素敵……だった
レイアくんは無事蛙を討伐することに成功なさいました。幸いなことでございますね。
危なげはあったものの、終わりよければ全て良しでございます。後はお花を摘み、帰るのみです。
「精霊様、この洞窟にだけ咲いているお花の場所をご存知ですか?」
「知ってる。知ってる」
「では、もしもよろしければ案内して頂けないでしょうか?」
『勇気の洞穴』は完全なる迷路。私には迷路を攻略する力などありません。
マッピングさえしていませんからね。
「良い。良いが。条件」
「ほう? 条件とは?」
「魔物。退治。岩の魔物」
「岩の魔物さんですか」
魔物さんというのは、そもそもが突然変異でございます。岩が突然変異なされたのですか。まあ、精霊様自体も、魔素が変化したお姿らしいですし、あり得なくはないのでしょう。
万物は魔素に触れ続けると変異する。と、マグナトバーガーは仰っております。
そこに例外はなく、例え魔素自身であろうとも変異してしまう。
だとすれば、メルセルカや魔界族さんは変異すればどうなるのでしょうか。興味が尽きませんね。
けれども、今は目先のお花でございましょう。謎など後で幾らでも解明できるのですからね。
「承りました。岩の魔物さんを退治すればよろしいのですね」
「良い。良い」
「さて、で、岩の魔物さんは何処へ?」
「何処へ、何処へ」
おやおや、精霊様もご存知ないようですね。これは困りましたよ。
「では、先に案内して頂けますか? 帰りにでも、確実に約束は果たしますので」
「人間。信用。良い欲望」
ふわりふわりと頼りない光量ですが、精霊様は前進を開始しました。我々はその後について行くだけでございます。
「青方、ナルは?」
退屈だったのでしょうか。マグさんが私には声を掛けてきました。
ナルさんのことについて、です。
「ナルさんがどうかなさいましたか?」
「ナルは大丈夫。周りは大丈夫?」
「一応、誰もいない場所を提供して貰いましたから。最悪はそうそうないでしょうね」
まあ、その最悪を引き起こすのがナルさんのスキルなのですけれどもね。
そういえば、彼女のスキルには名前があるのでしょうか。私の『創造せよ、至高の晩餐』のような名前が。
今度訊いてみましょうか。
と、楽しみが増えてきたところで、精霊様がふわりふわりとした動きを変化させました。それを擬音で表すのならば、きょろりきょろり、と言ったところでしょうか。
「もしや、迷いましたか?」
「道。己で作る。迷う。それは心」
「何やら哲学めいたお話ですね。興味があります。聴きましょう!」
「……精霊。哲学わからない。迷った」
「そうでございますか。仕方ありませんね」
道に迷うことくらい誰にだってあることでございますよ。私も実は方向音痴なのでございます。
全国のマグナト店舗の位置ならば把握しているのですけれども。地理とそれは別問題ですからね。
誇れることはございません。
それに国内だけですからね。うちの店長は更にアルメニアのマグナト店についてもお詳しいようです。
全て知っていると断言しておりました。
アルメニアにマグナトってございましたっけ?
「あ、妖精様、妖精様。この壁は復元できるのですよね?」
「うん。そう」
「でしたら、私に考えがございます」
私はマグさんに目配せ致します。彼女はこくりと頷きますと、硬く拳を握り締めました。
「壁を破壊して進みましょう!」
「……賛成」
私とマグさんの提案に対して、精霊様は急激に俊敏さを取り戻して、ビュンビュンと飛び回ります。
まるで首を横に振っているようですね。気のせいでしょうか。
妖精様の隣にいたレイアくんは額に汗をダラダラ流しながら、
「ダメだよ! 発想が暴力的過ぎる」
「ですが、ファーストフード店員としましては、早い、安い、美味いを信条としていますので」
「早くたってダメだ!」
「私、早いだけではございませんよ? 当然、上手いです」
「何がだよ!」
「壁を壊すこと、ですかね」
「破壊に上手いも下手もあるか!」
ぜえぜえとレイアくんが息を切らします。おやおや、もう疲労なさったのでしょうかね。
私がレイアくんの虚弱体質を心配していますと、マグさんが仰いました。
「青方、壁壊すの上手い」
「嬉しいことを仰って下さいますね」
「素敵……だった」
噛みしめるように、マグさんは呟きます。その呟きに対して、レイアくんは即座に素敵な壁破壊って何だよ、と雄叫びになられておりました。
実際、私の壁ドンは相当ですよ。私に壁ドンをされてドキリとしない女性はいないでしょう。
背を預けていた壁を突如破壊されて、何も感じない女性は少数ですからね。
「ですけれど、壁を破壊できないとなりますと、もう詰みですよ?」
「もっと脳を柔軟に使えよ!」
「床を掘りましょう!」
「破壊するなあ」
私とレイアくんの相談を聴いていると、精霊様が何処かへ動き出しました。道を補足したのかもしれません。
後を追います。
一時間程駆け回ったでしょうか。我々はようやくお目当ての場所に辿り着きました。
お花畑が現れたのです。
その光景を一言で表すのならば、そうですね。
「優しさ、でしょうか」
レイアくんは瞳を真っ赤にさせて、わんわんと泣き出してしまいました。
花畑の中心には、天井から吊り下げられた垂れ幕がありました。
そこには私には読めない文字で何かが書かれております。何が書いてあるかは不明ですけれども、精霊様のお言葉で何となく察しはつきます。
『おめでとう、レイア』




