ま、死んだら文句言えねえがなぁ
お金がない。
なんということでしょうか。嫌ですね。私、この世で一番嫌いな言葉は決算でございます。胃がキリキリして参りますね。
悲しい。
今まで、マグナト商品により飢えることがありませんでしたし、なんやかんやで苦しい思いはして来ませんでした。
ですから、私がお金を持っていないということに気が付かなかったことも、まあ頷けるでしょうか。
苦しい言い訳でございますね。
さて、私は無一文だという衝撃の事実が暴露されてしまいました。これからどうしましょうか。
私は自信がございます。
お店さえ持てれば、お金は入ってくると。あぁ、そういえばお店を持ってしまえば決算が……
私、急にこの世界が嫌いになってきました。
「お金が必要ですね。どう稼ぎましょうか」
これでは屋根のあるお家に泊まることもできませんからね。
衣食住が生活の基本です。
食とまあ衣も確保されている今、残される強敵は住さんのみでございます。
「君次。ここはギルド都市だ。そこで稼いだらどうだ? 妾たちならば、しくじることはないだろう」
「実はあまり詳しくないのですけれども、ギルドとはなんなのでございましょうか?」
「まあ、色んなギルドがあるな。妾たちの場合は、斡旋所と思えばいい」
ナルさん曰く、本来は職業ごとの組合だったりしたものが、時を経て変化していったそうでございます。
要するに、ハローワークでございますね。私には無関係だと思っていたのですが、人生中々思うようにはいきません。
「そのギルドに行って、お仕事を見つけるのですね」
これでも、私はお仕事。働くことが得意なのです。お任せ願いたいですね。
ナルさんに先導されて、歩き始めます。てくてくというリズムを崩すことなく、ナルさんは御自分のお庭を散策するかのように、この街を闊歩致します。
その背中からは絶対の自信が溢れ出しており、心の底から頼りになると感じてしまいます。
流石のマグさんも彼女を認めたようで、「ほー」という声しきりに上げておりました。
歩くこと十分。
我々は見事、迷いました。
「一つ不運があるとしたら、それは妾に前を歩かせたことだな……」
「いえ、仕方ありませんよ。まさか、街にドラゴンからの襲撃があり、街の景観がかなり様変わりしていただなんて、気が付くはずがございませんものね」
と、私は通りすがりのメルセルカさんから聞いた言葉をそのままナルさんへのフォローと変えます。
しかし、困りましたね。
ギルドが何処だかわかりません。
「私にせめて文字が読めれば、何処にあるのかわかりそうなものですけれど」
異世界の文字がわからないというのは、結構な致命傷でございますね。
「おっと、こんなところに御上りさん、はっけーん!」
困り尽くしていた私たちの元に、一人の男性が現れました。その男性は顔を漆黒のローブで隠してしまっています。
声音は優しげであり、親しげでございます。
「道にでも迷ってんのかぁ?」
「そうなのでございます。よろしければ、ギルドへの行き方を教えてくださいませんか?」
「ふーん。そうかぁ。ギルドねぇ」
ローブ越しのお顔は、私たちを舐め回すように眺めました。
「弱そうだなぁ。そこの魔界族以外」
このお方、中々やりますね。
マグさんは一見人畜無害な美少女でございますから、その実力を一瞬で見抜けるとは思えません。
それを見抜いたということは、相当の実力をお持ちだと見ました。
ナルさんの実力は見抜けていませんけれどもね。
「ご挨拶が遅れました。私はマグナト店員、青方君次と申します」
「あぁ、おいらはしがないギルド受付員さぁ」
ギルド受付員!
それはつまり、ギルドの関係者様ということでございましょうか。
これは運がよろしいですね。
早急にお話をつけましょうか。
「私たちはギルドに入りたいのですけれども、構わないのでしょうか?」
「あぁ、構わねぇ。けど、死んでも文句言うんじゃねえぞ? ま、死んだら文句言えねえがなぁ」
ハハハ、とギルド受付員様は大笑いなさいます。腹を抱えて、全身を振り絞るくらい笑い転げました。
「文句言える訳ねぇよなぁ。……転生でもしねぇと」
ドキリ、とまるで心臓を握られたのかと錯覚する程の驚きでございます。
もしや、このお方は私のことをご存知なのでしょうか。
「立ち話もなんだし、ギルドに行こうやぁ。いやぁ、良い拾い物したなぁ」
怪しい風貌のギルド受付員様に、私は本当についていってもよいのかと戸惑います。
何か危険があってからでは遅いですからね。私はともかくとして、マグさんやナルさんに痛い目にはあって欲しくありませんから。
躊躇している私を他所に、ナルさんはあっさりと付いて行こうとしていました。
彼女は魔王でございます。
普通に考えて、ある程度の危機は危機にもならないのでしょう。
ですが、やはり私は不安ですね。
けれども、ずんずん進むギルド受付員様につられて、ついつい歩き出してしまいました。
いざという時は、私のバーガーが火を噴きますからね。
 




