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第十話 追憶4―怪我

「たっだいまー!」

「お帰りなさい」

「あのねママ! 今日クマさんを見たの!!」

「まあクマさん?」



 肩車したままではドアを潜れないので下りてもらう。先にリーネが入った家の中から二人の会話が聞こえた。特に怪我はなかったが報告しておいたほうがいいだろう。



「ああ。詳しく話そう」



 私は薬草をリーネと探しに行ってそこで赤熊と遭遇したことを話した。その後赤熊を私が倒しリーネにはそれを寝ていると説明したことまで。


......ただ赤熊が襲ってきた原因が私にあることだけは話せなかった。それを話すということは自身が吸血鬼王(バンパイアロード)であることも説明せねばならない。それによってこの心優しい夫婦が豹変するのが恐かったのだ。そんなエゴ極まりない理由で私は話さなかった。



「ありがとうございます。リーネを助けていただいて」

「いや。私も死にかけたところをあの子に助けられた。これでおあいこになっただけのこと。そんな気にせんでくれ。それに私は居候させてもらっているしな」



 それでもまだお礼を言おうとするのを私は止めた。私が原因で襲われたリーネを、私が助けて感謝されている。完全にマッチポンプじゃないか。お礼を言われるたびに罪悪感が大きくなっていった。


 その晩、狩から帰ってきたダイスにも感謝の言葉を述べられた。罪悪感はまた大きくなった。



 居候生活七日目。傷はほぼ完治した。調子はむしろいいくらい。怪我する前よりよくなったかもしれない。とにかく明日には万全の体調で旅を再開できるだろう。つまりこの家族と食卓を囲むのは今日が最後ということだ。



「オジサン遊びに行こう!」



 朝食を食べたあとリーネから外で遊ばないか聞かれた。昨日の今日だ、エルシャたちも心配するだろう。そう思い確認をすると驚くことに許可が出た。



「ただしこの家が見える範囲にいなさいよ」

「はーい」



 なんとも胆の据わった母親だ。私を信頼しているのか、それとももう昨日のようなことは起こらないと思っているのか。


 外に出た私とリーネは様々な遊びをした。昨日の約束通り高い高いもしたし馬にもなった。なんせ今日でこうしてリーネと遊ぶのは最後なのだ。思いっきりサービスをした。


 外に出て一時間。そろそろ昼御飯だというときにリーネが転んで怪我をした。それほど大袈裟なものではなく少し膝を擦りむいただけだ。リーネ自身も平気だと言っている。しかしその怪我を見た瞬間私の心臓は有り得ないほどはねあがった。何故か非常に落ち着かない。怪我が気になって仕方がない。昨日まではそこまで気にならなかったはずなのに。心なしか脂汗も浮かんでいる。別れが近くなり過敏になっているのだろうか?

 とにかく私はリーネの怪我のため、なにより自分自身を落ち着かせるため家に傷薬を取りに帰った。しかしそれが間違いだったのだ。


 家に戻ると普段とは違いダイスがいた。何やら木箱から色々な物を取り出している。私がドアを開けると振り返り尋ねてきた。



「あんた一人か。リーネはどうしたんだ?」

「転んで少し膝を擦りむいたので薬を取りに来た」

「あんたも神経質だな。それくらいほっときゃ治るよ」



 そうかもしれないが私が落ち着かないのだ。それにリーネは女の子だ。傷が残ったら困るだろう。私がそう言うとダイスは納得したようで、木箱から何かを取り出す作業に戻った。何をしているのか気になったが今は傷薬だ。


 傷薬は台所の棚の中に置いてある。理由は台所が一番怪我しやすいかららしい。そしてそんな台所ではエルシャが料理を作っていた。材料と既に出来上がっているものを見ると普段よりも豪勢なようだ。今日は何か祝い事でもあるのだろか。私との別れを惜しんで.....というのは自惚れが過ぎるだろうか?



「失礼。傷薬を取りたいんだが」

「またなにかあったんですか?」



 エルシャが少し顔色を変えて尋ねてきた。私はただ転んで怪我しただけだと説明した。私の説明を聞いたエルシャは安堵の溜め息をついた。丁度いいので何故こんなに豪勢な料理を作っているのか聞いてみる。



「あら? 知らないんですか? ......傷薬ならそこの棚に置いてあります」

「何をだ? 生憎旅から旅への根無し草で祝い事には疎くてな。......これか、感謝する」



 会話しながらも包丁で肉を切っていくエルシャ。自分の手を切らないか心配だ。そう思っていると案の定指を切ったのか小さな悲鳴が聞こえた。



「イタッ! ......すみません。私の分も出してくれますか?指を切ってしまいまして」

「分かった」



 私が傷薬を探す後ろでエルシャが傷にあてるタオルを探してるのか慌ただしく動いている。



「それでなんの話でしたっけ。.....そうそう祝い事でしたね。今日やけに暗くありませんでしたか?」

「そういえばやたらと薄暗かったな。曇ってるだけかと思ったのだが。違うのか?」

「違います。今日はですね......」



 そこまで話したところでエルシャが私の後ろに立った。かなり出血したのか血の強い臭いが私の鼻に届きまた胸がはねあがる。いや今回ははねあがるなんてものじゃない。体をある衝動が駆け巡った。その衝動とは......血が欲しい、というものだ。


 だがおかしい。血が足りなくなるにはまだ一週間はあるはず。だから今の時点でここまで強い衝動がでるはずがない。それもこんな急に。衝動が出るにしたってもっと順序がある。だとするならばもしかして、今日やる祝い事というのは......私の脳裏を最悪の可能性が横切った。


 血が足りない状況、近くに血があるという状況、そして今日が吸血鬼や吸血鬼王の本能を強める日......日蝕という状況。この三つが同時に起こるとしたら。





 私は理性を無くすだろう。






 それを理解した瞬間私は家を出ようとする。窓を突き破り全力で森の奥に行こうとする。誰も人が来ない場所で日蝕が終わるのを待つのだ。


 しかし何もかもが遅かった。

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