第六話 正体
ウェルプス本隊の戦い方は街の前で遭った奴らと基本一緒だった。違うのは一人一人の練度と飛び道具があることだろう。近接武器を持った山賊たちの後ろから弓を構えた山賊が私とリーネを狙い打ってくる。
この攻撃に対して私は片手の血剣で矢を弾いて対応した。リーネの方はその小さな体をいかし山賊たちの中に潜り込むことで矢を打たせないようにしてる。
山賊たちは俊敏に自分達の足下を駆け回るリーネに手を焼いている。白髪もあいあまってまるで白い子犬のようだ。そしてその子犬は鋭い牙を持ち、隙を見せると足に噛みついてくる。
「たった二人で何が出来るってんだ!!」
剣を構えた頬に傷がある男が威勢よく切りかかってくる。しかしいいのは威勢だけで技術のほうはまだまだだった。
「お前を倒すことくらいは容易いな」
前回と違い悠長に手足の腱だけ切りつけるなどという真似をしている暇はない。なので腕と足を切り裂きトドメに腹を勢いよく踏みつけておく。これで気絶しなかったとしても痛みでまともに動けないだろう。
「ハアッ!!」
私が男の腹から足を離した瞬間横からハルバードが勢いよく迫ってきた。片足を浮かせているので攻撃を防いだとしても遠くまで吹き飛ばされるだろう。そうなるとリーネが心配だ。嗟に私は左手の血剣を地面に刺し右手の血剣でハルバードを止める。
ガキンッ!! 金属同士が当たったような硬質の音が響く。ハルバードは私が想像していたよりも力が込められていたようで、直角に地面に刺した血剣が少し傾いた。しかしそれだけだ。
「フンッ!」
地面から抜いた左手の血剣でハルバード使いを牽制する。その間に崩れた体勢をもとに戻す。ハルバード使いは他の山賊よりも重装備だ。体は革で出来た全身鎧で覆われており顔も兜で隠されている。
「セイッ!!」
兜のせいでくぐもって聞こえる掛け声に続いて明らかに他の山賊よりも鋭い攻撃が襲いかかる。だが私に届くまでには至らなかった。血剣で相手の胴体を薙ぐようにするとハルバード使いは自らの得物の柄でその攻撃を防いだ。続いて左手の血剣を兜を狙いつきだす。それをのけ反ってかわすハルバード使い。しかしその行動のせいで体勢が崩れる。
「足下がお留守だぞ」
胴体に頭と、上に注意が行っているところに足払いをかける。この攻撃は面白いように決まりハルバード使いは九十度近く横に回転する。
「吹き飛べ」
地面に対して平行に浮いてるハルバード使いのその胴体に私は回転蹴りを叩き込む。回転で得られた遠心力が全て威力に追加されたそれは重装備のハルバード使いを容易く吹き飛ばす。その勢いは後ろにいた他の山賊たちを巻き込みそれでも止まらず、そこから十メートルほど進んでようやく動きを止めた。
「そんな!?」
やはり今のハルバード使いはこの中ではかなり上に位置する実力者だったようで山賊たちに動揺が広がる。しかし部下が弱気になったのを素早く察したのかボスから新たな指示が出る。
「槍持ちで囲んで突き殺せ! リーチだったらあいつの武器は槍に敵わない!!」
ボスに指示を出された山賊たちは素早く反応する。やはり個人としてはまだまだが集団としては中々統制が取れている。
直ぐに私を槍を持った山賊が囲む。ボスが言うとおり私の血剣では槍のリーチには敵わない。一対一なら容易くその差を埋めれるがこの人数差では難しい。
「構えろ!」
槍持ちの一人が叫ぶ。その指示に合わせて他の山賊が槍を構える。
「突!?」
「切り裂け《血閃》」
私が指示を出していた山賊に向けて血剣を振るう。すると血剣から赤い衝撃波が出る。衝撃波は私が血剣を振った方向にそのまま進む。血閃の進行方向にいた山賊たちは慌てて避けようとするが遅い。全員胸を真一文字に切られる。槍の柄で防ごうとした奴は槍も合わせて切られていた。
これを数回繰り返すと私を囲んでいた山賊は全員地に伏していた。一応手加減したから死人は出ないはずだ。
「さあ次はお前の番だ」
私は血剣をボスに向ける。リーネの方も見てみたが残すところ数人でやられる心配はないだろう。それに的確な指示を出すこの男を残しておく方が心配だ。まだ隠し玉がないとは限らない。
「俺を他の奴等と同じだと思うなよ!!」
ボスはそう叫び腰から二本目の剣を抜こうとする。しかしその剣が抜かれる前に一歩強く踏み込む。そしてその一歩で私はボスの目の前まで来ていた。
「なっ!?」
ボスが驚いてなにか言おうとするがそんなのものを聞く義理はない。踏み込んだ勢いそのままに血剣を構え――
「同じだよ。お前も他の山賊たちも......そして私も。全員ただの人殺しだ」
ボスの胸を血剣がクロスするように切り裂く。胸に十字の傷を負ったボスはその場に倒れ付した。案外あっけがなかったな。買い被っていたか?
「さてリーネの方はどうなっ!?」
私が振り返った瞬間その殺気は現れた。さっきまで戦っていた山賊たちとは比べるまでもない殺気の量。なぜ今まで気づかなかったのか疑問に思いそして理解する。周囲の血の臭いや他の敵意に隠れてここまで接近してきたのだろう。しかし流石に振り返られて直接見られたらバレる。だから強い殺気を出すことで逆に萎縮させ隙を作ろうという考えだろう。
考え方自体はいい。だが残念ながら、
「まだまだ甘いぞリーネ」
私との距離彼女の歩幅にして僅か一歩というところでリーネの頭を押さえて動きを止める。続いてその手からナイフを取る。ナイフを取られた後もいつもの如く無表情無感情の顔で私を見ていたが、諦めたのか押さえていた頭から力がなくなる。その代わり手を差し出してきたのでその手のひらにナイフを置こうとした瞬間――グサッ、という音とともに私の胸から剣が生えてきた。私の目の前にいたリーネの顔が私の血で彩られた。
「なに!? まだ残ってたのか? いやそれよりもこの剣の材質は」
「へっなんだか知らねーが仲間割れか? まあいい。察しがいいな吸血鬼。お前が思ってるとおりこの剣は銀で出来てる。吸血鬼のお前の弱点の銀でな」
耳元から予想外の声で返事があった。後ろ蹴りをしながら振り返るとさっき倒したと思ったボスがごく普通に立っていた。ボスは私の蹴りを一歩飛び去ってよけた。
「いいこと教えてやるよ。山賊ってのは奪ってなんぼじゃねえ。生きてなんぼだ。だから俺くらいになるとなんらか保険をかけておくんだよ」
そういってボスが何か小瓶を振る。おそらくポーション。それも一瞬で傷が回復するかなり値段がはるやつだ。
「最も流石にもう隠し玉はないがな。まあその様子じゃ必要ないか。なんせ銀製の剣で胸を貫かれたんだ。すぐに会話も出来なくなる」
ボスが言うとおり吸血鬼に銀は致命傷だ。触れただけで火傷をする。いわんや今の私はそれで胸を刺貫かれたのだ。どうなるかは推して知るべきだろう。.......そう私が吸血鬼、だったら。
「血閃」
血剣はリーネを止めるため解除してしまったので手首の傷から直接飛ばす。
「ぐはっ!!」
もう私が録に動けないと甘く見ていたのかあっさりその攻撃をくらい手足を切断されるボス。傷口から出る血はほおって置くと死ぬので塞いでおいてやる。
「三つ修正してやろう。一つ、私にとって銀製の武器は致命傷にはなり得ない。二つ、私が先程から使っているのは操血ではなく《解血》だ。そして三つ、私は吸血鬼ではなく吸血鬼王だ」
吸血鬼王とは吸血鬼の上位種だ。吸血鬼には存在した弱点がなくなりまた自分自身の血しか操れない操血は、視界に入っていれば他人の血でも操れる解血になる。捕らえた獲物の血抜きはこの力を使っていた。あらゆる面において吸血鬼の上を行く、それが吸血鬼王だ。だがそうだとしても、
「これは少々血を失い過ぎたな。血錠を飲んだ方がいいかもな」
血剣を二振り血閃を数回止めに胸の傷だ。致命傷には程遠いがこのまま放置していたら意識を失うだろう。
そう思い動き出そうとした私の視界の端を何かが横切った。何かは私の目の前まで来た。
「リーネか。確かに今はチャンスだな。もしかしたら殺せるかもしれんぞ?」
事実もしリーネが本気で私の命を取りに来たら負けるかもしれない。可能性は低いがそれくらい私は弱っていたし、同時にそれだけリーネは強くなっていた。そう全てはただこの瞬間――私を殺すためだけに鍛えた力だ。
私のその言葉に反応したのかリーネが顔をあげた。そして両手に持ったナイフで――
「なっ!?」
リーネはナイフで私の胸を刺すことはしなかった。かわりにナイフを捨てた両手を精一杯伸ばし彼女からしたら高い位置にある私の胸の傷を押さえた。まるでそこから流れ出る血を止めようとするかのように。
「何を.....している。私を殺す絶好のチャンスなんだぞ」
傷を手で押さえようとして自然と上がるリーネの顔。私は普段は無表情無感情のその目に、ある感情を見た。
それは私が期待した憎しみでも怒りでもなかった。その目に浮かぶのは大事な人を失うことへの恐怖、そして悲しみだった。なぜ断言出来るのか、簡単だ。私が彼女のこの目を見るのは二度目だからだ。
彼女の目に込められた感情を理解した瞬間、あの日の記憶がフラッシュバックする。
血塗れで床に倒れている男女。その男女の側で呆然と佇む少女。その目に浮かぶのは恐怖と悲しみ。そして少女が誰かを見る。目に込められている感情は怒りと憎しみになっていた。見られてるのは誰だ?――私だ。
その後のことはよく覚えてない。ただこの場から離れようと森の奥に向かったことは覚えている。
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