魔王、魔界族、メルセルカ、か
ドラゴンさんの数は四。
空を悠々と泳いでおりました。天を覆い隠す翼は、一羽ばたきで我々が風圧で揺れる程の力を秘めておりました。
圧倒的な生物でございます。
あのような巨大な生物が、小さな花を食べているなど想像もできません。
私がドラゴンさんに圧倒されていますと、彼らはゆっくりと着地を開始しました。
広大な平原はまるで彼らの滑走路のようでございます。
「逃げよ?」
マグさんは即座に判断を下し、私に助言をくださいました。彼女の言は正鵠を得ています。
無論、こちらには魔王さんがいますし、私には『創造せよ、至高の晩餐』という最強のスキルがございます。
マグさんの戦闘力も特筆すべき所がございますね。
勝ち目は十二分。
けれども、互いに戦闘をすれば、どちらも無事では済まないでしょう。
私のスキルでも、死者は蘇生できません。
逃げることこそが最善手。
ドラゴンさんが現れた以上、我々はギルドに彼らのことを報告する義務が生じましたからね。
ドラゴンさんたちとも共存していければ良いのですけれども、人語が通じるかわからない以上、どうしようもございません。
私たち三人はドラゴンさんたちに背を向け用としました。ですが、その時、ナルさんのスキルが発動したのでございます。
ナルさんがくしゃみをなさいました。
瞬間。
それを待ってたのかと疑ってしまう程の反応速度で、ドラゴンさんたちの視線がこちらを補足なさいました。
その圧倒的な力が、私の全身を拘束しました。ナルさんと初めて出会い、鬼さんから感じたものと同種の感覚。
身体から芯を抜かれたかのような、圧倒的な脱力感。
それだけで理解できました。
彼らは、いえ、彼らの中の一体は私よりも強い、と。
まあ、私のスキルは無敵ですが。
「魔王、魔界族、メルセルカ、か」
世界を振動させる、重い低音の声が響きます。その出処は、最も大きなドラゴンさんのお口でございました。
「このような場になんのようだ?」
ドラゴンさんもお話できたのですね。これならば、戦闘せずとも良さそうです。
と、私がマグナトゼロ円スマイルを行使して、ニコニコとドラゴンさんに接近しました。
彼は私の様子を見ると、その私よりも大きなお口を開き、
「まあいい。面白そうだ」
と、仰ったのでござます。
私、面白いことをしたことなどございません。一体、何が面白そうなのでしょうか。
「戦だ!」
その声音こそ、正しく狂喜。
私は理解させられました。言葉は通じるのでしょうけれども、この方々にはお話が通じません。
常識が異なるのです。
戦闘は避けられない、とマグナト店員をやっているうちに鍛えられた直感が告げてきます。
いや、まだ逃げられるかもしれません。
「ナルさん!」
「無理だな。詠唱させて貰えるとは思えないぞ」
『門』を使えれば、と思ったのですが、それすらもできないようですね。
ドラゴンさんたちは嬉々とした雰囲気をまとって、我々の様子を眺めておりました。
「さて、一騎打ちだ。誰からやろうか?」
一番大きなドラゴンさんが、私たちに語りかけます。こちらには戦う意思はないというのに、です。
「というよりも、貴方様方! その大きさは反則でございますよ! LサイズとSサイズは別商品でございますよ!?」
「や、止めておけ、君次!」
「どうしてですか?」
ナルさんが苦々しい表情を浮かべるのと、ドラゴンさんの口が三日月状に開くのは同時でございました。
「では、大きさを合わせようぞ」
ドラゴンさんは有言実行のお方でございました。
鱗が剥がれ落ちます。
パリパリという異音を伴って、ドラゴンさんの姿が変化していきます。
そして、最終的に現れたのは、
「これで文句はないな?」
そこにいたのは、小さなお子様でございました。
小さな体躯からは、そのかわいらしい容姿には似つかわしくない威厳が放たれておりました。
ドラゴンさんが擬人化して、更にはお子様に進化(退化?)なさったのです。
「最初はそうだなあ。魔界族、お前を指名してやる。我輩が直々に相手してやろう」
お子様は仁王立ちで、傲慢な言葉を紡ぎます。けれども、その小さな身体には凝縮された力が溢れておりました。
それは先程よりも強力な力。
力を凝縮したとでも仰るつもりでしょうか。
「マグさん、お相手になる必要性はございませんよ」
「良い。このまま乱戦になった方が危険」
「いえ、ですが……」
ドラゴンさんはその好戦的な性格に似合って、相当の実力をお持ちでございます。
マグさんがどうにかできるとは思えません。
「青方、マグを舐めないで」
「え?」
「マグは強い」
毅然とした態度で、彼女はドラゴンさんへと近づいていきます。
マグさんがお強いのは理解していますが、それでも心配なのです。
けれども、マグさんの仰る通り、混戦になれば私たちには未来がございません。
ですから下手に動けないのです。
あまりにも一方的な展開に、私は歯噛みをしておりました。




