俺は勇者だからね
バーガーを食して、周囲を見渡します。そうしますと、一人の女性が視界に入ってきました。
見覚えのある方でございます。
そう、彼女の名はジョアン。魔王である少女でございました。彼女の洗脳は強力です。
おそらく、この魔物の大群は、彼女が指揮しているのでございましょう。
厄介なことです。
「青方くん」
と、ミーアさんが声をかけてくださいました。彼女は軽い口調の中に、固い決意を秘めております。
「あの子は俺にやらせてくれないかい? ほら、だってさ。魔王退治は勇者の仕事だろう?」
「殺さないのならば、私は貴女様の考えを尊重しますよ。それに、リーダーは貴女様でございます」
「ありがとう。きみたちには感謝しても仕切れないよ。洗脳から解放して貰って、世界を幸せにする計画に関わらせてくれた」
だから、俺はきみたちに報いよう。そう呟き、彼女はスキルを発動なさいました。
「行くよ。『轟け、雷霆の跫音』」
速度を増す能力。
それは唇を動かす速度すらも加速させております。そして、高速の詠唱が行われます。
剣に炎の魔法が付与されます。指揮官であるジョアンさんの元へ、ミーアさんは一直線に駆けます。
「では、お邪魔な魔物さんは私たちが片付けましょうか」
ナルさんが魔法でミーアさんの道を開きます。その道を私とマグさんが死守致します。
指揮官であるミーアさんが動いたことにより、冒険者の皆様が動き出しました。
戦争が開始されました。
「覚悟しなよ、ジョアン!」
「ちっ! しつこい女じゃんか」
ミーアさんの剣が瞬きます。ジョアンさんは近くの魔物に命令を出し、盾にします。ミーアさんは魔物を斬り殺さないように切っ先を素早くズラします。
「不殺のつもり? はっ! ジョアン・キリーも舐められたもんじゃんか」
宣言と共に、ジョアンさんが指を鳴らします。直後、彼女の洗脳のスキルが起動されました。
ミーアさんが、ジョアンさんの間合いで棒立ちになります。目は虚ろ。
洗脳された証拠でございますよ。
「死ね! 偽勇者!」
魔王の肉体はそれそのものが凶器。鋭い爪による、ミーアさんの心臓を狙った突き。
「死なないさ」
しかし、ジョアンさんの攻撃は紙一重で避けられておりました。
ミーアさんが歯を見せて笑います。その口の中には、まだ食べきっていないバーガーの一部が存在しました。
おそらく、洗脳されたと同時に飲み込んだのでしょう。それによって、洗脳を無効化したのです。
「俺は勇者だからね」
光速の斬撃が迸りました。その斬撃は容易ジョアンさんの服を斬り裂き、柔肌を晒させました。
「きみも、見た目だけは美しいレディだ。だから!」
両者がすれ違います。
交差の瞬間、ミーアさんはジョアンさんの首筋に、柄頭を叩きつけておりました。ジョアンさんが、その場に気絶なさいます。
「柄頭打ちで許して上げよう」
ジョアンさんが倒れたことにより、魔物さんたちの連携が崩れていきます。冒険者さん側も、押していますね。
ルインレイズの方々も、まだ残っています。
それにしても、どうしてここにジョアンさんがいたのでしょうか。もしや、彼女も世界を救う為に動いていたのでしょうか。
その辺りは、彼女のみ知るのでございましょうね。
彼女が敵を減らしてくださったお陰で、戦場にいらっしゃる方々がよく見えます。
故に、私の瞳にまた新たな女性が映りました。
見たことはございませんが、一目見て確信しました。彼女こそが、もう一柱の神でございましょう。
美しい黄金の髪は地面に着きそうなくらい長いです。その顔の造形は正しく神秘的であり、神々しさに包まれております。
一目見ただけでわかる程の美貌と力を保有しています。
私は悟りました。
彼女には、勝てない、と。それ程までの格の差が、私ともう一柱の神様の間にはございました。
それでも、戦わない訳には参りません。我々が諦めてしまえば、その先には滅びしかありませんから。
「全軍、敵大将へ向けて突撃!」
ミーアさんの号令で、軍が一つの生物のように動き出しました。
矢や魔法が、神の元へと飛んでいきます。
しかし、その攻撃に対して、神様はただ掌を払う動作を行っただけでした。それだけで、攻撃の全てが弾かれます。
「周囲の邪魔者を退かせ。大将は俺たちが相手取る!」
冒険者さんたちは突撃を繰り返しますが、どうにも攻め切れておりません。向こうの神様が、介入してくるからでございます。
一般兵の壁が突破できません。
このままではジリジリと敗北に近付いて行くだけでございます。
額から汗が噴き出てきました。
早く。早く、神様の元へ行かねば。
「ユグドラ様に近づかせるなあ!」
何処か陶酔するかのように、ルインレイズの方々は防衛戦に徹します。
「君次! このままでは!」
確実に、死者が……出る。
「仕方がありませんね!」
一か八かの特攻をかけようかと、私は足に力を溜め込みました。しかし、それは不要のものとなりました。
そう、
「ここは任せてよ!」
聞いたことのある声。元気な、まだまだ幼さの残る声。
現れたのは、巨大なゴーレムに騎乗したレイアくんでございました。
彼の背後には、大勢の魔界族の方々もいらっしゃいました。
「我らは貴方に危機が訪れれば駆け付ける。そう約束していたからな」
仰るのは、元リーダーの方でございました。
「ここは我ら魔界族とゴーレムがお相手しよう!」
ゴーレムさんがその巨大で無骨な腕を振るいます。たったの一薙ぎで、人がおもちゃのように吹き飛びました。
多数の魔界族さんたちが、兵士さんたちと打ち合います。
「貴方様方は、何処から!?」
「あたしが連れてきた。ふふ、実に愉快だよ」
「貴女様は聖さん!」
「ああ。そうさ。きみがとうとう最終決戦に挑んだと耳にしてね。目立つきみのお友達を連れてきたんだよ」
私はギルドで名を上げましたからね。私が今まで何処で何をやってきたのかは、ある程度流れてしまっています。
だからと言って、この場面でレイアくんたちを連れて来てくださるとは思いませんでしたがね。
「道はあたしたちが切り拓く。後は任せるよ」
聖さんが多量の硬貨を召喚なさいました。そして、彼女は手を振り上げます。
その動きに呼応して、無数の硬貨が浮かび上がりました。
「これがあたしのスキルが兵器となった理由だよ。さあ、行こうか。『虚飾の硬貨群』」
多量の硬貨が弾丸のように射出されていきました。その硬貨たちは的確に、ルインレイズの兵士さんたちの肩などを撃ち抜いて行きました。
道が、神様への道が見えました。
私たちは一心不乱に、そこへと飛び込みました。




