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頑張れ

 レイアくんは今にも泣きそうになりながら、背を壁に預けておりました。


 その体は震え、頼りなさ気でございます。

 普段の元気な様子は見受けられませんね。思えば、今までレイアくんは何もしておりません。


 岩さんからも海星さんからも逃げていました。戦おうという気は見せていませんでした。


 彼は非戦闘員なのだと考えておりました。

 けれども、レイアくんの御両親が狩人だったということから、彼も将来同じ職に就きたいと考えていてもおかしくはありませんね。


 少なくとも、魔界族さんの基本スペックがあれば可能でございましょう。


 マグさんなどは幼少の頃より、処刑人としてメルセルカなどと戦い続けていますが、無事に生き残っております。


 地力があれば、後は勇気だけ。


 もしや、『勇気の洞穴』とはそういう意味があるのでしょうか。

 まあ、「もしや」などという白々しいことを言うのは止めましょうか。これはもう確定でございましょう。


 だとするのならば、これはレイアくんの戦いでございます。私たちは見守ることがお仕事になりますね。


 ごくり、とマグさんがグーを飲みます。私もそれに倣い、揚げ芋を齧ります。


 水晶から覗くレイアくんは、恐怖を克服できそうにはありませんでした。

 けれども、年長者として、彼の勇姿を拝ませていただきましょう。


 我々がじっと水晶を見つめていますと、周囲が怪しく光りだしました。じんわりとした光です。


 それは私の『創造せよ、至高の晩餐(メーカーオブマグナト)』とはまた違った光。


 丸い何かが我々の周囲を飛び回ります。


「違う。違う世界。違う世界のメルセルカ。人間」


 その何かは一瞬で、私の正体を見破りました。


「送られてきた。欲望者。変革。世界の免疫」

「貴方様はどちら様ですか? 私は青方君次と申す者でございます」

「精霊。妖精さん。魔素」


 この光が精霊様なのでしょうか。

 精霊様はふわふわと浮かびながら、水晶の周りを旋回致します。


 喜色に溢れた声で、


「子。アークとメーサの子。来た。やっと来た。アークとメーサは?」


 子、とはレイアくんのことでございましょう。でしたらば、アークとメーサというのは、おそらくはレイアくんの御両親でございましょう。


「彼らはお亡くなりになられました」

「死。いない。いなくなる。摂理。なら」


 精霊様は纏う光を明滅させました。それは悲しさを表現しているのでしょうか。


「試練。始める」


 言葉の直後、水晶の中には異変が生じました。精霊獣が現れたのでございます。


 その姿は蛙でした。巨大な蛙でございました。紫の不気味な色合いをしています。


 ゲコゲコと鳴き、筋肉質な後ろ足で地面を踏み鳴らしております。


「ひ、ひいい」


 レイアくんが立ち上がり、それから走り出します。蛙には背を向け、我武者羅に駆けます。


 レイアくんはもう顔中に涙さえ浮かべて、追ってくる蛙から逃げました。


「逃げる。ダメ」


 精霊様が呟くと、レイアくんの前にあった道が消滅しました。壁と壁が隆起し合い、道を塞いでしまったのです。


 レイアくんは追い詰められました。


「く、来るな!」

「逃げる。ばかり」

「に、逃げてない」

「逃げてる。弱い。雑魚。雑草的存在」


 精霊様が罵倒を開始しました。レイアくんは顔を更に顰めてしまいます。


「戦えない。狩人、なれない」

「やめろ。やめてくれよ。僕は弱いよ。でも」

「弱い」


 精霊様は残酷に事実を告げ続けます。レイアくんは耳を押さえつけて、必死に声を遮断しようとなさいます。


 弱い。弱い、のでしょうか。レイアくんは本当に弱いのでしょうかね。私にはそうは見えませんでした。


 彼はきちんと強い子です。


 重い樽を持ち上げて、必死に働いて。

 御両親を殺され、またお姉様もメルセルカに傷付けられて。本当は、彼はメルセルカが、私が怖かったに違いありません。


 けれども、彼は私に物怖じしませんでした。

 お姉様が倒れた時も、対応こそ間違えましたが、それでも私からお姉様を守ろうとしていました。


 彼は弱くはありません。


 ただ自分の為には勇気を振るえないだけ。


 私は水晶を掴み、そこに声を掛けます。


「貴方様は弱くありません! 貴方様はきちんとお姉様を守ろうとしていたではありませんか」

「メルセルカ?」

「立ちなさい。貴方様がきちんと辛い現実とも戦えるのだと、証明して下さいませ」


 私の言葉を聞いて、レイアくんは小さく唇を震えさせました。


「そうだった。昔、言われたんだ。お姉ちゃんを守れって。だからーー」


 レイアくんは不安だったのでしょう。御両親を急に失い、残されたのは非力な己と病弱な姉のみ。


 絶望的な状況とも言えるでしょう。


 普通の子供ならば、そこで挫けてしまいます。だというのに、彼はきちんと前を向いて歩いていました。それこそが、レイアくんの強さ。


 彼は立ち上がり、グッと拳を握り締めます。


 それでも、目の前の蛙を見て、震えは止まらないようです。


 と、そこにグーを飲み終えたマグさんが口を開きます。


「頑張れ」


 一見無責任なお言葉。ですが、レイアくんの心を震わせるのには十分過ぎるお言葉でございました。


「……頑張る!」


 レイアくんが走り出しました。一気に蛙さんの懐に入ると、その拳を振り上げます。

 その攻撃はあまりにもお粗末。


 マグさんどころか、私でも簡単に防げる一撃。


 けれども、その拳は確かに、至高の一撃でございました。


 全気力と力を伴った打撃。

 それは無抵抗の蛙の腹に命中し、そして、その存在を消滅させてしまいました。


 グッタリとレイアくんはその場に崩れ落ちました。額には大量の汗を浮かべております。


 彼と私たちを隔てる壁が消え去り、我々は感動の再会を果たしました。


「初勝利、おめでとうございます。貴方様は立派な戦士でございましたよ」

「……」


 彼はキョトンと私を見ましたが、すぐに破顔なされました。


「ありがとう」

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