……あと、ごねん
朝。
夜行性の動物さんたちは眠りにつき、その姿を隠されました。代わりに現れるのは、今から起床する生物たち。
騒がしく、賑々しく、平原には生命力が溢れます。
そのうちの一つ。
小鳥がさえずりを奏でておりました。その健気な声により、私は脳を覚醒させました。
ゆっくりと瞳を開きます。
「おや」
そこにいたのは、マグさんとナルさんでございました。
御二人とも、純真無垢な穢れを全く知らない顔で、夢の世界へと旅立っております。
マグさんは宣言通り、私の布団になっておりました。とはいえ、ただ私の上に乗って、こちらを抱き締めてくるだけなのですが。
まあ、温かかったことは確かでございます。
ナルさんは私の腕を無理矢理に引き出し、それを枕の代わりにしています。
かわいらしい控えめな寝息が、私の髪をくすぐります。その上、彼女の手入れされて徐々に輝きを取り戻している頭髪が、私の腕を更にくすぐります。
実に素晴らしい状況ですが、ちょっと恥ずかしいですね。
「皆様、朝でございますよー」
「……あと、ごねん」
「桁が段違いです!?」
マグさんはとんでもないことを仰って、私への抱擁の力を強めます。魔界族さんの膂力により、我が背骨がミシミシと悲鳴を上げます。
「な、ナルさん。マグさんを止めてください!」
「や、や、やめろぉ。君次、それは妾じゃな、い。ヘドロの魔物。ね、寝取られたぁ」
「何ですか、その不穏な寝言は!?」
ナルさんは涎を私の腕に垂らしながら、これはこれで良いかもしれない、と寝言を締めくくりました。
魔王、恐ろしし。
「今日はどのような日になるのでしょうかねえ」
一時間程経過して、私たちはようやく動き出すことができました。
「ではでは、張り切って薬草を探しに参りましょうか!」
私は勇んで片腕を振り上げ、ガッツポーズを取りました。しかし、朝でテンションの低い御二方は無反応でございました。
「……もういいです」
ぷい、と私は顔を逸らしました。最近、私が置いていかれている気が致します。
マグさんとナルさんは確実に仲を深めているというのに。羨ましいです。
「まずは情報を集めねばなりませんね。薬草は一体どこにあるのか」
平原は広いですからね。何となく探していてもキリがございません。
また、我々は薬草の見た目も知らないのです。これでは見つかる道理がございません。
「妾も花の見た目は知らない。確認しに行くか」
ナルさんの提案を受け入れて、私たちはギルドへと戻ることにしました。確か、そのお隣さんが今回の依頼を出した場所です。
そこへ行けば、薬草も見れるでしょう。
我々は朝マグナトを嗜んだ後に、ギルドへと向かいました。早急にお金が欲しいですからね。
歯磨きなどはナルさんの提案で、何かの葉を使い代用していますが、現代日本人としては限界が近いですね。
本当に、日本は恵まれた場所です。
この世界は慢性的な食料不足によって、確実に疲弊しています。日本を知る身としては、少々理解できない部分があり、己を恥じてしまいます。
と、そのような暗いことを考えていると時はあっという間に過ぎ去って、ギルドの前へと到着致しました。
今回の目的地はギルドではなく、そのお隣さん。道具屋さんでございます。
石造りの素敵な建物です。一切の飾りはなく、重厚な石の質感だけがこちらには伝わってきます。
木製の看板には、道具屋と書いているそうです。基本に忠実な道具屋さんでございますね。
私、あまりゲームは嗜みませんでしたが、それでも一目で道具屋さんと分かる程、このお店は道具屋さんをやっておりました。
素敵ですね。
私もマグナトのお店を出すときには、こういう一目で理解できる外装にしたいものです。
「失礼します」
そう言って、ドアに触れました。木は老朽化しているのでしょうか。開こうとすると、ギィという悲鳴を立てました。
けれども、この音が合図となって、店員さんは我々の来訪に気が付いたようです。
「いらっしゃい」
店員さんは気怠げに、そう仰いました。ですから遠慮なく、お店の中へと足を踏み入れました。
「ほうほう!」
お店の中は未知で溢れておりました。
包帯や怪しい色のお薬などは理解できるのですが、他にも様々な物がお店には並んでおりました。
ロープや松明。巨大な鞄や虫除け道具。寝袋やテントまで置いてあります。
ギルド都市のギルドのお隣さんとあって、かなりの品揃えでございますね。
煙玉や花火といった変わり種も充実しています。
「素晴らしい品揃えでございますね。で、肝心の薬草はどちらに?」
「なさそうだな。もう全部調合されて、薬として販売されているぞ」
「まあ、薬草だけ売っても意味はありませんしねえ」
無駄足でしたか、と諦めたその瞬間。
ナルさんが「あっ」と声を上げました。
「これ」
ナルさんは一冊の本を手に取りました。
「何ですか、その本は」
「花や薬草の本らしい」
本の題名は、『猿にもわかる花の見分け方』でした。表紙の猿がこちらを指差して、嘲ったような笑みを浮かべています。
イラつきますね。
「買う金はない。立ち読みしよう」
「た、立ち読みでございますか」
私、経験がないのでかなり恥ずかしいです。買えないのに見ても良いのでしょうか。
「最悪、マグナト商品と交換すればいいだろう」
「貴女様は天才でございますね!」
私はナルさんの手を取って、彼女を褒め称えました。ナルさんは褒められて恥ずかしくなったのか顔を赤くし、隣のマグさんは無言で私を睨みます。
しかし、ナルさんの提案で問題が消滅致しました。
後はナルさんが本を読むのを待つばかり。
「ふむふむ。五十七ページか」
ペラペラと本を捲る音だけが店内を覆います。立ち読みをしていることに気付いたのでしょう。
店員さんがこちらに向かってきます。
「もうちょっとだ」
「そうでごーー」
その時、事件は起きました。私の服はマグナトのバーガーの包み紙を張り合わせて作ったもの。
紙自体は『創造せよ、至高の晩餐』によって丈夫です。
けれども、張り合わせには関係ございません。何の不運か、服が崩壊なさいました。
そして、私は思い出します。腕枕をしていた時の不運は、朝マグナトで解除した筈。
けれども、先程感極まって彼女の手を取っていたのです。
不運のスキルでございました。
私は服を失い、生まれたままの姿を披露してしまいます。そして、ページを見つけて嬉しそうにそれを報告してくださったナルさんが、こちらへと視線をよこしました。
「見つけたぞ、君ーー!」
つぅーっと鼻血が垂れていました。初心な反応をナルさんが返してきます。
その鼻血は見事、御目当てのページに降り注ぎ、情報を隠匿してしまいました。
「青方、凄い」
「その感想は結構でございます!?」
慌てて服を作り直そうとした時、我々は店員さんに捕まってしまいました。
また、露出で捕まるのでしょうか。道具屋さん怖いです。
『その拳、魔法より強し』にも登場した、例のアレが今回の話には登場しております。知っている方はちょっと楽しいかもしれませんね!




