どうして殺した
仕掛けてきたのは狼さんです。彼(彼女?)は無遠慮に飛びかかって来ました。
当然、私は盾を持っていますのでーー逃げます。
使える気が致しません。
盾で受け損なえば、確実に致命傷でございましょう。私は盾を相手に向けながら、アリーナ内を駆け回ります。
「みなさまぁー、お聴きくださぁーい! 私は無実でございますよ」
「逃げんな、戦え!」
聞いてくださいません。
ならば仕方ありませんね。私、戦闘経験はございませんけれども、一度だけ猪さんと死闘を繰り広げております。
戦えないこともないのでございますよ。
振り返り、剣を構えます。
「名付けまして、『神千切の構え』ーーうわあ!」
盾に狼さんが激突しました。盾は砕け散り、狼さんは狙い違わず我が肉体を打ち付けました。
地面を転がり、壁にぶち当たり停止します。
眼前に狼さんがいました。大口を開けて、飛びかかってきています。
「あ!」
咄嗟に剣を突き出し、狼さんを牽制します。私は立ち上がり、また走り出しました。
私にはまだ取って置きの奥義『創造せよ、至高の晩餐』があります。
出し惜しみなどは致しません。
「来てください。『創造せよ、至高の晩餐』シールドモード」
大量のハンバーガーを召喚します。それを合わせて、一つの盾へと変えました。
ハンバーガーの盾が完成しました。
踏み出しました。狼さんの突撃を盾で防いで、牽制の為に剣を振り下ろします。
殺すつもりはございません。無益な殺生を良しとするほど、私は落ちぶれてはおりませんので。
狼さんは爪を薙ぎますが、それよりも先に盾で殴りつけます。蹴りを放ち、距離を取りました。
「うおおお! いいぞ! やれえ」
観客が湧き立ちます。
声援を背景として、私はジリジリと狼さんと距離を取ります。下手に近づけば、攻撃を受けてしまいます。
睨み合いを続けていると、狼さんが口を開きました。それは私を食す為ではなく、私と話をする為でございます。
「お前、その盾はなんだ?」
「喋った!?」
「魔物だ。喋りもする。それよりも、答えろ」
「そ、そうでございますね」
猪さんも話しておりましたから、魔物というのはお喋りができるのですね。
でしたらば、布教のチャンスでございましょう。
「これはハンバーガーと申します」
「良い匂いがする。それは食べ物か」
「ええ」
「この食糧難のご時世、食物を盾にするとはな」
「私、このハンバーガーを無限に召喚できるのでございますよ」
「……一つでいい。くれないだろうか」
私は浅学非才の身でございます。ですから、当然狼さんの表情など読めません。しかし、彼の切実な声色から、彼の全てが理解できました。
よく観察すれば、彼は狼だというのにすっかり痩せています。ここでは十分な量の食事が貰えていないのでしょう。
私は悲しくなりました。
「わかりました。このハンバーガーをお召し上がりください」
私はハンバーガーの盾状態を解除して、ハンバーガーを一つ狼さんに手渡します。まあ、狼さんには手がございませんので、比喩的な表現でございますが。
地面にハンバーガーをおいて、袋を広げてあげます。そうすると、狼さんは夢中でハンバーガーに食らい付きました。
「ご一緒に揚げ芋など如何でしょうか」
「頼む!」
揚げ芋も召喚します。それも地面に置き、狼さんに召し上がって頂きましょう。
無論、『創造せよ、至高の晩餐』の力によって、地面に置こうと商品には埃一つ付着致しません。
「こんなに旨いモノは初めて食べた」
「そうでございましょう!」
「いつも残飯のようなものばかりだった。こんなに、世の中にはこんなに旨いものがあるのだな」
狼さんは静かに、しかし魂に染み込ませるかのように、マグナト商品を頬張りました。
「す、凄え! あいつは魔物使いなのか!? 魔物をあっさり従えやがった」
観客がそう叫び、立ち上がります。迷惑ですね。食事中くらい、静かにはできないのでしょうか。
狼さんは只管に食事を続けます。もう私を襲うことはないでしょう。
そうしていると、私たちの試合とは言えない試合に焦れたのでしょうか。監視官様が私に命令を下しました。
「もういい! 倒せるなら倒せ。殺せ」
「っ!」
「早く殺せ。次の相手を用意してやる!」
……殺、す?
あの方は本気で仰っているのでしょうか。狼さんは生きているのですよ?
殺せばーー死ねば死んでしまうのですよ?
それも相手は家畜ではございません。殺し食料にする代わりに、種の持続を約束した生物ではございません。
相手は私とお話をした、私と同じようにマグナト商品を愛するお方だと言いますのに。
マグナト商品を食べて、心底嬉しそうにしているのですよ?
それを殺す。
そのようなことができるはずがございません。
「お断りします! 貴方方、恥ずかしくはないのですか。彼は意思の疎通が取れる、我らの隣人ーー」
「じゃあいい。弓を放て!」
弓を持った人間が現れ、慣れた様子で弓を引きました。私は咄嗟に自身を守るように、盾を生み出して防御致しました。
弓が放たれ、鋭い風切り音が鳴り響きます。
盾に重い衝撃が生じました。暫く矢の雨に耐えていると、音が止みました。
恐る恐る周囲を伺うと、そこにはもう弓使いはいませんでした。
どうにか防げたようです。
ふと、気になりました。
今の攻撃は、私だけを狙ったものなのだろうか、と。
狼さんがいました。
しかし、彼はもうただの狼さんではございませんでした。巨大な体躯は地面に横たわり、全身からは矢を生やしておりました。
血液が水溜りのようになって、私の足を濡らします。
ああ。
「どうして殺した。そこまでする必要があるのですか。貴方方が勝手に捕獲して、人を殺させて。どうして!?」
「魔界族をここへ」
新たな門が開きます。
そこから現れたのはーー可憐な少女でございました。