食べちゃいたいくらい
目的地も決定しましたので、後はそこへ至り、そしてマグナトを建設するのみでございます。
あまりにもお話が簡単過ぎて、私は焦りを隠しきれておりません。
ギルド都市ラピーセル。
そこにはどのようなお客様がいらっしゃるのでございましょうか。
この青方、わくわくが止まりません。
今か今かと、ナルさんの詠唱の完了を待ちわびます。その端正な造形をした唇が震える度、私の心も連動して震えました。
やはり、魔法というものは素敵ですね。私も覚えたくはありますけれども、どうしましょうかね。
覚えたいと思って習得できるものなのでしょうか。
言葉は紡がれ、魔力が練られ、その魔力を精霊様へと譲渡して、ついに魔法が誕生しました。
ナルさんの十八番である『門』でございました。
「この門を通す前に、妾は言っておくべきことがある」
ナルさんが顔を顰めつつも、そう言い放ちました。何か問題でもあったのでしょうか。
「君次。そなたはマグにばかり構うよな? 妾はどうでも良いのか」
目をうるうるさせながら、ナルさんは私の胸元に縋り付いてきました。
魔王の膂力が、今にも私を押し倒そうと圧迫しております。
「魔法を唱えていて、今気が付いた。妾は便利に使われているだけじゃないのか?」
「そのようなことございませんよ!」
「じゃあ! 妾をもっと愛してくれてもいいじゃないか。マグばかりズルい」
まあ、確かに移動系の能力が便利過ぎて、頼り切りになっていたのかもしれませんね。ナルさんには大変申し訳ないことをしていました。
「申し訳ありませんでした。ナルさんを利用するつもりはなかったのですけれども、結果としてはそう見られても言い訳のしようがありませんね」
「……別に、謝んなくてもいいけど。そうじゃなくて、もっと愛せと言ってるんだ!」
「具体的には?」
「今すぐ肉体関係を持て! などとは言わない。でも、もっと、こう。あるじゃん!」
ナルさんは自身の思いを言葉に変換できない御様子。ですが、確かに私の心内には重苦しい罪悪感さんが強襲してきました。
「では、あちらについたら、そこで少し遊びましょうか」
「マグ抜きで?」
「仲間外れはダメですよ?」
「そなたは何にもわかってないぞ!」
ナルさん絶叫。いえ、ナルさんの考えはごもっともでございます。けれども、幾ら何でも仲間外れはかわいそうですからね。
まあ、『勇気の洞穴』のときは、ナルさんを置いていってしまいましたけれどもね。
あれは仕方ありませんでした。
私とナルさんの会話中、終始無言だったマグさんが挙手しました。
我々の視線は彼女へと吸い込まれてしまいます。
「マグは構わない。青方とナルが二人きりで、遊んでくるといい」
「おお! ナル、そなたは妾と君次の恋路を応援してくれるんだな」
「違う。どうせ、すぐにマグの所に戻ってくる」
「何だ、その余裕は!」
マグさんの言う通り、彼女の元には必ず戻りますとも。彼女は大切なお客様であり、仲間ですからね。
けれども、先程からナルさんもマグさんも、まるで私に好意があるような言い回しをしますね。
いえ、好かれているのは自覚しておりますけれども、それは本当に恋慕なのでしょうか。
私にはまだ理解できておりません。
ただ私が窮地を救ったから、不幸な境遇を少しでも軽減したから。だから感謝と恋心を勘違いなさっている、のかもしれません。
お二人はまだ対人関係に慣れておりませんから、仕方がないのかもしれませんね。
お二人は光速の言い争いを開始します。
彼女たちは仲が悪い訳ではございません。結構二人で一緒にいますし、時には楽しそうに笑い合っております。
二人は自他共に認め合うお友達でございました。そして、お友達だからこそ、本心を言い合っているのでしょう。
口論は続き、それは最終的にとある質問へと帰結しました。
「おい、君次! そなたはどちらの方がより可愛いと思う!」
「うん。どっち? 答えて」
お二人は、がばりという勢いでこちらを睨み付けますと、何とも恐ろしい質問を投げかけてきました。
どちらもかわいいです。
両者ともに、日本では見られない程の美少女さんです。
お会いしたばかりのマグさんは、栄養が足りておらずに不健康そうでしたが、今では見違える程健康的な美しさを放っております。
あと、猫耳がかわいい。
ナルさんはぼさぼさだった髪を整え、身なりをきちんとすることによって、かなりの雅な美を獲得しております。
そして、普段から見せる無警戒さが私をドキリとさせます。
どちらとも、本心からかわいらしいと申し上げられます。
けれども、彼女たちはどの答えも許さないでしょう。また、どちらか一人を選べば当然角が立ちます。
選べませんけれどもね。
私はむむむー、と唸り、そしてやがて、神の啓示を得たのです。神と申し上げましても、例のケターキー的な神様ではございませんよ。
普通の神様、つまりはお客様でございます。
「うわ、かわいいですねえ」
すかさず、『創造せよ、至高の晩餐』を発動させました。
バーガーが出現なさいます。
「このバーガー。やはり、バーガー、ですかね。食べちゃいたいくらい、かわいらしいです」
昔、マグナトで働いている時耳にした御言葉でございます。何とバーガーを見て、可愛いと仰るお客様がいらっしゃったのです。
彼女は何にでもかわいいと告げていましたが、浮気性なのでしょうか。
とまれ、私は彼女に共感致しました。言われてみれば、バーガーは中々どうしてかわいらしいではありませんか。
丸く、コロッとした容貌。紙を剥がせば、その下には様々な光景。
チーズがペロンとはみ出していたり、レタスが瑞々しく輝いていたり。
その光景は自然美の頂点を語るに値する力があります。かわいいという御言葉も、そう的を外した御言葉ではございません。
ですから、私は今回、あのお客様の台詞を行使します。
私の台詞を聴いて、マグさんもナルさんもキョトンとしました。
一瞬で互いに肩を組み合うと、小声で言葉を交わし始めます。
「前から怪しいとは思っていたんだ。まさか、あそこまで重症だとは」
「うん。危ない」
「バーガーに負けるとか。妾たちは女として見られていないのか」
「バーガーが一番の敵。マグ、最近あれに嫉妬中」
「妾もだ。妾も君次に食べられたい」
「お前も相当だと思う」
丸聞こえでございました。
勘違いなさるのも仕方がありません。というよりも、勘違いして頂かなくては困るのですけれども。
ですが、私もそこまで変態ではございませんからね。バーガーに欲情することなどあまりありませんからねっ!
失礼なお方です。
「打倒バーガー!」
「……打倒バーガー」
まあ、友情は拗れずに済んだようなので、私としては幸いでございますよ。
「妾たちは話し合った。結果、これからは日替わりで仲良くして貰うぞ、君次」
「マグが先に堕とすけど」
「だから、何だよ、その自信は! 魔王舐めんなよ」
仲睦まじく、私たちは門を潜り抜けました。




