが地面から現れました。
その鋭い爪を容赦なく振るいます。
反射的にアグメルさんはそれを爪で受け止めましたが、それを防いでいるうちに次の殴打が放たれておりました。
体勢を立て直し、マグさんと向き合った瞬間には、もうすでにマグさんは疾駆しておりました。
側面から、背後から、上空から、地面から、マグさんはその姿を常に死角へと動かしておりました。
移動の度、鋭い野生が迸ります。
あっという間に、アグメルさんは満身創痍となりました。
「面白い。面白い。面白い!」
全身を血液に染め上げながらも、アグメルさんはその口を三日月型に保ちます。
「っし」
アグメルさんは防戦一方。反撃の隙を見いだせておりません。
「火力を上げるぞ。付いて来い、マグ!」
「嫌」
アグメルさんの全身を炎が覆いました。その火力は腕に纏っていた時の数倍はございましょう。
「下手に触れれば発火の餌食だ。さぁーーどうす……があ!」
火を纏ったアグメルさんの腹へと、容赦のない拳が叩き入れられました。
当然、マグさんの拳も燃えますが、彼女は全く意に返した様子がございません。
腹を抑え、必死に嘔吐を堪えるアグメルさんへとマグさんが接近なさいます。
マグさんの瞳からは色が抜け、ただ殺意のみが彼女を支配しております。
「死ね」
「おやめなさい」
「青、方?」
どうにか間に合いましたね。私はマグさんの腕を掴み、トドメがさされるのを止めることに成功しました。
惚けた顔で、マグさんは私を見やります。
「貴女様は殺さなくてよろしいのです」
「でも、青方を殺すって」
「何を仰っているのです? 私はマグナト店員。そう簡単には死にません」
まあ、日本ではあっさりと殺されましたがね。今はまた、お話が違います。今は今、過去は過去、でございますよ。
「おい。メルセルカ!」
満身創痍のアグメルさんは、私を睨み付けました。
「神聖なる決闘を邪魔するつもりか?」
「何処が神聖なのですか? 貴方様はチンピラとどう違うのです?」
「ふざけるな!」
「意見の相違でございますね」
私は『創造せよ、至高の晩餐』により、マグさんの火傷を治しました。
「マグさん、ここは私にお任せください」
「でも」
「でもも揚げ鳥もございません!」
マグさんを落ち着ける必要がございます。私は彼女の頭を優しく撫でながら、アグメルさんへと視線を向けます。
「随分、つまらない習慣がおありのようですね」
「どういうことだ?」
「戦う気のない者に、無理矢理戦わせて勝つ。そして、勝利の美酒に酔う。無様ですよ」
ハッキリとした私の物言いに、アグメルさんは瞳に怒りの炎を灯しました。
「ああ、後、貴方様のお仲間はもう後一体ですよ?」
私はナルさんの方へと指を向けました。そこには泥だらけになって地面を転がるナルさんと頭を地面に埋めた二体のドラゴンさんがおりました。
残るのは私と戦って、遠くへ吹き飛ばされたドラゴンさんのみでございました。
「貴方様たちはその程度でございますか?」
ちっ、という舌打ちが鳴り響きます。
「先にお前から殺してやる」
「既にマグさんに負けていたというのに?」
「好きに思え!」
私とて節穴ではございません。アグメルさんの御言葉が負け惜しみでないことくらいは察しております。
おそらく、あのまま続けていたら敗北していたのはマグさんでございましょう。
ここからはバトンタッチ。
私が代わりに戦いましょう。戦うのは嫌いですが、お客様が悲しむのはもっと嫌いですから。
その為でしたら、私は鬼にでもなれます。
「来なさい。『創造せよ、至高の晩餐』」




