通りすがりの勇者です
街から出ますと、そこは平原とも言える場所でございました。一面には高く聳える緑の草花。
地平線の先まで、その光景は続いておりました。中々圧倒されますね。
現代日本では、おそらく目にすることはできなかったでしょう。
ただの草原ですが、私には芸術作品のように見えるのです。
てらてらと光る夕陽を浴びた草は、艶やかな色合いを放っておりました。そこを闊歩する兎などの小動物さんが、健気に生命を紡いでおります。
生命の美しさが、この平原には溢れていたのでございますよ。
「美しいですね、マグさん、ナルさん!」
「……マグにはわかんない」
「ありふれた光景だろう?」
やはり、僅かながらにも価値観が一致しませんね。そこを責めることはしません。
様々な価値観があるからこそ、多様な文化が誕生なさるのです。マグナトも、そういうプロセスを経たからこそ、今の至高の味に辿り着いたのでございましょう。
「歴史は偉大ですね」
「歴史よりも先に現実を見るべきじゃないか? ほら、魔物だ」
ナルさんが気怠そうに仰いました。彼女の指差す方向を見ますと、兎さんが跳ねておりました。
その可愛らしいお口には、肉食獣の首が咥えられておりました。
口から滴る赤い液体を陶酔するかのように、ペロリと舐めとっておりました。
殺戮兎さんの登場でした。
後ろ足は嘘のように、筋肉が肥大化しており、私とマグさんが抱き合ったくらいの太さを誇っております。
爪は鋭利の一言。
牙はギザギザと、獲物に一度でも食らい付けば、もう二度と離してくれそうにありません。
「ほえー、可愛い兎さんも、魔物化するとああなるのでございますねえ。いや、でも、あれはあれで愛嬌がありませんか?」
「止めて。これから青方に可愛いって言われても、喜べなくなる」
マグさんは真顔でした。
確かに手放しでかわいいとは言えませんけれども、かわいくないというのもかわいそうでございます。
「どうしましょうか。私、弱肉強食に文句は言わない主義なのですけれども」
目の前の殺戮兎さんは、ぴょんぴょんと勇ましく敵の前に踊り出し、その鋭い蹴りでどんどん敵を屠っております。
生態系が乱れる。
「仕留めるのも悪くはないんじゃないか? 夕食になるぞ」
「マグナトがありますよ?」
「妾は最近、マグナトに嫉妬心を覚えてきているぞ」
「どうしてですか?」
「この鈍感男めっ!」
失礼なお方でございます。私、鈍感ではございませんよ。
ただ、食品と人を比べるのはどうかと思っただけなのです。マグナト商品はあくまで、お客様の為に存在していますからね。
「……こっち来た」
殺戮兎さんがこちらを発見なされました。私は思わず、ぎょっとしてしまいました。
咄嗟に『創造せよ、至高の晩餐』により、壁を作り出しました。
殺戮兎さんは突如現れたバーガーの城塞に、頭から突っ込む形になりました。
「速いですよ!?」
少なくとも、バーガー補正のない状態では見えなかったでしょうね。
バーガーを食べていなければ、即死でございました。
「戦うしかありませんか」
構えを作り出します。
今まで私が作り出しました構えの形は、正直に白状致しますと、すでに覚えていません。
即興ですしね。
殺戮兎さんの襲撃に身構えていますと、遠く後方で声が鳴り響きました。
『ミーア・クローバーが宣告します。無から産み落とすは、創世の光なり。大自然の気まぐれ、文明の創造主よ。ここに再び生れ落ち、此度は終焉をおくれ』
物騒なフレーズを、まるで聖歌を諳んじるかのように繰り広げる少女がいました。
『爆裂し、炸裂させよ。空間を爆ぜさせろ』
魔法。
ナルさんが数回唱えているから、私にも理解できました。これは独り言ではなく、魔法の詠唱です。
『我は焦土を求む。死なる焦土』
魔法の完成と同時に、空間が弾き飛ばされました。あらゆる抵抗を受けないバーガーこそ無傷でございましたが、周辺の地形は全て吹き飛ばされました。
土は掘り起こされ、草木は消滅しておりました。美しかった光景は、最早過去のものとなっております。
現れた魔法使いが、殺戮兎さんごと草原の一部を灰塵に帰してしまったのです。
爆風が髪を煽りますが、それさえも気にならない程、目の前の光景は無残でございました。
「貴女様はいったい何を!?」
「無事かい? 俺の愛しい村人たちよ」
そのお方は、真っ白の頭髪を自慢気にかきあげながら、私たちにそう告げました。
「レディーたちに傷一つ付けてしまったら、それは俺の一生の恥だからね」
キザで甘ったるい口調。口説き文句のようなことを口にしながら、ナルさんの手を取ります。
そして、そのキザな方は、そっと地面に膝を着くと、ナルさんの手の甲に口付けを見舞いました。
マグさんが小声で、ご愁傷様と呟いていたのが印象的でした。
「俺の名前はミーア・クローバー。しがない、通りすがりの勇者です」
ハートが飛び出そうなくらい、素敵なウインクが決められました。その動作だけで理解できますね。
このお方、かなりのナルシストさんでございます。湖に飛び込みそうです。
「どうですか、レディー。この後、俺とお茶でもしませんか?」
「は、はぁ?」
勇者さんはナルさんを気に入ったようで、執拗にデートに誘い始めます。
その光景を見て、露骨に表情を歪める女性が二人。
マグさんでも、ナルさんでもございません。
その御二方は勇者さんが連れていた少女たちでございました。
「あぁーん、勇者さまぁ。私というものがありながら、浮気ですかぁ?」
「そんな訳じゃないさ。でもね、全ての美しい花は、俺が愛でないといけないのさ」
きらーん、とエフェクトが舞います。そういうスキルなのでしょうか。
「で、返事はどうだい、レディー?」
「いや、困る。妾の心は君次に捧げているし、何よりも……」
ナルさんが勇者さんの胸を睨みます。
「そなた、女じゃないか」
女勇者が現れた。




