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毒林檎の罠  作者: AIR
4/6

[3] 外道



 翌日の昼放課、呼び出しを受けた。

 相手はあの女子生徒。

 名前は……なんとか朱理ちゃん。

 うん、まんま明るい名前だった。


 いつも連れている4~5人の男、弟含む、はいないようで、珍しく一人だ。

 うげえ、これ何のフラグ……。



「普くんのことで、少し……」



 そう言って彼女が私を引っ張ってきたのは使われていない空き教室。

 フラグだ、フラグとしか言い様がない。


 ちなみに普、とは私の弟の名である。

 阿藤あまね

 そして私が阿藤あかね、名前にして一文字しか違わない。

 あの腐った両親も流石に世間一般で言う双子の概念は心得ていたらしい。



「あの、茜ちゃん。あ、阿藤さんだと紛らわしいから名前で呼ばせてもらうね。茜ちゃんは、普くんと仲直りする気はない?」



 とんでもないことをのたまった彼女に、私は失笑を禁じ得なかった。



「ぶは!ちょ、それ本気……」


「え……茜ちゃん?」



 お腹を抱え笑う私からは彼女の顔が見えなかったけど、おそらく訝しげな表情をしていることだろう。

 私の名を呼んだ彼女の声色が固くなっていたことに、気づいていないわけではない。



「あ~ごめん、続けて」


「………私、普くんにこれ以上あんな真似してほしくないの。普くんはもっと普通に生きるべきだよ。茜ちゃんの前にいる彼は、普くんらしくない……」



 そりゃあ、復讐相手に優しく接したりしないでしょ。

 神聖化されている貴女への態度と比べられてもなぁ。

 正義感で凝り固まった彼女の思考では、弟の私に対する行為は許せないか、もしくは信じられないものなのかもしれないけど。



「普くん、何だって私の言うことを聞いてくれるし、ダメなことはダメだってきちんと理解してるけど、茜ちゃんのことだけなの。いくら注意しても、聞く耳すら持たない!

 あんな、あんなこと……」



俯いて言い淀む彼女に、私は助け舟を出してあげる。



「―――あんな、イジメみたいな?」


「ち、違うっ!普くんはイジメなんてする人じゃない!」



 でも、事実イジメに近いことやってるよねえ。

 そう言ってやろうかと思ったけど、話が余計に拗れていきそうだったからやめた。

 だって面倒臭い。



「そう。貴女は弟の本当の“らしさ”ってやつを知ってるのね。羨ましいわ」


「!茜ちゃんだって、普くんと仲直りすれば大丈夫だよ!私、仲を取り持つから!」


「………」



 遠巻きに私は元から弟の性格なんて知らないよ~と言ったつもりだが、通じなかったらしい。

“羨ましい”を言葉通りの意味に捉えないでよねぇ。

 こっちは皮肉のつもりなのに。


 はあ、とため息をつけば、彼女の眉間に皺が寄る。



「茜ちゃん、そういう態度、やめた方がいいよ」


「あらごめんなさい、私にはよく分からなくて。貴女の、いえ貴女たちの感覚って、時々理解し難いのよね」


「こっちは真剣な話をしてるの!ふざけないで!!」



 彼女が腕を振り上げたので、お、殴るか?と思ったけど、数秒置いてからむざむざとその手を下ろした。

 なんだ、殴らないの。



「おかしいよ……。たった二人の姉弟なんでしょ?支え合って生きてくべきじゃないの?」


「それは貴女の物差しでしょう、私と貴女は違う人間だわ。他人が姉弟間に変に首を突っこまない方が身のためよ」


「だっておかしいよ!茜ちゃん、自分がどうして普くんに嫌われてるか分かってる?普くんの所為じゃない、茜ちゃんがおかしいからだよ!」



 さもありなん、私は今更すぎる糾弾に頷いた。



「当然。私はあの子が本当に欲しがっていたものだけはあげてないし、今後あげるつもりもないもの。弟のためと思うなら、貴女は私をこの学校から追い出すか、弟に私への復讐以上に傾注できる何かを与えることね。

 貴女の言う“おかしい”は、何も私にだけ適用するものじゃないのよ?」



 にっこりと。

 如何なることがあろうと相容れないだろう相手に、満面の笑みを見せる。


 ねえ。

 理想的な正義を振りかざせば、誰もがその思想に賛同してくれるとでも思ってる?

 一笑に付されたからって、人をそんな目で見ないでほしい。


 あたかも私が完全なる悪であるような、軽蔑と憎悪の入り混じった目で。


 ………やっぱり、面倒だよねぇ。



 一人でさっさと空き教室を出る。

 彼女は泣き出していたが、私の知ったことでない。


 扉横の壁に背を預けて佇む男を一瞥し、悪趣味ね、と胸中で文句を垂れ流しながら前を通り抜ける。

 男は一言、「待て」と私に声を掛けた。



「………話しかけないで。そう言ったはずだけど?」



 仕方なく足を止めて応じた。


 戸川芳樹。

 しつこい男は嫌いだ。



「粋がるのも今の内だ。噂は怖いぞ、嶺朱理はお前が連れ出したことになってる。あの女の信者共がさっきの泣き顔を見たらどう思うか」


「興味ないわ」



 気にするほど良い立場にいたわけではないし。


 私が再び歩き出そうとすると、腕を掴んで引き止める戸川。

 しつこすぎ。



「なに」


「俺ならお前の窮地を救ってやれる。だから俺を頼れ。俺に媚を売り、その体で俺を満足させてみろよ」



 腰に回った戸川の手が、厭らしく這う。


 うわ、なにこいつ。

 お堅い委員長タイプかと思ったけど、どうやら違うらしい。



「茜」



 名前を呼ばれ、戸川の顔が近づいてくる。

 抵抗らしい抵抗もせず、あっさりと唇が合わさった。

 触れるだけのキス。


 私は口をほんの少し開き、やつの上唇を啄むようにして―――思い切り噛んだ。



「っ」



 拘束が緩まった隙に身を翻す。

 蓄積された苛々を発散させるように、戸川の足を払ってやる。

 そしてあっという間に地に沈んだやつへ冷笑を向けた。



「乙女の貞操、なんだと思ってるの?」



 私は娼婦じゃないっつーの。






 教室に戻ると、何故か弟がいた。

 私を視界に入れた瞬間、怒髪天を衝くとはこういうものかと思わず冷静な判断をしてしまうほどの、凄まじい剣幕に変わる。



「どうかした?」



 あえて用件を尋ねれば、案の定。

 弟は今にも飛びかからんばかりの勢いでまくし立てた。



「ふざけるな!!朱理に何をした!普段涙の一つも見せない彼女が泣いてたっ!姉さんが何かしたんだろ!?」



 私、悪者決定?

 下手な反論さえ許されない空気に圧倒されていれば、頬に痛みが走った。


 ピリッ、と。

 電流が走ったようだった。



「彼女に何かしてみろ……俺が姉さんを、殺してやる」



 叩かれたのではなく、引っかかれたみたい。

 血が滲んだらしい頬を撫でている内に、弟は教室を出て行く。


 成り行きを見守っていたクラスメイトたちは騒然とした。




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