常識はある方なので
私たちが号泣し合っていますと、森の奥から爆音が響きます。暴走族さんがいらっしゃったのかと、刹那の間、ドキリと致しました。
ですけれども、ここは異世界でございます。暴走族さんとはもうおさらばでございますよ。では、森の奥から掻き鳴らされる爆音の正体は如何に。
問うてみると、答えがいらっしゃいました。
猪さんでした。
「この匂い! お前か」
「おや、お久しぶりでございますね。どうかなさったので?」
「それが欲しい」
ここにもバーガー中毒のお方が一人。一人、というカウントをしても良いのか判断致しかねますね。
この世界には普通の人間だけではなく、可愛らしい容姿を持つ魔界族がいらっしゃいます。
また、魔物さんもお客様たり得ます。
人と括るのは難しいですね。それではこうしましょうか。
柱と数えましょう。
我ながら名案でございますね。
日本にいた時になぜ思いつかなかったのでしょうか。愚かしい過去の私、メッ! でございますよ。
さて、ではお客様のお話に戻りましょう。猪さんです。
「無償で差し上げるのも吝かではございませんけれども、そうでございますねえ」
「何だ?」
「魔界族の住居に案内して貰えませんか?」
猪さんは私の隣で泣いているマグさんを見て、事情を把握したようでございます。
「メルセルカ、どうして魔界族を連れている?」
「何となく、ですかね。私、日本人としての常識はある方なので」
泣きそうな少女を見て、見捨てることなどできはしません。
「日本人?」
「あ、いえ。何でもございません」
故郷のことを誰も知らないというのは、中々寂しいことですね。マグナトがないことの方が大問題ではありますけれど。
「で、どうなさいますか?」
「いいだろう。背中に乗れ」
ありがとうございます、と感謝の言葉とバーガーを差し上げます。
遠慮なく、背中に乗せて頂きます。
「では、出発でございます!」
「ま、待って。置いていかないで」
マグさんが悲痛な声で懇願なさいます。最初から置いていく気などありませんでした。
「二人乗りと行きましょう。私、憧れていたんですよね」
マグさんが私の背中に密着するように誘導します。遠慮した様子で、彼女は猪さんの背に乗りました。ギュッと私にしがみついてきます。
直後にアレルギー反応。
「あ、やはり少し離れてください」
「ひどい」
アレルギーばかりはどうしようもありませんからね。私は悲しみを紛らわせる為に、ミニ揚げ鳥を口にしました。
そうすると、体がすぅーっと楽になったではありませんか。
マグナト凄い。
アレルギーが少しだけマシになりました。まだ鼻はムズムズ致しますが、耐えられない範囲ではございません。
しかし、この効能。アヤシイオクスリでも入っているのでしょうか。
マグナト商品にはあり得ませんけれども、『創造せよ、至高の晩餐』は未だに謎に包まれたスキルです。
何があっても不思議ではございません。
ともあれ、無事に魔界族の住居に辿り着くことができそうで幸いですね。
猪さんに乗って進みます。けれども、魔界族の住居は近くにはないようです。猪さんは速いですけれども、到着には最低でも四日は必要なようでございますね。
海外のぼったくりタクシールールでなければよいのですが。
敢えて遠回りをするなんていけない方々ですね。マグナトならば、即座に商品を出しますというのに。更に、我が『創造せよ、至高の晩餐』ならば、もっと早くお客様にバーガーをお出しできます。
私、進化が止まりません。
「少し。休ませてくれ」
「向こうに廃墟が見えますね。あそこで一旦休憩しましょうか」
「わかった」
私はマグナトと同様、ブラックではございません。いくら魔物といえども生物でございますから、休息は不可欠です。
都合よく廃墟がありますので、私とマグさんも休めます。猪さんの乗り心地は悪かったので、臀部に痛みを感じます。
「廃墟ですから、勝手に入っても。いや、犯罪ですかねぇ。いざとなったら、バーガーや揚げ芋で懐柔しましょう」
そうです。マグナトこそが法律なのでございますよ。
「お邪魔しまーす、でございますよ」
「入ってまぁーす」
「おや、これは失礼しました」
中に人がいたようです。
「青方、お尻。痛い」
「ですね。やはり、少しだけ休ませて貰えるようにお願いしますか」
軽くノックします。そうしますと、老朽化したドアは容易く崩壊してしまいました。
まあ、私は壁も素手で破壊できるので、今さら驚きません。
「ま、ままマグさんっ! どどどどうしましょう」
ですから、この動揺している男は私ではございません。私の裏の人格、バーナードさんが動揺しているのでございます。
全国のバーナードさんは私に謝罪して欲しいものです。
「青方、見て」
「ふむふむ」
ドアを壊した先には、一人の少女がいました。
ふかふかのソファに寝転んで、お尻を丸出しにしています。痒いのか、自身の臀部をボリボリと無遠慮に掻いていました。
寝癖も酷く、爆撃されたようでございます。
ですが、そのようなことは些事ごとでございました。何よりも目を引くのは、彼女の着ている洋服です。
あれはーー
「マグナトの制服! もしや、貴女が泥棒さんでございますか!」
「うへぇー、マジっすか」
「うへぇー、マジっすかではありません。その服を何処で手に入れたのですか」
「買った」
「本当ですか?」
マグナトの制服を着崩した(許容できませんね)少女は、自身のお尻を掻きながら宣言なさいます。
「本当、本当。本当、ついてないなぁー」
「ちなみに、貴女様は何方でございますか?」
「ああ、妾? 魔王だよ、魔王。第七魔王……不運のマリア」
第七魔王降臨、でございました。まだレベル上げていないのですが。




