異世界、怖いですね
起きたとき、私は全裸でした。
最後に服を着ていた時の記憶は、気絶したときでした。どうして気絶したのかは、記憶にはないのですけれど。あまりものショックで記憶が飛んだようです。
記憶が飛ぶレベルのトラウマとはどのようなものなのでしょうか。マグナトがなくなるくらいのレベルでしょうか。
「あはは、そのようなことあり得ませんよね」
しかし、困りました。服を着ていない、というのも大いなる問題ではございますが、それ以上にマグナトの制服を失ったのがキツイ。
私の誇りでしたのに。
盗まれたのでしょうか。
この世界は異世界。私の服はかなり画期的で、また素材なども特殊ですからね。防寒、耐熱、防弾、マグナトの制服は最高の服です。
ああ、寒い。どうしてでしょうか。
服を着ていないから、でしょうかね。いいえ、神聖なるマグナトの制服を失ったことによる喪失感が我が肉体を凍えさせているのでございましょう。
あぁ、お客様にも店長にも申し訳が立ちません。うう。
それにしても、制服が……特別? あ、そうか。この世界にはマグナトがーーない。
私は意識を失った。
二度目の起床。
私はようやくこの世界の闇を受け入れました。この世界にはマグナトがありません。
悔しいですが、現実を認めることも時には必要なことなのでしょう。
うう。
悲しさに自らの意識を持っていかれそうになりますが、私は新たにできた夢を意識することによってどうにか堪えます。
そうです。
かのマグナトのマスコットキャラクターも仰いました。
『ドナドナは今日はお花の絵を描いたんだ。きみはどんな絵を描くのかな?』
と、こう仰っていました。
深いお言葉でございます。人生は白紙のストーリー。そこに絵を描き、色を塗るのは私たちの役目なのです。私たちはその気になれば、どんなこともできる可能性を持っているのでしょう。ドナドナ様はそう仰っているのです。
では、私も前を向きましょうか。
そうですとも。
マグナトがないならば、作ればいいじゃない、でございますよ。
「私はこの世界にマグナトを創り出します。マグナト異世界店でございますよ!」
「おい、うっせえぞ!」
「あ、申し訳ありません」
隣の牢屋から怒声が響き、反射的に謝罪を返しました。
さて、どうしたものでしょうか。
マグナト異世界店を創る夢ができたのは良いのですけれども、私は今身動きが取れません。牢屋に入れられていますので。
起きた時、私は既にここにいました。
全裸で寝ている私を誰かが見つけたのでしょう。私は新手の露出狂か何かと間違われて、この牢屋に入れられてしまいました。異世界、怖いですね。
ですが、まあ納得しましょう。私もマグナトに突如露出狂が現れたら容赦なく通報致します。いえ……最悪射殺しますね。
おっと、射殺されたのは私でした。ハハハハハ。
あの時はまだ服を着ていたというのに、酷い強盗さんですね。常識のない強盗さんです。
「それにしても寒いですね。物理的な意味で。あ、そうですそうです」
スキル『創造せよ、至高の晩餐』を使用します。牢屋に出現する無数のバーガーたち。天国なう。ここ牢屋ですけど。
それに私は食らい付きます。しばらくムシャムシャタイムを謳歌していると、隣の牢屋から声がします。
「何だ、この匂いは」
「ん。んぐ。これはマグナトのバーガーでございますね」
きっちりと咀嚼し終えてから、私はお隣さんにそう告げました。そうすると、彼は困惑からでしょうか。黙り込みます。
こちらは遠慮なくバーガーを食します。
「な、なぁ、それは飯? なのか?」
「ええ、至高の食事でございます」
「俺にもくれねえか? この牢屋じゃあ、碌な飯が貰えねえんだよ。頼むよ」
「むー。一つだけでございますよ?」
どうやってお渡ししましょうか。相手は隣の牢屋におります。渡そうにも、渡せません。
困り果てたので、私は悪足掻きとして何となく隣の壁を蹴りつけました。
鬱憤が溜まっていたのでございましょう。勢いはかなりのものでした。
そして、爪先と壁がぶつかり合った時、奇跡は起きたのです。
爆音。
破砕音。
それは壁が粉微塵なったことを意味します。いとも容易く、壁が消滅いたしました。
「おやおや、これは想定外でございますねぇ」
「ば、化け物!」
「失礼な。善良なるマグナト店員でございます」
私はバーガーを手渡すと、自身の牢に戻ってバーガーを口にします。
それにしても、私は私が恐ろしい。
壁をぶち抜いてしまうとは。
異世界の文明が想像以上に発展していなく、壁が脆いというのもあるのでしょう。けれども、それならば全員こうやって脱獄することでしょう。ですから、これは私の力、ということです。
異世界に来たことによって、私の身体能力はかなり上昇していると見た方がよろしいですね。また、『創造せよ、至高の晩餐』の効果も上乗せされているようです。
「な、なぁ、あんた。俺と一緒に脱獄しねえか?」
「ヤです。私は悪くないので、どうせ出られますし」
「そんなこと言わねえでよ。そんだけの怪力があれば、何でもし放題だろ?」
「不要です」
あんまり私を舐めないで貰いたいものです。私が犯罪者の脱獄を手伝う訳がございません。
それに私が露出という罪で投獄されたと言うのならば、それはもう証明のしようもありません。
どうしてかと問われますと、それは当然、もう服を着ているからと答えましょう。
「そう、今の私は十全。刮目してごらんなさい。このパーフェクトスーツを」
私はマグナトバーガーを優しく包む紙を服にしたのです。お洒落な絵があって、すっごくおっしゃれーでございます。
「おい! 何があった。今、今の音はなんだ」
看守さんがやってきます。
私が壁を破壊した音につられてやってきたのでございましょう。ついでに交渉しておきましょう。
「あ、看守さん。私はどうしてここに捕らえられているのでございましょう?」
「それは服を着て……いる?」
「私は立派な服を着ています。さぁ、出してください」
「む、そうか。なら出して……え。おい、この壁の穴は何だ!?」
「あ、私が開けました」
「どうやって?」
「素手で」
「マジかよ」
異世界にもマジなどという表現があるのですね。勉強になります。
「脱獄は重罪だ。更に牢の破壊も重罪だぞ」
「それはどういうことでしょうか?」
「死刑だ」
「……マジかよ」
「マジだ。まさか魔法石を組み込んである牢屋を壊すとはな。お前は魔界族か?」
「はて」
私は首を傾げて、未知の言葉に対する挨拶とします。
「明日、お前を迎えに来る。それまで精々楽しむことだな。残りの人生を」
異世界、怖いですね。私は改めてそう感じました。