はぁ、不運だ
空間が震撼しました。
何が起きたのかすらも理解できずに、私はその場に蹲ります。
「な、何ですか。これは……」
「弱い生物は強者に対して、そういう感情を抱く。身体の芯を抜かれたようになる」
ふわぁ、とマリアさんは小さな欠伸を噛み殺します。その姿は強者にはとても見えません。しかし、魔王の名は伊達ではなかったようでございます。
この圧倒的なプレッシャーが、それを物語っておりました。
私の隣では、マグさんが猫耳を震えさせております。うわあ、かわいい。
猫アレルギーでなければ、撫でていましたね。シリアスムードを壊さずに済みました。
私の体質に感謝して欲しいですね。
「おい、メルセルカ。そなた、緊張感に欠けてないか?」
「え、そうですか?」
隣のマグさんに目を向けると、小さく頷かれてしまいました。
「魔王様。私たちを殺すつもりなのですか?」
「別に」
「え、では何ですか。このプレッシャーは」
「妾じゃないし」
億劫そうな様子で、彼女は私の背後を指差しました。そこにいたのは、鬼のような形相を浮かべた大男でございました。
「あ、あのぅ。どちら様ですか?」
「鬼だ。俺は鬼だ。わからないのか。鬼が」
「あ、鬼のような形相してますものね」
「鬼だと!? 失礼な奴だな。俺は天使のような顔だろう」
「いや、貴方様を天使と形容した方が失礼ではないかと」
「命が不要と見える」
鬼さんが一歩、前進して来ます。そうしますと、地面に巨大な穴が広がります。
かなりの重量級でございますね。
私でどうにかできますでしょうか。というよりも、どうして急に鬼さんが現れたのでしょうか。
「青方、下がって」
マグさんが私の前に出ます。何というか、良い方ですね、マグさん。良い子に育ってくれて嬉しいのですけれども、可愛らしい女の子(足枷付き)が鬼さんに立ち向かうのは絵面が良くありませんね。
「いいえ、その必要はございませんよ。マグさん、ここはーーマリアさんが戦います」
「うへえー、メルセルカ。そなた、見ず知らずの魔王に戦わせるつもりかよ」
「貴女様が一番強そうな気が致しますから」
「まあ? この鬼は元部下だし? 負けはないけど?」
一番強いというと、マリアさんは少しだけ嬉しそうな語調となりました。あ、単純なお方でございますね。
それよりも、一つ気になることを仰いましたね。元部下、とは何でしょうか。
「不運なことに謀反起こされてさー。ちょっと失敗しただけで、酷いよなぁ」
「謀反ですか。確かに酷いですね」
「まあ慣れてるからいいけど。八回目だし」
「それは貴女様に問題があるのでは?」
「かもね」
マリアさんが立ち上がります。彼女は自身の肉体をぱんぱんと叩き埃を落としますと、ゆっくりとした動作で鬼さんに近づきます。
「妾の力を目当てに近づいた寄生鬼。そなたの望んだものは得られたか?」
「お前の所為で、俺は全てを失った!」
鬼さんが怒号と共に駆け出します。私は咄嗟に『創造せよ、至高の晩餐』による盾を創造致します。
マグさんも彼女なりの防御姿勢を示しました。
だというのに、マリアさんは無防備なままでした。鬼さんの勢いの乗った一撃を平気で受け、そしてそのまま後方へと吹き飛びました。
「相変わらず、何という耐久力だ」
鬼さんの苦虫を噛み潰したような声での苦言。その苦言を証明するかのように、マリアさんは無傷でございました。
「本当についてないよ、そなた。妾の不運はーー移る」
マリアさんの溜息の後、上空から影が差しました。見上げてみると、空から槍が降ってきているではありませんか。
「なっ!」
「はぁ、不運だ」
不運なんていうレベルではございません。
私には最高の盾がございますから、どうにかなるでしょう。しかし、マグさんは無理です。
彼女の元へ走ろうとすると、地面が大きく揺れました。地震でございます。揺れが酷すぎて、立ち上がることもできません。
何とタイミングの悪い。
仕方がありません。では、このバーガーシールドを投げましょう。これでマグさんを守れます。
お客様も守れる、そうマグナトならねっ。
盾を投擲致します。
すると、鳥さんがやってきて、盾に命中しました。鳥さんは地面に墜落し、バーガーはそれを追いました。
何て運の悪い。
不運の魔王の名は伊達ではないようですね。
槍が飛来します。私は盾で防げますが、マグさんはそうもいきません。
私は悲鳴を上げてしまいました。
「問題ない」
マグさんは鉄球を頭上に掲げて、盾の代わりとしていました。けれども、鉄球は球です。
構造上、攻撃を防げるようにはできていないのです。
彼女の柔肌に、数本の槍が傷を付けていきます。血が舞い、マグさんが苦悶の表情を浮かべます。
「もう止めてください、マリアさん!」
「止められないな。妾はこの力を制御できない」
気怠げな様子で、マリアさんは地面に横たわっておりました。その身体には無数の槍が突き立っていますが、まったく問題にしておりませんでした。
反対に、あそこまで強そうだった鬼さんは、槍が身体に突き刺さり、動かなくなっていました。指が微かに動いているので、まだ生きているようです。
しかし、それも時間の問題でございましょう。
「妾に構わなかったら、死ななかっただろうに。妾を一人にしておけば、良かったのに」
「まだです」
「何だ?」
「私の『創造せよ、至高の晩餐』は、傷を完全に治療します」
無数の槍を受けて、鬼さんは弱っています。けれども、まだマグナト商品でしたら救えます。
「魔王さん、貴女様が幾ら不運だろうと、それがつまり不幸ということではございませんよ」
「何が言いたい?」
私は大量のマグナトバーガーを空から降らしながら、宣言致します。
「正直、状況に置いて行かれていますが、敢えて言いましょう」
「……」
「さあーー手始めに魔王を救いましょうか」




