私にとっての不幸とは
「つまらないですね」
私の言葉を聞いて、マリアさんは大いに憤りました。顔を真っ赤に染めて、全力で私に怒りをぶつけてきます。
「つまらない、だと!?」
「貴女様はずっとそのままでいらっしゃるおつもりですか?」
「……」
「貴女様は幾ら周囲を愛そうとも、周りを不運にすると仰いました。愛する方や優しい方を不運にするのは不幸だと」
「そうだ。だから妾に関わるな」
「それだとずっと不幸のままですよ」
このままではずっと平行線でございましょう。ですから、私はここで仕掛けます。
「貴女様は私を不幸にしたいのですか?」
「そんな訳ないだろう。今までの会話をもう忘れたのか?」
「でしたら、貴女様は私と一緒に幸せになる必要がございます」
「話がまったくわからない」
ダメな方でございますね。言わなくともわかるでしょうに。
「私にとっての不幸とは、貴女様が不幸で居続けることでございます」
「なっ」
問答無用で、私はマリアさんを抱き締めました。彼女の体はとても優しい温もりを纏っておりました。
「……青方、いつもそんなことやってるの?」
マグさんが何やら仰っていますね。まあ、偶にはやります。私はプロマグナト店員なので。
マリアさんは顔を怒りではなく、羞恥から赤く染めていました。
「一緒に小さな幸せを見つけていきませんか?」
「そ、それはプロポーズか?」
「え? いいえ、お客様に対する誠意をーー」
乾いた音が発生致しました。発生源は私の可愛らしいぷにぷに頬っぺたでございます。どうやら頬っぺたを平手打ちされたようでございますね。
「そなた、最低だな。……で、でも、まあいい」
「え?」
「最低なそなたならば、不運に巻き込んでも良い、と言ったんだ。そなたのように、変な奴は初めてだ」
彼女は私の背中に腕を回しますと、ぎゅっと抱き締めてきました。そのまま上目遣いで私を眺めますと、少しだけ淀んだ瞳で私を見つめます。
「妾を離すなよ。地獄の底までついていくから」
「あ、あれー?」
何でしょうか。怖い、のですけれど。今、マリアさんは幸せになのでしょうか。
「妾と共に不運になろう」
「いえ、大丈夫でございますよ? 私もマグさんも、不運になど負けませんから」
「他の女の話はいい。妾はもうそなただけいればいい。小さな幸せを……見つけた」
結局のところ、マリアさんは人の温かさを求めていたようでございます。
傷付けられていたマグさん。
傷付けていたマリアさん。
真逆ではございましたが、彼女たちは似ています。私は二人ともに、幸せになって頂きたいですね。
「それよりも、マリアさん。そのですね。服を着てください」
「妾とそなたの間に、布切れなど不要だ」
「必要だと思いますけれども」
私の身体にやたらと触れてくるマリアさんから距離を取ろうともがいていると、鬼さんが口を開きました。
「おい、メルセルカ。お前は命の恩人だ。だから言ってやる」
「何でございましょうか?」
「その魔王を置いて、今すぐにここから逃げろ。俺の仲間がもうすぐここに来る」
「なるほど」
先ほどの槍の雨、あれは鬼さんのお仲間が投擲したのでございますね。あのタイミングは偶然で不運ではございましたが、必然であったということですか。
「わかりました。逃げます。ただし、マリアさんは置いていきません」
「……好きにしろ。俺たちでは、そいつはどうしようもない。わかっていたが、動かずにはいられなかった」
鬼さんの許しも得たので、私たちは歩き始めました。少し歩いていますと、思わぬ人物に遭遇致しました。
人というか、猪さんでございます。
「メルセルカ、助けてくれ」
猪さんは身体を槍によって縫い付けられておりました。幸い、槍は命中しておりません。
「おや、忘れていましたね。申し訳ありません」
猪さんの周囲の槍を引き抜こうと、手を掛けました。そうすると、チクリと棘が指に刺さりました。
思わず、手を引いてしまいます。
「青方、大丈夫?」
「ええ。ちょっと棘が刺さっただけでございますよ。随分と作りの荒い槍ですね」
私が指から棘を抜こうとすると、突然その指を取られました。マリアさんです。
「妾だ! 妾の所為だ。申し訳ない。そなたに怪我をさせてしまうなんて。責任を取る。今、吸い出す!」
「毒ではございませんので」
「妾の力の前には、それすらも致命傷だぞ」
私の指を口に入れようとしました。口に入れるのは、やめた方がよろしいですね。
口に入れていいのはマグナト商品だけでございます。
「青方。汚らわしい」
「メルセルカ、早く助けてくれ」
マリアさんには指を吸われそうになり、マグさんからは謎の罵倒を受け、猪さんからは助けを願われる。
この世界に来てから、私も随分と多くの人と接してきましたね。
マグナト異世界店の開店も目前でございますね。土地を買ったり、店を立てたり、制服を作ったりとすることはまだまだ沢山ですけれどもね。
しかし、ゆっくりとですが、しっかりと人々を幸せにできているのでしたら、マグナト店員としてはこれ程嬉しいことはございません。
「では、猪さんを助けましたら、魔界族さんの元へ行きましょうか」
幸せがいつか世界中に広がりますように。それはきっと傲慢で、綺麗事なのでございましょう。
ですが、世界に一人くらい、本気で夢物語を叶えようとする人間がいても良いではないですか。
昔、私はマグナトに救われました。ですから、今度は私の番でございます。
私たちは幸せを求めて、再び歩き始めました。




