殺すぞ
「来るといい」
ドラゴンさんは仰いました。
その姿は完全に御子様ながらも、纏う雰囲気は明らかに強者のものでございました。
「うん」
それに怖気付くこともなく、マグさんは答えました。一歩を前に踏み出します。
「決闘のルールは理解しているな?」
「ううん」
「なっ!」
出鼻を挫かれたドラゴンさんは、それでも表情を引き締めてマグさんに説明を開始しました。
「互いが同じ武器を持ち、その命が尽きるまで戦うのだ」
「……命」
いけませんね。
マグさんは人を傷つけることを厭う優しいお方でございます。
決闘など出来るわけがございません。
「あのドラゴンさん! マグさんは生物を殺害できません。どうか、ルールの変更をお願いします」
「ならん。決闘を穢すな」
「ですが!」
「決闘ではなく、戦闘がしたいということか?」
ギラリと六つの眼球が私を舐めるように見つめます。四体のドラゴンさんのうちの三体でございます。
数の上では、圧倒的に不利ですね。
「青方、良い。殺さなくても、意識を奪えば逃げられる」
仰る通りではございますけれども。そう簡単にいくでしょうか。
私がどうするか迷っていますと、ドラゴンさんのリーダーがお仲間に声を掛けます。
「決闘の邪魔にならぬよう、遊んでいてもいいぞ」
張り裂けんばかりの笑みを浮かべて、三体のドラゴンさんがこちらを見やります。
「俺は魔王だな」
「おらもだ」
「私もだ」
私、大不人気。
「けれども、おらは優しいからメルセルカで妥協してやる」
「俺もだ」
「私もだ」
私、大人気。
「じゃあ、私は魔界族で」
「おらも」
「俺も」
「殺すぞ」
三体のドラゴンの会話に、リーダーさんはただ殺すぞ、と返しました。
仲はよろしいようでございますね。
三ドラゴンさんが私たちの前に出てきます。二体のドラゴンさんがナルさんへ。
一体のドラゴンさんが我が眼前に。
「これでは乱戦と変わらないじゃないですか!」
「おらたちは遊ぶだけだ。付き合って貰うぞ」
言葉を放ったのと同時に、拳が振るわれていました。
私はそれを腕で受け止めます。けれども、直後。
純粋な力によって押し切られました。足が地面に埋まり、腕はあっさりとへし折られました。
「がぁ」
「隙だらけだぞ」
腹へと蹴りがふちかまされます。埋まっていた地面ごと空へと吹き飛ばされました。
「弱い。弱いぞ」
「貴方様がお強いだけでございましょう!」
これで手下レベル。
マグさんはどうなったのかと見遣っていますと、当然苦戦しておりました。
そこには私の次元を遠く置き去りにした戦が繰り広げられておりました。
マグさんによる高速の乱打。
それを全て受け止めるドラゴンの長さん。一打一打毎に、花火を打ち上げたのかと錯覚する程の轟音が轟いております。
「突破……できない」
「その程度か?」
攻撃とは即ち隙と同義でございます。乱打を繰り広げられていたマグさんは押し切れず、敵に猶予を与えてしまいました。
「雑魚に興味はないぞ?」
ドラゴンの長さんの手に、炎が灯ります。それは明らかにスキルでございました。
「耐えてみせろ」
マグさんの腹へと、拳大の炎が放たれました。彼女はそれを止めることもできず、ただ食らうのみ。
腹に爆撃が炸裂したのです。
マグさんがその意識を奪い取られます。
「マグさん!?」
「余所見が多いぞ」
眼前。
私のお相手が蹴りを放とうとしておりました。咄嗟にこちらも蹴りを放ち、その威力を相殺致します。
「メルセルカにしては強いが。その程度か!」
「来てください。『創造せよ、至高の晩餐』」
バーガーを召喚し、ドラゴンさんへの目隠しにします。一瞬視界を奪われたドラゴンさんはその動きを鈍らせます。
「お召し上がり下さいませ!」
こちらも拳を振りかぶり、ただ力任せに振り下ろしました。お相手の後頭部を爆破する勢いで、我が拳が放たれたのでございます。
ドラゴンさんは地面に叩き落とされました。
私の目は再び、マグさんたちへと向けられます。
「何を迷っている?」
「迷う?」
意識をすぐさま取り戻したマグさんが、ドラゴンの長さんと対峙しておりました。
「本気を出していないな。まあ、いいさ。お前の次は、あのメルセルカを殺してやる」
ドラゴンさんはその拳に炎を纏わせ、マグさんに近寄ります。その表情は無表情。
あれ程、望んでいた決闘だというのに、実につまらなさそうでした。
助けに行かねば、と私がバーガーで宙に足場を作り、それに足を掛けた時、それは起こりました。
いえ、正確には怒りました。
「お前ーー殺すぞ」
殺気。
気配などというものを理解できない一般人である私にでも、理解出来るほどの圧倒的な殺気。
それはマグさんから放たれておりました。
「マグの青方を殺す? ふざけるな」
見開かれた瞳からは、膨大な殺意が奔流しておりました。
「お前の方こそ、ふざけるなよ。我輩を殺すだと? お前程度ーーが!?」
ドラゴンの長さんが言葉を終える前に、マグさんの攻撃は開始されました。
マグの姿が消えたのです。
次に現れたとき、彼女はドラゴンの長さんの背後を舞っておりました。
蹴りが後頭部を捉えます。
「速い!」
「……お前が遅いだけ」
吹き飛ばされるドラゴンの長さんの元に、マグさんが駆け寄りました。
追撃。
彼女の性格からでは考えられない行動が行われておりました。
「面白いぞ、魔界族! 名乗ろう! 我輩はアグメル。お前は!?」
「マグ」
吹き飛ばされたまま口元を弛めるアグメルさんに、マグさんは一切の色を失った声で応えます。
マグさんが追いつき、アグメルさんの腹へと乱暴に力任せな拳を叩き込みました。
アグメルさんが地面に叩きつけられた衝撃で、周囲には土煙が舞い上がります。
その光の失われた世界で、幾重もの殴打の音が響きます。
影だけが見える中、両者は遠慮なく力をぶつけ合っていました。
その度に土煙が舞い上がり、私には戦況がわからなくなりました。
けれども、心配です。
マグさんのあの顔。
あれは処刑場にいた時の彼女とは、一線を画しておりました。
殺しを躊躇わない。
それは彼女らしくありません。
彼女はこのままでは歪んでしまいます。




