貴女様は幸せですか?
鬼さんは弱っておりました。放っておけば、すぐに息をお引き取りになられることでしょう。
しかし、私はそのようなことは決して許しはしません。
『創造せよ、至高の晩餐』を起動して、バーガーを大量生産致します。空から降り注ぐ無数のバーガーの一つを手に取り、袋を開封しました。
開封と同時に溢れるのは、豊かな肉の香りでございます。袋を開けるだけで、鬼さんの身体が微かに震えました。
「鬼さん、どうぞ召し上がれ」
瀕死の鬼さんの口元へとバーガーを接近させます。彼は最早無意識の内に、バーガーに食らい付きました。
肉汁が彼の口元を汚します。
その汚れと比例して、傷はどんどん塞がっていきました。
「なっ! メルセルカ、そなたは一体何をした」
「魔王さん。貴女様は不運の魔王でしたよね」
「それがどうした?」
「だからですか? 貴女様の目には生気が感じられません」
初めて会った時から、薄々気が付いておりました。彼女はあまりにも、周りを気にしていませんでした。
どころか、御自分のことすら何とも思っていません。
平気で裸体は晒しますし、家が壊されても怒らない。鬼さんに殴られそうな時も、槍が降ってきた時も、一切避けようとさえしませんでした。
そうです。
彼女は麻痺しているのです。
彼女にとって、それが日常なのですから。不運であることが、失敗が、敗北が、痛みが、彼女にとっては当たり前なのです。
ですから、彼女の心は麻痺してしまった。
「マリアさん。貴女様は幸せですか?」
「……別に」
「でしたらば、マグナト店員として貴女様を見捨てられはしません」
マグナト店員は決して、お客様の幸せから逃げ出したりはしません。
それが私のプロとしての矜持でございます。
「だったら、どうする」
マリアさんは相変わらず無為な調子を崩しません。けれども、私はマグナト店員。
いつまでもそうしていられるとは思わないことですね。
生きていれば、辛いこともあります。いいえ、寧ろ辛いことの方が多いのでしょう。
ですが、辛いだけだといつまでも辛いままなのです。
人は辛いだけでは楽しくありません。
だったら、どうする。マリアさんはそう仰いました。返答は決まっております。
「貴女様を幸せにします」
「……は?」
「貴女様の不運など正面から全てぶち壊して、不幸から不を奪います」
「無理だ」
ふっ、と私は小さく笑みを浮かべます。無理、ですって?
随分とつまらないことを仰いましたね。
「否です。現に私たちは、貴女様の不運を全て叩き潰しています」
「戯言だ。妾の前では、全てが無意味だ」
「鬼さんは回復しましたよ」
「っ!」
「槍は私を貫いておりません」
私はゆっくりとマリアさんに近づいていきます。どのような不運にも、対応できるように。
地面が突如崩れましたが、マグナトバーガーを足場に踏み留まります。
空から降り注ぐ鳥の排泄物も避けます。
一歩ずつ確実に、私はマリアさんへと迫ります。
「来るな。何だ、そなたは。訳がわからない。妾を幸せにする? 綺麗事を言うな」
「汚いことを言うよりも、よっぽど素敵でしょう」
「寄るな。妾は不運の魔王だぞ。近づけば、不幸になるんだぞ」
マリアさんは本気で勘違いしていらっしゃるようでございます。
不運なことと不幸なことは、決して同義ではございません。
幸か不幸かを決めるのは、決して運などではございません。ましてや、ケターキー揚げ鳥のマスコットキャラ似の自称神などでもございません。
幸せかどうかを決めるのは、お客様自身なのでございます。
だからこそ、彼女の言うことは全部戯言と言っても良いでしょう。言い訳、と言い換えてもよろしいですね。
「来てください。『創造せよ、至高の晩餐』」
私は片手にマグナトホワイトエンジェル(牛乳などを使った柔らかなアイスクリームでございます)を召喚致します。
マリアさん。
貴女様に丁度良いメニューはこれでしょう。私は自信を持って、断言できました。
後はこれを彼女に食べさせるだけでございます。
「青方!」
あと少し。ですから私は少々油断しておりました。マグさんの呼び掛けで、ようやく気が付きます。
空から隕石が落ちてきていることに。
「ふ。所詮はそなたも不幸じゃないか。隕石に当たって死ぬとはな」
不幸、ですか?
そのようなことはありません。私は幸せでございます。
確かに、あの隕石は私ではどうしようもないでしょう。回避もできなければ、砕くこともできないでしょう。
そして、当たれば死ぬ。
ですが、私は幸せ者でございます。
何故ならば、
「マグさん」
「了解」
私は一人ではございませんので。
異世界補正があるとはいえ、ただのマグナト店員である私ですら、バーガーを食べれば壁を破壊できたのです。
つまり、魔界族である彼女がバーガーを食べればどうなるのでしょうか。
隕石に対して、マグさんの全力の攻撃が放たれます。鉄球と隕石が衝突して、どちらもが粉々に砕け散りました。
岩と鉄球が砕けたことにより生み出された粒子が、我々の頭上に降り注ぎます。
「ありえない」
マリアさんは驚愕で目を大きく見開いておりました。その隙に、私は彼女の元へ駆け寄ります。
「不運に甘えて、幸せから逃げないでください」
土を全力で踏み締めて、前へ行くエネルギーへと変換致します。
届く。
「これでも食らいやがれでございます!」
マグナトホワイトエンジェルが、彼女の顔面にクリーンヒット致しました。




