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御注文を

 わたくし青方あおかた君次きみつぐは誠に光栄なことに、世界で最も有名なチェーン店、マグトナルトの店員を務めさせていただいております。


 マグトナルトを知らぬお方は、この世におりません。仮にいるとしたら、そのお方はあまりにも不憫で、私は思わず涙してしまうことでしょう。

 今、ふとそのような可能性を思考に入れただけで、現に私の眼からは水分が溢れてしまいました。


 いや、ですが、そうですね。この世界は意外と不穏なものでございます。今もどこかで苦しいんでいる方がいらっしゃる。

 戦争、貧困ーー飢え。


 先程はマグトナルトを知らぬ者などいないと申しましたが、それはあくまで日本人ならば、という枕が付きます。 

 マグトナルトを知らない方は、おそらくたくさんいらっしゃいます。私はそのことが嫌で仕方ありません。

 食事はみんなで、楽しく。

 そのような私にとって途方もなく簡単なことができずにいる方がいらっしゃるのだから、この世界は罪深い。


 それに反して、私は何と恵まれているのでしょうか。

 名誉あるマグトナルトの店員となれたとき、私は嬉し過ぎて無意識の内に学校を辞めておりました。お父様とお母様は、感動でおいおいと泣いておりました。


 私は、幸せです。

 大好きなマグナト(マグトナルト)のバーガーに囲まれて、お客様に笑顔を振りまく。あぁ、何と素敵なお仕事でしょうか。


「ぁ、いらっしゃいませ!」


 などと言っていますと、お客様がいらっしゃいました。私は元気に挨拶を返して、お客様の注文をお伺いします。


 ちなみに、私の密やかな楽しみなのですが、お客様が選ぶ商品を当てるゲームをよくします。

 お客様の好みをいち早く悟るのも、マグナト店員の勤めなのでございます。


 さて、お客様は何を注文なさるのか。

 私は少々失礼とは存じつつも、お客様の容貌に注視させていただきます。無論、私はプロマグナト店員ですので、お客様に不愉快な思いはさせません。

 ゼロ円スマイル(価値がない笑顔という意味ではない)を浮かべます。


「御注文をーー」


 一瞬、言葉が詰まりました。それも致し方ありません。

 お客様の風貌があまりにも、特殊だったからです。真っ黒なストッキングを頭に被り、全身を黒いパーカーで覆っております。ストッキングの上にはサングラス、手には玩具でしょうか? 銃が握られております。

 銃? マグナトの幸せ包み(子供に大人気のメニューで、ハンバーガーとマグナト揚げ芋、ドリンクとそして何より玩具がついてくるセットメニュー)には、玩具の銃などありませんでしたが。


「注文? そんなんどうでもいい! 金を出せ!」

「お客様申し訳ございません。当店には金というメニューは存在致しません」

「舐めてるのか! 俺は薬買うのに、金がいるんだよ。早く寄越せ」

「ご一緒に揚げ芋など如何でしょうか?」

「ふざけるな!」


 パンッ、という乾いた音が鳴り響いた。その音は遺憾ながらも、私の接客時の声よりも大きかったのでございます。轟音によって、お客様方が逃げ去ります。

 そして、私が次に知覚しましたのが、マグナトのハンバーガーの匂いを消してしまうほどの硝煙の臭い。


 何よりも目立つのは、私が吹き出した多量の血液でございましょう。

 そう、あれは玩具ではなかったのです。あれは本物の銃であり、この男はお客様などではなく強盗さんでした。


 気が付いた時には、時既に遅し。

 発砲された後だったのです。すぅーっと意識が遠のき、私はこの世界とお別れ致しました。




「おお、マグナト店員よ。死んでしまうとは情けない」


 意識を取り戻した私は、病院ではなく謎の空間に連れ去られておりました。このおじさんは誰でしょうか。

 我がライバル店、ケターキー揚げ鳥のマスコットキャラクターに似ている顔立ちなので、多少イラつきますね。握り締めた掌からは血液が滴ります。


「親の仇を見るような目を止めろ。儂はな、神じゃ」

「私の神はお客様ただ一人! 貴方はどちら様ですか? カラーボールを投げますよ」

「偏った宗教観じゃな。これだから日本人は嫌いじゃ。日本語は難しいしな。この前コンビニで菓子パンを買ったのじゃがな、袋に何と書いてあったと思う?」

「手作り風?」

「そう! なんじゃ、手作り、風って。ただ作りが荒いことに保険をかけているだけじゃろう」

「その点、マグナトは素晴らしいです。そのような逃げには走っておりませんし、美味しいですからね」

「うむ」


 私とこのケターキー揚げ鳥おじさんは意気投合致しました。しかし、ケターキー顏とは何と酷なことなのでしょうか。おお、お客様よ。どうかこのお方に救いを。


 整形って何バーガーくらいするのでしょうか。


「さて、じゃ。儂はお主を転生させようと思っている。どうじゃ?」

「よくわかりませんが、マグナトバーガーが食せるのならば、それでいいです」

「それは……まあ、拒否権はどうせない。行ってこい」


 再び意識が消滅します。私の全身を温かな感触が包み込みます。バーガーを包む紙袋のような優しさに、私の意識も思考も微睡んでしまいました。


「おや」


 目を開くと、そこは何の変哲も無いでした。ここはどこ? 私はマグナト店員。


 まったく知らない場所に来てしまいました。流石のマグナトの完璧なマニュアルにも、森に突然やってきたときの対処法は載っておりませんでしたから、私では判断致しかねます。


 取り敢えず、ここにいてもマグナトは見つからないので、街を探して歩きましょう。遭難したときは動かないのが定石とはよく言いますけれど、私がマグナトで鍛え抜いた嗅覚に間違いはございません。


 暫く森の悪い足場を通っていますと、私の全身が異変を察知しました。


「メルセルカ、俺、食う」

「メルセルカ? それは何ですか?」


 私の前に現れたのは、巨大な猪でした。それも喋る猪でございます。


「メルセルカ、食う」

「私はメルセルカではございませんし、マグナトにもそのような商品はございませんけれど」


 もしよろしければ、ご一緒に揚げ芋など如何でしょうか。そう口に仕掛けて、私は思い出しました。

 このお方、強盗さんと同じだ。


 慌てて、私は猪さんに背を向けて走り出します。けれども、流石は猪さん。

 私にあっという間に追いつきます。


 マグナト店員が逃げてどうしますか。私は振り向き、猪さんと対峙します。

 瞬間ーー私の体は空を舞っておりました。


 胴に二つの穴が開いていました。

 血液が盛大に溢れ出しました。食いしばった歯の間からも、どろりだらりと血液が漏れます。


 あぁ、私は死ぬのでしょうか。このような訳のわからない状態で、マグナト店員としてではなく、ただの人間として。


 嫌だ。そんなのは嫌だ。

 私はもっとしたいことがあります。もっとマグナトの商品を食べたいのです。だというのに、こんな、こんな死に方は……。


「嫌だ。嫌、だ」

「諦めろ」


 せめて死ぬ前にもう一度。ハンバーガーを食べたかった。


 諦めかけた私を咎めるかのように、私の手にはマグナトバーガーが顕現されました。

 私は己の願いを叶える為に、ハンバーガーに食らい付きます。口中に肉汁が溢れ出しました。口内の血液すらも肉汁に洗い流され、ただの美味がそこには存在しています。


 ハンバーガーを食した瞬間、私の脳内には革命が生じておりました。

 身体は軽くなり、思考はクリアになりました。そして、私にできることも理解できました。

 立ち上がり、眼前の敵を見下ろします。


「マグナトは私を見限らなかったようですね。さて……準備はよろしいですか? お客様(・・・)


 やるべきことはハンバーガーが教えてくれた。ならば、私は戦いましょう。

 この世の為に、全てを尽くしましょう。まずは手始めに、敵を救いましょうか。

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