知らないってさ
助けて、とゴーレムさんは仰いました。核となってからでございますが。
最初は喋られなかったことを加味すると、かなりの進歩でございますね。あの少ない時間で言葉を覚えたのですから。
言葉を覚えた以上、きちんとお話をして頂きます。でなければ、私は彼を消さねばいけなくなります。
そのような悲しいことはしたくありませんからね。
とはいえ、私はこれでも非道な男。
こうしなくてはいけない、という時。私は大切なものを守る為には容赦しません。
生き物を殺して、私たちは生き続けております。日々、理解せねばなりません。
この身体は、血は、肉は他の生物の命を糧に続いているのだと。
それを理解した上で、私は生きていきます。
まあ、わかったところで何だ、というお話なのでしょうけれど。
少なくとも、私は私の為に失った命を自覚して、その命を無駄にしないように生きることを目指すだけでございますよ。
さて、ゴーレムさんです。
「助けて。助けて」
「ええ。話次第ではお助け致します」
「ああ。死にたくない」
どうやら話は通じているようですね。
「貴方様はどうして、人々の大切なものを壊して回ったのですか?」
「わからない。大切なものがわからない」
「なるほど」
彼自身には破壊の意思はなかった、ということですね。これは厄介なお話でございます。
改心すればどうにかなる問題ではないのです。彼は壊してはいけないものがわからない。だから、例え心を入れ替えたとしても、また悪意なく破壊の渦を生み出してしまうかもしれないのです。
「大切なものがわからない、ですか。困りましたね」
「……教えれば良い」
私が頭を悩ませておりますと、隣にマグさんがちょこんとやってきました。
「大切がわからない。最初はみんなそう。だから、教えてやればいい」
「それはそうなのですけれども。具体的な方法が私には見当もつきません」
「誰かが教える。青方がマグに大切なことを教えたみたいに」
マグさんの大切なもの、ですか。私、そのようなことを教えた覚えがありませんね。グーでしょうか。
死刑執行人の立場からは解放しましたが、それ以上のことはしておりませんしね。
「お、おい! メルセルカ」
「おや、レイアくん。怪我はありませんか?」
「ない! そうじゃなくてさ。そのゴーレム? 僕に任せてくれないかな」
「と、言いますと?」
レイアくんは己の髪を掻き乱してから、照れ臭そうに仰います。
「僕は何も知らなかった。メルセルカといえば、全員悪い奴だと思ってた」
「まあ、真実に掠ってはいるでしょうね。そのお考えも」
「なあ、メルセルカ。知らないってさ。怖いよ。僕があんたを殺してたら、まだ姉ちゃんは苦しんでた」
レイアくんは消え失せた未来を幻視し、ぶるりと身体を震わせました。
「僕は教えられて、だから助かった。だったらさ、僕も教えたいんだよ」
可能性は無限でございます。こと、私の将来という点でいえばマグナト店員の未来しかございませんけれど。
それ以外の可能性は無限でございます。
会う人全員が素敵な人とは限りません。ですが、それは会う人全員が最低ではない、ということも示しているのです。
「レイアくん。犬猫を飼うのではありませんよ?」
「知ってるよ。こんなゴツいペットがいるもんか」
「わかりました。貴方様にゴーレムさんを預けます。ですから、彼を正しい道へ導いてあげて下さい」
私は手中のゴーレムさんの核に話しかけます。
「私は貴方様を殺しません。けれども、その代わりに、貴方様はレイアくんの言うことを聞くのですよ。いいですね」
「わかった。……ありがとう」
まあ、です。
今に思えば、確かに悪意はなさそうでした。よくわからずに暴れていた、ということでしょう。
その暴走も、きちんと舵を取る方がいらっしゃればどうにかなるでしょう。
私は他の誰にも聞こえないよう、核に唇を接近させます。
「もしもレイアくんや彼のお姉様。そのお仲間を傷付けたら、すぐにやってきて、貴方様を壊しますからね」
「わ、わかった」
「ならよろしい」
核をレイアくんに手渡しして、一旦その場から離れます。ないとは思いますが、私から離れた直後に暴れる可能性もありましたからね。
その心配はないようです。
ふぅ、と一息付くと、隣のマグさんが笑みを見せました。
「青方が壊さなくて良かった」
「そうですね。幸いです」
「あと、ありがと」
「ん? 何がですか?」
「教えてくれた。マグは良いんだって。生きてて良いんだって。魔界族でも、汚くないって」
更に小さな声で、青方の手を取っても良いんだって、と続けました。
これには私も思わずにっこりでございます。
「当然ですよ。美少女さんの手なんて、寧ろ私から握りたいくらいですよ」
マグさんがおずおずと手を伸ばしています。私はその手をひっ捕え、しっかりと握り返しました。
我々の目の前では、核を中心として再生を開始しているゴーレムさんとそれを手に持ち慌てているレイアくん。彼を見て優しげな笑みを浮かべるレイアくんのお姉様。
そのような微笑ましい日常が繰り広げられておりました。
「お。おい! 君次。そなた、妾を忘れてないか? 妾、頑張ったぞ! なあ!」
「ええ、そうですね。貴女様も頑張りましまね。ありがとうございます」
「感謝は嬉しい。だがな、その前に妾の手も握れよ!」
ナルさんは必死の形相で、私に接近してきます。正直、怖いですね。
怖がる子うさぎ的私の前に、勇敢にもマグさんが立ち塞がりました。私の手は握ったままですが。
「今日はマグの」
「そなた、昨日も同じこと言ってたぞ。ふざけろ。ほら、ナル菌タッチ」
「バリア」
「ナル菌にはバリア効きませーん。うわぁ」
己の言葉で、己にトドメをさしてしまいました。




