あ
賑やか。
この街を形容するならば、その一言に尽きるでしょうね。
ナルさんの魔法から無事の脱出を経験した私たちは、ギルド都市ラピーセルに到着しておりました。
そこには鎧や盾を持ったメルセルカや軽装に身を包んだ魔界族さんたちが練り歩いています。
両者、あまり仲はよろしくないようですけれども、それでもいきなり殴り合いに発展したりはないようですね。
今までの場所から考えると、随分と差別は柔らかくなっております。実に良いことでございますね。
活気に満ち溢れております。
露天のような場所では、狐耳をふさふさと生やした中年男性が大声を張り上げており、その隣では美しいメルセルカが歌と踊りを繰り広げていました。
メルセルカも魔界族も、同じ場所に留まって、全員が元気よく時間を過ごしているのです。
「良いところですね。活気も賑わいもありますし、マグナト異世界店の一号店を出すに相応しい街です」
「支店だすつもりなの?」
「当然!」
「青方のスキルでしか、そのマグナト? は出せないんだよね……」
マグさんの当然の指摘によって、私の表情は凍り付きました。これは、確かにそうでございますね。
いや、いやいやいや。
我が『創造せよ、至高の晩餐』は決して腐りません。
輸入も輸出も思いのままなのでございますよ。凄い、チート凄い。
私は自身とマグナトの終わりのなき才覚が恐ろしいのでございます。
強い。確実に強い。
「ふ、マグさん。愚問、でございますよ?」
「愚かって言われた……」
マグさんがしゅんとしてしまいます。
「い、いえ、そういう意味ではございませんよ? マグさんは御立派でございます!」
「どの位?」
「もうたっくさん、でございます」
「マグとマグナト、どっちが好き?」
おや、これはよく聴く面倒臭い質問ナンバーワン。どっちが大事、です。
私は空気の読めるマグナト店員でございますし、何よりもマグナト愛は誰にも負けませんが、何を優先するべきか位は心得ております。
ここで万が一にもマグナトとは答えま……せん。よし、勝ちました。
悪い心の青方に勝利致しました。
「マグさんの方が大切に決まっているではありませんか。マグさんの方が好きですよ」
「じゃあ……一週間マグナト我慢できる?」
「無理ですね」
マグナトとは心。
マグナトとは愛。
心にぽっかりと開く、虚空を埋めてくださいます至高の晩餐。
こればかりは早々手放すことはできませんね。
ションボリするマグさんをナルさんが慰めます。内緒話くらいのトーンで「そなた、攻め過ぎだ」と励ましておりました。
「そろそろ街を見て回りましょうか。立地条件はなるべく良い所が素敵ですね」
「家を買うのか?」
「いいえ、お店を建てるのです!」
ウキウキした調子は崩せずに、唇からは喜悦が漏れ出します。
「お店を持つ。これは別に夢ではございませんでしたが、中々どうして楽しみではございませんか?」
「マグと青方の愛の巣」
「妾と君次だけの城」
お二人とも、少し間違っておりますね。……噛んだのでしょうかね。
気を取り直しまして、私たちは歩き始めます。周囲の喧騒に呑まれそうになりつつ、我々は当てもなく足を動かしました。
マグさんは見慣れない光景に、目を白黒させております。
私も、それは同様でございました。
見たことのない風景でした。
現代日本ではまずありえない光景でございましょう。
「面白そうなお店がありますね」
武器屋さんや道具屋さんなどの王道はきちんと抑えられております。私も一男の子として、好奇心を抱かずにはおれませんね。
「あ、君次。不動産屋があるぞ」
「本当ですね」
異世界にもきちんと不動産屋さんがあるようで、ホッと致しました。
この街は基本的には石造りの建物が多いです。その例に漏れず、目の前の不動産屋さんも石造りの建物でございました。
字が読めない私にも、そこが不動産屋さんだと一目でわかりましたね。
何故ならば、その建物の前には間取りについての張り紙が沢山あったからです。
この世界では紙はある程度貴重なのか、若干状態はよろしくありませんが、読み取ることは可能です。
まあ、私に読めるのは絵くらいですけれどもね。
「ナルさん、お店を開くのに打ってつけの場所はどこでしょうか?」
「君次。妾が選ぶと、おそらくそこは曰く付き物件になると思うぞ」
「……それは少し困りますね」
ナルさんの不運はこのような時にも発動するのでございますね。そういえば、初めて出会った時も、家が倒壊していましたね。
「実際に目にしないとわかりませんか。では、こうしましょうか」
『創造せよ、至高の晩餐』を使います。
現れたバーガーの包み。
私は指を噛み、血液を滴らせます。
バーガーの包みに、物件の場所を書き込みます。私には読めませんけれども、ナルさんならば読めますからね。
そうやって、メモを取ります。
「張り切って、物件を見て回りましょうか!」
意気揚々と私が宣言した直後、マグさんが袖を引いてきました。
見やりますと、彼女のつぶらな瞳がこちらを見上げておりました。猫耳は寂しそうにふるふる震えております。
「どうかなさりましたか?」
「青方……お金、持ってるの?」
「あ」
私は絶望しました。




