不運のマリアは死んだ
猪さんが先頭を歩き、私たちはその後ろをついて行きます。私たちは魔界族さんの住居がどちらにあるか把握していませんので、こうなるのは当然と言えました。
「なあ、その青方? 妾たちは何処に向かっているんだ?」
「魔界族のとこ」
「そなたには聞いてないぞ、魔界族!」
「マグはお前が青方に媚び過ぎと、思う」
問題発生でございます。
お二人の仲があまりよろしくないようですね。
「ふん、まあ良い。魔界族の元に行きたいんだな? 妾が特別に連れて行ってやろう」
「え? 可能なんですか? ありがとうございます」
「ふ、褒めろ褒めろ」
マリアさんが小さく息を吐きながら、集中力を高めます。前方に掌を差し出しながら、言葉を紡ぎます。
『不運のマリアが宣告しよう。刻の流れはあまりに空虚なり。繰り返し、繰り返し、意味もなく足掻くだろう。なれば、魔の法よ。応えよ、魔の法よ』
マリアさんの周囲に言い知れぬプレッシャーが集結致します。
私やマグさんが鬼さんに対して感じていた威圧がちっぽけに感じる程の威圧。
『無為の刻を超越せよ。我の望みし道程を歩め』
「こ、これは魔法、ですか!」
『転移の道を開拓せよ。門』
禍々しい雰囲気を発しながら、門は出現した。
マリアさんの背後に、である。
「あれ、何で後ろから出てくるんだろ」
掌の方向からして、通常は前方に出現する予定だったのでしょう。運の悪いことに、門は彼女の背後に現れました。
「まあ。いいか」
「よくありませんよ! 本当に大丈夫なんですか?」
私の疑問の後に、僅かに震えながらマグさんも言いました。
「マグ……怖い」
「そうでございますね」
私とマグさんが肩を寄せ合って、震えを共有していますと、マリアさんが頬を膨らませます。
「近いぞ、そなたら。特に、マグとかいう魔界族! 身の程を知れ。大体、何だその名は。そなたのキャラとあってないぞ」
「ふ……青方につけて貰った」
「名前を……つけて貰った、だと?」
「マグ。かわいい」
「っ! ズルい! ズルいぞ!」
マリアさんは私を睨み付けました。恨みがましそうな目でございますね。
「妾は名前を貰ってないぞ」
「貴女様には立派な名前がありますよね?」
「やだやだ! 妾も名前欲しい!」
「ただっ子ですか」
「名前がほしーいー」
「あるじゃないですか」
「不運のマリアは死んだ! もういない!」
マリアさんはバタバタと暴れ回ります。困りましたね。せめて、暴れるのならば服を着て欲しいですね。
「では、こうしましょうか。服を着てくださったら、名前を差し上げましょう」
「服を持ってない」
「仕方がありませんから、このマグナトの制服をお貸しします。はい、どうぞ」
制服を渡そうとすると、ポケットから名刺が落ちてきました。
「あ、名刺ですね。私の素敵な名前がナイスでございますね」
「そういえば、そなたの名は何だ? 青方、だけか?」
「青方君次と申します」
「そうか。君次だな。覚えた。服を着てやろう」
彼女は私から服を奪い取り、それを抱き締めます。それは着たとは言えないのではないでしょうか。
「妾は服と名を貰ったぞ?」
「む」
あげていません。貸しただけでございますよ。
「青方。マグも」
「そうでございますね。その服では少々問題がございますよね」
「そう」
「では、着きましたら服を買いましょう」
マリアさんが服を着ました。そして、強請るようにこちらを潤んだ瞳で眺めます。
「名前、ですか。では、ナルなどはどうでございましょうか」
「よし!」
悲劇はそこで生じました。彼女は勢いよくガッツポーズを繰り出しました。また、それと同時にくしゃみをしたのです。
自らの鼻に拳がクリーンヒットでございます。魔王の防御力を持つとはいえど、彼女は魔王の攻撃力も有しているのです。
その場で崩れ落ちるように倒れました。
幸せそうな顔をしながら、鼻血を垂れ流しております。
「無様な女」
「マグさん、可哀想ですよ。ほら、マリアさん。バーガーでございますよ?」
彼女は涙目になりつつも、首を左右に振り乱しました。
「ナルだ」
彼女は私からバーガーを受け取りますと、もぐもぐと咀嚼を開始しました。『創造せよ、至高の晩餐』の力により、鼻血は即座に止まりました。
では、気を取り直して魔界族の所へ行きましょう。ナルさんの魔法によって、おそらくはすぐに辿り着けます。
魔法というのは初めて見ましたが、まあ、私の『創造せよ、至高の晩餐』の足元にも及びません。
私とマグさん、ナルさんは禍々しい瘴気を放つ門の前に立ちます。おや、猪さんはいらっしゃらないのでしょうか。
そう思い、猪さんに手を振りますと、彼は首を横に振りました。
「俺、行かない。その門、絶対にやばい」
「まあ、私もそのような気が致しますけれども」
無理強いはさせられませんね。私は報酬のバーガーを彼に渡して、さようならを言いました。
また会うこともあるかもしれませんしね。そこまで悲壮的な気分とはなりません。
猪さんを見送ってから、我々は門を潜り抜けました。門を出ると、そこは空でした。
目の前には雲がふわふわしています。
「不運だ」
ナルさんの声と共に、私たちは地面へ向けて落下を開始しました。




