最終話 誓約
ついに最終話
私が理性を取り戻すと全てが終わった後だった。エルシャとダイスは死んでおりリーネは叫んだと思ったら唐突に倒れた。理性をなくしている間の記憶はちゃんとある。
そしてその記憶が私を責める。私のせいだ。私が傷薬を取りに戻らなければ、私が今日が日蝕だと知っていれば、私が直ぐにこの家を出ていれば、私が怪我をしなければ、私が襲われなければ、私が吸血鬼王じゃなかったら、そもそも私が.......生まれていなかったら。
そこまで考えたとき私は自然に包丁を手に持っていた。これで自らを滅多刺しにしよう。そうすれば死ねるはずだ。死ぬまでに何回も刺さねばならないだろう。しかしそれくらい私がしたことと比べれば軽すぎる。せめて死んで償おう。それに.....生きてる限りこの胸の痛みから逃れられないなら死んで楽になりたい。
私は包丁を心臓の真上に置いて胸を刺そうとした。しかし腕に力を込める直前啜り泣きが聞こえた。リーネだ。意識を取り戻したわけではない。気を失ったまま泣いていた。
ようやく私は一つの事実に思い至る。リーネは、リーネはどうなる?両親ともに私が殺してしまったリーネは?この世界はたかが四歳程の少女が一人で生きていけるほど甘くはない。この家族は理由は知らないが外界とは完全に接触を絶っている。ここでリーネが一人になっても誰も気づかないだろう。
ではどうすればいい?ここにいるのは私とリーネだけ。私が育てるのか?両親を殺しておいてその子供を育てるの?わからない。どうすればいいのか、わからない。
私は答えが出ないままエルシャとダイスの墓を作り弔った。あの二人は私なんかに弔ってほしくないだろうがやらずにはいられなかった。
一週間経った。リーネはまだ目を覚まさない。だが一つ変化があった。リーネの美しい金色の髪の毛が根元から白色になっていったのだ。まだ大半は金色のままだがこのままいったら全てが白に染まるだろう。理由はわからない。精神的ショックが大きすぎたからかもしれない。栄養は解血を応用して補給している。
リーネが目を覚ましたのは倒れてから1ヶ月後だった。1ヶ月ぶりに見たリーネの目は赤くなっていた。目の毛細血管が破裂してそのまま色が定着したのかもしれない。そして、そしてあのリーネの顔から.......表情が消えた。
リーネの顔には何も浮かんでいなかった。親を亡くした悲しみも私への憎しみも。しかしそれはリーネが私を認識するまでだ。私を見つけたリーネは鬼のような形相になった。そして次の瞬間糸が切れたようにベッドに倒れた。それは一瞬のことだったがその顔を見た瞬間私はある事実を確信した。
この子は死ぬ気だ。もし私を殺すことが出来ないと知ったらこの子は絶望して死ぬだろう、そして私を殺しても自らを命を断つだろう、と。
その時点で私はある決意をしていた。リーネは幸い一時間程で再び起き上がった。今度は私の顔を見ても表情を変えなかった。そんなリーネに私はある提案をする。
「リーネ、君は私を殺して両親の仇を討ちたいだろう。だが今のままではそれは不可能だ。そこで提案だが私が君を鍛えよう。君が私を殺せるようになるまで」
私としては本気の提案だ。私は全力でリーネが私を殺せるくらい強くする。その時リーネが何を考えていたのか分からないが、果たして彼女は頷いた。
その瞬間から私の贖罪の、リーネの復讐の旅は始まった。
◇◇◇
幕が下がるようにあの日の光景が下がっていき私は目を覚ました。明るい。どうやら一晩気絶していたらしい。あたりを見回すと木しかない。どうやら私は今木に背中を預けているようだ。
山賊たち――ウェルプスの姿が見えないからあそこから移動したのだろう。記憶をたどるとかすかに、フラフラになりながらここまできた記憶があった。
そこでようやくリーネの姿が見えないことに気付き慌てて体を起こす。しかし胸に何かが乗っていて起き上がれない。もしやと思い首を下に向けると果たしてそこにリーネはいた。胸の傷を塞ごうとしたのかその手は私の胸の上にある。血は既に止まっている。
親の仇であるはずの私が死なないように血を止めようとした。意識してではない、寧ろ勝手に体が動いたのだろう。この子の本能に従って。たとえ親の仇でさえ傷つくのを嫌う。それがこの子の本来の性なのだろう。それだけ優しい性の子が復讐を生き甲斐にする。それだけのことを私はしたのだ。
彼女の髪の毛は私の血がついたせいで見るも無惨になっている。あれから三年。彼女の髪は未だにあのころの輝きを取り戻してはいない。取り戻せるかどうかも不明だ。
取り敢えず失った血を補給するため懐から血錠を取り出して数個口に放り込む。ボリボリと血錠を噛むと血が戻るのを感じた。
早くこの場から離れるか。ウェルプスがあれだけとは限らない。まあここで気絶していても死んでないことを考えるとその可能性は低いだろうが警戒するに越したことはない。
未だに寝ているリーネを背負う。胸に置かれた手を離すときに乾いた血が剥がれてバリバリと音がした。村や街に入る前に血を洗い流さなければ。解血でも染みになったから落とすことは出来ない。当面の目標を川探しに決定して私は森の中、リーネを背負い歩き始めた。歩きながら先程の夢もあり昔のことを思い出す。
あの日私は二つの誓いを立てた。一つは二度と人の血を吸わないこと。血錠は人間の血の代わりだ。どんなメカニズムになっているのかわからないがあれを服用すれば人間の血の代わりになる。衝動に襲われることもない。そして二つ目は....
――私は絶対に死なない。彼女が私を殺すまで――
リーネの髪の毛に当たった朝日が一瞬金色に反射する。しかしそれを見た者は誰もいなかった。
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