さあ、これで貴方もお客様です
「メルセルカ、どうして立ち上がる。どうして怪我が治る。魔法使いか」
「私は童貞歴十九年です。マグナト店員になったので、実質非童貞ですが」
「意味がわからない」
話を振ってきたのはあちらだというのに、失礼な方ですね。私は少々怒りましたよ。ですから、容赦は致しません。
構えます。
「何だ、その奇妙な構えは」
「題して、『神至の構え』」
「ふん、小賢しい!」
猪さんが地を蹴散らし、私に迫ります。しかし、私には彼の動きが見えております。
獰猛な二本の牙、口は私を喰らおうと開いております。ならば、私のすることはただ一つ。
極限まで身体の力を抜いた構え。体はすぐにでも、どこへでも届く。
猪さんの牙と、我が魔手が交差した。
ぶつかる。
衝撃に耐えきれずに、私は背後へと吹き飛ばされます。木々を背中でへし折り、徐々に勢いが殺されていきました。
停止したとき、猪さんは絶句しておりました。
「何だ、これは。これはーー食べ物?」
「ええ、貴方が今口にしたのは、神の作り出しし宝具『マグナトバーガー』でございます」
「マグナトバーガー、だと!?」
「私を殺せば、もう貴方はそれを……食べられませんよ?」
「ッッッッッ!」
私は交差の刹那、彼の口内へとハンバーガーを詰め込んだのです。
猪さんには明らかな焦燥感が見え隠れ致します。猪さんは動転した様子で、私を窺います。
「さあ、これで貴方もお客様です。ご一緒に揚げ芋は如何でしょうか?」
「くれ!」
「勿論、ただでとは申し上げませんよ。私のスキル『創造せよ、至高の晩餐』に掛かれば、無償提供も容易いのですが」
ハンバーガーを食したとき、私の脳内には電撃が走りました。それは答えでした。
肉汁が口に溢れ、旨味が喉元を通り抜けていく最中、私はハンバーガーに教えられたのです。
ここが日本ではなく、異世界だということも。
目の前の生物が魔物と呼ばれる存在であるということも。
そして、異世界に来たことによって、私に特殊な力が備わったことも。
全てハンバーガーが教えてくれました。脳内にデータが刷り込まれたように、私は知ったのです。
私には今スキルがあります。
『創造せよ、至高の晩餐』
マグナトの商品を召喚するスキル。
そして、その召喚されたマグナト商品はただのマグナト商品ではございません。特殊な能力を持っているのです。その一つが、食べた者を回復させる力。
そして、もう一つが……
「早く、寄越せ!」
猪さんがマグナトの美味さに狂い、私に襲い掛かります。だからこそ、私は溜息をつきます。
何と愚かしい。
「来てください。『創造せよ、至高の晩餐』」
召喚せしは、多量のハンバーガー。それが地面を所狭しと覆い隠します。
猪さんは自身の勢いを止められず、ハンバーガーに足を取られて転びました。
私はハンバーガーを食べながら、猪さんに近寄ります。拳を振り上げながら、お客様に注意致します。
「店内ではーーお静かに」
「ここは屋外」
我が拳が猪さんを打ち抜きます。衝撃は猪さんの肉体を通り抜け、そのまま地面へと巡ります。地面に巨大なクレーターが生まれました。
土埃で周囲が見えなくなりますが、私が指を一つ鳴らすだけでハンバーガーの袋が光り輝きます。それによって、大体の位置が掴めます。
今の私は強い。
「さて、ではお客様。情報とバーガーを交換しましょうか?」
「あ、ああ、わかった」
「メルセルカ、とは?」
「お前たちの種族名」
なるほど。
この世界では人間のことをメルセルカと呼ぶのですか。覚えておきましょう。
「何故、私を襲ったので?」
「腹が空いたから」
納得できます。
「街はどこにありますか?」
「この先、真っ直ぐでつける」
「わかりました。では、もういいでしょう。どうぞ、地面に落ちたハンバーガーをお食べください」
「助かる!」
私は地面に落ちているハンバーガーの一つを掴みます。埃一つありません。
それもその筈。
この『創造せよ、至高の晩餐』により召喚されたモノは、食べる以外の干渉を受け付けません。
例え踏みつけても、傷一つ付かず。
例え時が経とうとも、腐らず。
例え地面に落ちようとも、穢れず。
そう、私の『創造せよ、至高の晩餐』こそが最高かつ至高のスキルなのです。
この力があれば、世界を一つ奪ることも可能でしょう。けれども、そのようなことは誰も望みはしません。
私はただマグナトが一つあれば良いのです。
私はウキウキした気持ちで、森を歩きました。それもその筈です。
新たな世界にウキウキしない人がいたのならば、そのお方は嘘でございましょう。
「さ、この世界のマグナトはどのような場所なのでしょうか」
ですから、私が気づかないのも無理はありません。私の期待が全て砕かれるということに、私は毛ほども気が付きませんでした。
だって、そうでしょう。
そのようなことがあり得るだなどと、考えるのも恐ろしい。
街につき、街中を駆け回ってから、私は絶望的な事実に気が付かされてしまいました。
あり得てはいけない可能性。
そうーーこの世界には、
「マグナトがないっ!?」
私は気絶した。