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てるこの場合

 蒸し暑い朝。

ベッド脇に転がっているペットボトルに手を伸ばす。

 昨晩冷たかった水も、もう生ぬるいお湯になってる。

 横を覗くと、ルミちゃんは、こんなに暑いのに、あたしにひっついて健やかな寝息を立てている。

 クーラーの無い部屋で狭いベッドに二人で眠り、快眠を得られる人間なんて、あたしからすると別次元の生き物だ。


「ルミちゃん…今日はルミちゃんが当番だよ」

 あたしが声をかけると、まず腕が伸びた。 それから白い足が布団から投げ出され、ルミちゃんはベッドの上で体全体でのびをした。


「オハヨー」


 どこか片言なルミちゃんのオハヨーを聞くと、今日も1日が始まるのだと実感する。


「おはよう、ルミちゃん」


「オハヨー、てるちゃん」


 もぞもぞと起き上がり、ルミちゃんはもう一度大きなのびをした。それから、しなやかな体をあたしに向けて、あたしの狭いおでこにキスをした。


「オハヨー、てるちゃん」


 2回言うルミちゃんの癖、おでこにキス、これはルミちゃんの朝のスタートだ。


 ルミちゃんはパンツ一丁で、お尻をかきながら台所に立つと、グラスに水を注いでくいっと飲んだ。もう一度注いで、今度はあたしに差し出す。


「起きた時すぐ飲む水は体にいいよ」


 飲んで、と満面の笑みで差し出す。きっとテレビか何かの影響なんだ。昨日まではそんなこと、してなかった。

 ルミちゃんは感化されやすく、それなのに確実に必要なものだけ取り込んでいく。あたしから見れば本当に別次元の生き物なのだ。

「目玉焼きでいい?」

「うん、ケチャップにして」


「はいはーい」


 目玉焼きでいい?なんて、ルミちゃんはそれしか作れない。だけど、ルミちゃんの作る目玉焼きは極上で、何度食べても飽きがこない。

 トーストもスーパーで買ってきた安いパンなのに、朝食に並ぶ見慣れたメニューはなぜかいつも新鮮に感じる。


「いただきます」


 そう言ってルミちゃんは、トーストにあたしお手製ジャムを塗り付け、豪快に頬張った。少し圧倒されてしまう食べ方でも、ルミちゃんはいつもキレイだ。

 細身で白くしなやかな体。すらっと伸びる長い手足。

 大きな瞳とそれを縁取る長いまつげ。

 ブリーチでパサついた短い茶色の髪も、ルミちゃんの美貌の前では、美しく感じてしまう。


「食べないの?」


 満面の笑みであたしの顔をのぞき込んでくる。


「そんな顔してたら、ちゅうしちゃうよ」


 目の前にいる女は豪快にあははと笑う。


「それは、こっちの台詞だよ、てるちゃん」

 そう言って少し真剣な顔をしたルミちゃんはあたしの薄い唇に、自分のふっくらした厚い唇を重ねてきた。


「あまい…」


 ルミちゃんの唇に残っていた赤いジャムが、あたしの唇に移った。


「てるちゃんの作るジャムは上等な味がするよ…おいしい」


 そう言ったルミちゃんが愛おしくて、あたしは目の前の可愛い生き物にキスをした。

 

「…だって、ルミちゃんの好みで、あまあまに作ってるもの」


「てるちゃん…」


「な…に…」 


 ルミちゃんは真っ直ぐあたしを見つめた。ルミちゃんの真っ直ぐな視線は、外すことが罪に感じるくらい、素直で愛情に満ちている。


「だいすきよ」


 こうやって一音、一音かみしめるように、気持ちを込めて最上級の言葉をあたしにくれる。

 あたしもルミちゃんがだいすきなのだと毎日実感させられてしまう。

 あたしはルミちゃんからどうやったって逃げられない。逃げる気なんて、さらさらないけれど。

 

「ごちそうさまでした」


 いつの間にか食事を済ませ、ルミちゃんは洗い物に取りかかっていた。


「てるちゃん今日は仕事?」


 お休みです。

 ルミちゃんに答えて、あたしも両手を合わせて、ごちそうさまをする。


「じゃあ、散歩に行こうか」


「散歩?」


「うん。ねぇてるちゃん知ってた?この近所に小さい動物園があるんだよ」


「知らなかった…」


 本当に驚いたあたしの顔を見たルミちゃんは、小さな子供みたいにカラカラと笑った。

「よし、じゃあ行こうか」


 いつの間にか、おにぎりを作ってたルミちゃんは、にかっと音のしそうな笑顔を作った。

 そういえば今日は空がよく晴れている。


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